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俺と隣の席の魔女シリーズ  作者: 冬木ゆあ
第三章 天然姫と意地悪王子

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第八話 道端に咲いた花

 拓也は帰宅するとすぐにまた家を出た。

 向かう先は隣の片桐家だ。

 チャイムを押すと、玄関から翠が出てきた。


「拓也だ。どうしたの?」

「あおちゃんいる?」

「お姉ちゃんはお仕事だよ」


 拓也は「ああ」とため息交じりの声を上げた。

 すると奥から葵の母親の片桐泰子も顔を見せた。


「あら、拓也君。どうしたの?」

「あおちゃんに用事があってきたんだけど、バイトならまた今度にします」

「葵ならそろそろ帰ってくると思うわよ。さっきこれから帰るって連絡があったから。上がって待ってたら?」


 拓也は一瞬悩んだが、ここまできたのだ。

 またいつ覚悟ができるか分からない。


「そうさせてもらいます」


 拓也はそう言った。

 リビングに通された拓也はソファーに腰かける。

 すると隣に翠が座った。手には漫画を持っていた。


「それ……」

「お姉ちゃんの部屋にあったやつだよ」


 そう言って翠は拓也にその漫画を手渡した。

 拓也はその漫画に見覚えがあった。


「懐かしいな。昔、借りて読んだことあるんだ」


 拓也はペラペラとページをめくり、絵だけを楽しむように見た。

 最初は葵に無理矢理読まされていたが、気がつけば拓也もはまっていた漫画だった。


「翠ちゃんも読んでるの?」

「うん。お姉ちゃんが面白いからって貸してくれた」


 翠はソファーに深く座り、漫画を読みはじめた。


 しばらくすると玄関から「ただいま」と葵の声がした。

 リビングに入ってきた葵は拓也を見て、少しだけ驚いた顔をした。


「おかえり、葵。拓也君があなたに用があるんですって。待っていてくれたのよ」

「そう、なの?」

「あおちゃん、ちょっといいかな?」


 拓也はソファーから立ち上がって言った。

 葵は首を傾げながら頷く。


「じゃあ、部屋で話そう」


 葵は上を指差してそう言うと、リビングを出た。

 拓也もそのあとを追う。


 葵の部屋は久しぶりだ。家具は昔と変わっていない。

 だが、置かれているのはキャラクターのぬいぐるみなどではなく、ピアスや化粧品など女性らしいものになっていた。


「たっくんがくるなんて珍しいね。どうしたの?」


 そう聞いた葵は、いつもの葵だった。やはり杞憂だったようだ。

 拓也はほっとしたような顔を浮かべる。


「二週間前の土曜日にK大の近くのショッピングセンターであおちゃんを見かけたような気がして。映画、観に行ったの?」


 葵は驚いたように目を大きく開いた。そして、すっと視線を逸らした。


「ああ、うん。友達とね。たっくんは悠里ちゃんと? 邪魔しちゃ悪いと思って声かけなかったんだ。でも、たっくんと悠里ちゃんは美男美女だからお似合いだね。思わず見とれちゃった」


