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俺と隣の席の魔女シリーズ  作者: 冬木ゆあ
第三章 天然姫と意地悪王子

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第七話 覚悟

 土曜日の朝、拓也はK大前駅の改札に立っていた。

 拓也は白いTシャツとジーンズ履いて、黒のカーディガンを羽織っている。

 スマートフォンをいじり、時間を潰していた。


 しばらくすると悠里と真子が改札を抜けてきた。

 真子は秋らしい落ちついたオレンジのワンピース、悠里はジーンズのハイウエストのスカートと白いブラウスを着ている。

 悠里は拓也を見つけると手を振った。


 K大前駅は東口に国立のK大学があり、西口には大型のショッピングセンターがある。

 三人は西口を出て、駅と直結しているショッピングセンターへ向かった。

 こちらは比較的新しく整備された町並みだ。

 週末のこの日は買い物客で賑わっていた。


 拓也たちは店舗を見て回る。


「なにがいいのかしらね」


 悠里が言った。

 こうもたくさんお店があると悩んでしまう。


「そういえば、この間、健臣がそろそろ財布を変えたいって言ってた」


 拓也が思い出したように言った。

 真子がぴくりと反応を示す。


「ああ、そうね。健臣の財布、ぼろぼろだもんね」


 悠里が健臣の財布を思い出し、苦笑しながら言った。

 たしか紺色の二つ折りの財布で、端が擦れていた。


「財布……」


 真子が顎に手を遣り、言った。


「いいんじゃない? いつも使うものだもの」

「あそこの店、前に健臣が好きだって言ってた」


 拓也が指差した先は、カジュアルな装いの店だった。

 服だけでなく雑貨も取り扱う店だ。

 三人が店に入ると、おしゃれな男性店員がこちらを見て、「いらっしゃいませ」と声をかけてきた。

 真子は少し顔を強張らせ、小さくお辞儀した。


「真子、財布あるわよ」


 悠里は気後れせずに店のレジの近くにあるガラスケースを見ていた。

 拓也と真子は悠里の傍へと行く。

 ガラスケースの中には三種類の財布があった。

 二つ折りの財布と長財布が二種類だ。


「よかったら手に取ってみますか?」


 先程の男性店員が声をかけてきた。


「真子、どれがいい?」


 悠里がそう尋ねると、真子はひとつの長財布を指差した。

 二種類の長財布のうち、カジュアルなデザインの財布だった。


「色はこちらの三種類です」


 男性店員がガラスケースの上に財布を並べていく。

 黒、茶、赤の三種類だ。


「この赤いやつ可愛い」


 悠里が言った。

 拓也が苦笑する。


「健臣に赤?」

「……違うわね」


 悠里が少し考えたあと、赤い財布を戻した。

 真子がその隣の黒い財布を手に取る。


「こちらになさいますか?」


 男性店員が笑顔を浮かべて尋ねた。


「真子ちゃん、他のお店も見てみる?」


 拓也が尋ねると、真子は首を横に振った。


「ううん。これにする」

「そっか。これ健臣に似合いそうだしね」


 拓也がそう言うと、真子が拓也を見て頷いた。そして、小さく微笑んだ。

 拓也は少し驚いた顔をする。

 真子が自分に微笑みかけてくれたのは初めてかもしれない。

 拓也も微笑み返した。


「こちらでお会計をお願いします」

「じゃあ、俺たちは店の外で待ってるよ」


 拓也はそう言ってから悠里と共に店を出た。

 真子はやはり少し硬い表情で男性店員と話している。


「拓也、真子がくるまで向かいの店を見てもいい?」

「いいよ」


 拓也と悠里は向かいにある雑貨屋に入った。

 アクセサリーや小物を売る店だった。

 悠里は店先に並べられたヘアアクセサリーを見ている。

 悠里がひとつのヘアアクセサリーを手に取った。

 髪を挟んでとめるバナナクリップで赤いリボンがついている。


「そのバナナクリップ、可愛いね。悠里に似合いそう」


 拓也がそう言うと、悠里は驚いた顔をして拓也を見上げた。


「これがバナナクリップだって知っているなんて、さすが拓也ね」

「まぁね。俺の周り女ばっかりだから。姉さんと葵と葵の妹の翠ちゃん。自然とこういうのにも詳しくなるよ」

「ふうん。拓也、お姉さんいるんだ。初耳」

「そうだっけ? 今はもう家を出てるんだ」

「大学生?」

「いや、社会人」

「年が離れてるのね」

「うん。七つ離れてる」


 そんなことを話しながら拓也たちは真子を待っていた。

 拓也はふと真子の様子が気なり、先程までいた店の方を振り返った時のことだった。

 視界の隅に知った顔を見た気がした。

 もう一度見ると、その人はもういない。


「どうしたの?」


 悠里は辺りを見回している拓也に尋ねた。


「いや。気のせいだったみたいだ」


 拓也は悠里を振り返り、爽やかな笑みを浮かべた。

 悠里は不思議そうに拓也を見上げていた。


「お待たせ」


 真子が黒い紙袋を抱え、店から出てきた。


「いいのがあってよかったわね」

「それにしても早い買い物だったね」


 拓也がそう言うと、悠里は笑みを浮かべた。


「真子はいつもそうなのよ。即決なの。――あの店も見たい!」


 そして、そのあと拓也は悠里と真子の買い物につきあわされたのだった。



 拓也が家に戻ってきたのは夕方を過ぎた頃だった。

 家に入ると夕飯の美味しそうな匂いが漂っている。

 拓也は「ただいま」と言ってから、二階にある自室に入った。

 荷物を床に投げ、ベッドに仰向けに横になる。


「女の子の買い物は大変だな」


 女の子というか悠里の、か。真子と違って悠里は優柔不断だった。