 そう言って葵は微笑んだ。その笑顔はどこか寂しげだ。

 拓也は慌てたように言う。


「待って、あおちゃん」

「言ってくれればよかったのに。内緒にしてるなんてみずくさいなぁ」

「あおちゃん」

「話はそれだけ? わたし、バイトで疲れてて。レポートもやらなきゃいけないし、また遊びに行くから――」

「葵!」


 拓也が珍しく声を荒げた。葵は驚いたように拓也を見る。

 今日、はじめて葵と目が合った。

 拓也は小さく深呼吸をして気持ちを抑える。


「ごめん、あおちゃん。大きな声を出したりして」

「ううん」


 葵は大きく瞳を開いたままわずかにうつむいた。


「俺と悠里はそういう関係じゃないよ。悠里は直とつきあってるから」

「じゃあ、どうしてあの日……」

「真子ちゃんもいたんだ。まこちゃんの彼氏の健臣の誕生日プレゼントを買ってたからその場にはいなかったけど」

「真子ちゃんとたけくん、つきあってるんだ」


 拓也は頷いた。

 葵はやはりなにも知らなかったのだ。

 それはよく考えればすぐに分かることだった。

 拓也はなにも話していないのだから。

 葵は力が抜けたようにゆっくりとその場に座った。

 拓也も傍に座る。


「あの日は、真子ちゃんと悠里に頼まれて、健臣の誕生日プレゼントを選びに行ってただけなんだよ」


 拓也の言葉を聞いて、葵はゆっくりと瞳を閉じた。

 その瞳から涙が零れ落ちる。


「あれ、わたしなんで……」


 葵は涙を拭った。

 しかし、止まることはなく、次々と頬を伝っていく。


「あの日からずっともやもやしてたの。たっくんがどこか遠くに行っちゃいそうで。たっくんに会って、たっくんの口から悠里ちゃんのことが好きだって聞くのが怖かった」


 震える声で言う葵が拓也を見上げた。


「わたし、もしかしたら――」

「あおちゃん。俺、あおちゃんが好きだよ」


 拓也は涙に濡れた葵の手をとった。

 葵は口元を震わせ、涙を堪えるように顔を歪める。


「わたしも、たっくんが好き」


 拓也は嬉しそうに微笑んだ。

 それは爽やかないつもの拓也の笑みだった。


「あおちゃん」


 拓也に呼ばれ、葵がわずかに顔を上げる。

 拓也が掠めるようなキスをした。

 葵は驚いたような顔を浮かべたが、それは一瞬で、今度は声を上げて泣き出す。


「ごめん、あおちゃん。嫌だった?」


 拓也が困惑したように言うと、葵は勢いよく顔を横に振った。


「違う、違うの。嬉しいの。わたし、あの日――はじめてたっくんと一緒に登校した日。一緒に道端に咲いた花を見た時からたっくんが好きだったんだと思う」

「え?」

「他の人は呆れたような顔をするけど、たっくんは『本当だね』って笑ってくれた。すごく嬉しかったの」

「驚いたな。俺も同じ日にあおちゃんを好きになったんだ」


 葵と拓也は驚いたような顔でお互いを見ていた。


「わたしたち、お互いにずっと前から好きだったのに――」

「素直になれなかったんだな」


 そして、二人は小さく笑った。



 翌日から中間テストがはじまった。

 テストの合間の休み時間はざわざわと賑やかだった。


 拓也は健臣の席の傍でノートを眺め、最終確認をしていた。

 その傍では直が青い顔で同じようにノートを見つめ、悠里は焦点の合わない瞳でぶつぶつとなにかを呟いている。

 耳を済ましてみると公式を唱えていた。

 真子は自分の席に座り、窓から見える空を眺めていた。

 こちらは通常運転のようだ。

 健臣は教科書をペラペラとめくり、またペラペラとめくりを繰り返している。


「なぁ、拓也。片桐先輩となにか進展あった?」


 直が最近の口癖になりつつある言葉を口にした。

 拓也もやはりいつものように呆れたような顔を浮かべる。


「また直は……。進展、あったよ」

「へぇ、爽やか王子でも……って、ええ?」


 直がすっとんきょんな声を出した。

 悠里は顔を上げ、真子もこちらを見た。


「葵さんに会ったの?」


 悠里が尋ねた。


「昨日、会ってきた。真子ちゃんと悠里の言う通り、葵は誤解しててさ」


 拓也はいつものように爽やかな笑顔を浮かべる。

 どこか幸せなオーラを醸し出していた。


「そ、それで?」


 身を乗り出すようにして直は拓也に聞いた。

 直の青かった顔が次第に赤みを帯びていく。


「つきあうことになった。俺たち同じ時にお互いを好きになったみたいなんだ」

「てことは、八年前?」


 悠里がおそるおそる尋ねると、拓也は嬉しそうな顔で頷いた。

 悠里たちはため息をついた。

 真子も珍しくため息をついている。


「鈍い、鈍いわ」


 悠里は頭を抱え、首を横に振りながら言った。


「お互い八年間って……」


 健臣は拓也をまじまじと見た。

 信じられないと顔に書いてある。


「え?」


 拓也は驚いたようにわずかに目を見開き、悠里たちをゆっくりと見た。

 悠里たちはまたため息をついた。


「でも、これでやっとトリプルデートができるわね。葵さんも誘って今度の土日にでも――」


 悠里の言葉を遮るように始業のチャイムが鳴った。

 悠里と直がはっとしたような顔をして、次第に青ざめていく。


「ああ、拓也のせいで公式を忘れたわ!」

「昨日、帰ってから少しだけのつもりが、爆睡して気がついたら朝だったんだ……。この時間にがんばろうと思ってたのに……」

「人のせいにしないでくれる?」


 ぎゃあぎゃあと喚いている悠里と直に拓也は呆れたような顔を向けた。


「なにか問題出して、真子」

「八かける八は?」

「……ろくじゅうよん!」

「合ってる。大丈夫」


 真子は冷静に言った。

 悠里は力強く頷き、自分の席へと戻って行った。


「今回もせいぜい赤点脱出かな」


 拓也は苦笑を浮かべながらそう呟いた。

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