 いくつもの店を回り、似たような服を見つけては悩み、最終的に一着だけ買っていた。


 そういえばと拓也は思い出した。ショッピングセンターでのことだ。

 あのとき、葵がこちらを見ている気がした。

 もし葵だったら声をかけてきていただろうし、やはり人違いだったのだろうか。

 だが、今日までの映画のチケットがあるとも言っていた。

 この辺りにある映画館といえば、今日行ったショッピングセンターに入っているものだ。

 だとしたら、あれはやはり葵だったのだろうか。

 次に会った時に聞いてみよう。

 そう思いながら、拓也はまどろみに任せて瞳を瞑った。



 それから拓也が葵を見かけることはなかった。

 だが、それはよくあることだ。

 大学生の葵と高校生の拓也とでは外で偶然会うことは少ない。

 葵が拓也を尋ねてくることで二人は会っていたのだ。

 尋ねてこない葵を不思議に思ったが、拓也はただ葵が忙しいだけなのかもしれないとそう思っていた。

 そして、拓也も中間テストを控え、忙しくなっていた。



 テスト前の土日、拓也は真子の住む松岡和弘の家でテスト前の恒例となった勉強会をしていた。

 メンバーもいつもの顔ぶれだ。

 直がペンを揺らしながら拓也を見た。


「なぁ、拓也。片桐先輩となんか進展あった?」

「なにもないよ。勉強したくないからって俺の話に逃げないでくれるかな?」


 拓也は呆れたように隣に座る直を見た。


「息抜きだって必要だろ?」

「息抜きしている場合なの? ここの計算間違っているよ」


 直は「あ……」と小さく声を上げて、消しゴムで拓也に指摘された場所を消した。


「最近、会ってないんだ」

「葵さんと?」


 悠里が聞いた。

 拓也は頷く。


「まぁ、よくあることなんだけど。あおちゃんがうちにくることの方が多いから」

「片桐先輩が? どうして?」


 健臣が尋ねた。


「家だと勉強に集中できないからって。ついでに俺の勉強も見てくれてる」

「いいなあ。片桐先輩に教わってるから拓也も頭いいのか」


 直がそう言うと、拓也は呆れた顔をした。


「自分でもちゃんと勉強してるよ」


「じゃあ、葵さんが最近拓也に会いにこないの?」


 拓也は頷く。


「なら、拓也が会いに行けばいいじゃない。家が隣なんだから」

「そう言われると、そうなんだけど……」


 拓也は言葉を濁した。

 言われてみれば葵に会うために片桐家を尋ねたのは中学生の頃が最後だった。

 今さら尋ねて行くのも気恥ずかしい。


「あおちゃんがうちに二週間近くもこないなんてはじめてなんだ」


 なにか気に障るようなことをしただろうか。

 最後に会ったのは映画に誘われた時だ。

 断った時、葵に気にした様子はなかった。


「拓也もそういうことで悩むのね」

「なんでもスマートにこなして、そういう悩みとは無縁そうなのにな」


 悠里と健臣はそう言って笑った。

 拓也は苦笑を浮かべる。


「俺のこと、そんな風に思ってたの? 健臣の言うような男だったら、あおちゃんに八年も片想いしてないよ」

「爽やか王子がそんなに長い片想いしてるってみんなが知ったら驚くだろうな」


 直がそう言うと、拓也は困ったように笑った。


「葵さんが来ない理由、なにか思い当ることでもあるの?」


 真子が尋ねた。

 拓也は首を傾げ、


「思い当たること……。そういえば、この間、悠里たちと出かけたときのことなんだけど、真子ちゃんを待っている間にあおちゃんを見かけたような気がした」

「ああ、俺の誕生日プレゼントを買いに行った時のこと?」


 健臣が尋ねると、拓也が頷いた。


「葵さんも来てたの?」

「わからないんだ。次に会った時に聞こうと思って……」

「そのまま会えてないってわけね」


 悠里は首を傾げ、腕を組んだ。

 そして、そう間も置かずにはっとしたように顔を上げた。


「あのとき、わたしと拓也のふたりだった。葵さん、なにか勘違いしたんじゃ……」

「勘違いってなにを?」


 拓也が尋ねると、悠里は呆れた顔をした。

 健臣たちも小さくため息をついている。


「意外と鈍い男ね。もし葵さんがそこにいたとして、わたしと拓也の二人だけだと思ったのだとしたら、デートしてると思ったかもしれないってことよ」


 拓也はきょとんとしたあと、盛大に笑った。


「俺と悠里がふたりでいてもそう思うかな?」

「なにも知らない葵さんだったらそう思ってもおかしくないわよ」


 そう言われて拓也は笑いを止めた。

 たしかにそうだ。同級生たちは悠里と直がつき合っていることを知っている。

 けれど、葵はどうだろうか。悠里たちに会ったのは学園祭の一度きり。

 それも限られた少ない時間だった。


「けど、それでどうしてあおちゃんがこなくなるの?」


 拓也がそう言うと、悠里たちは盛大にため息をついた。


「拓也君、帰ったら一度葵さんに会うべき。なにか誤解をしているのかもしれない。早く解かないと取り返しがつかなくなる」


 真子の予言じみた言葉に拓也はごくりと喉を鳴らした。


「けど、あの日、あおちゃんもあのショッピングセンターにいたかどうか、まだわからないし……」

「いなかったのなら別の理由がある。拓也君はもっと素直になるべき」

「はい……」


 真子の力強い瞳に見つめられ、拓也は真剣な表情で頷いた。


 その日、拓也は健臣の家に泊めてもらった。

 翌日も勉強会を行い、夕方解散した。


 拓也は電車の中で真子たちに言われたことを思い出していた。

 帰ったら葵に会いに行こう。


 そう心に決めた。

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