↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺と隣の席の魔女シリーズ  作者: 冬木ゆあ
第三章 天然姫と意地悪王子

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

38/39

外伝―常盤健臣2―

 最近真子の様子がおかしい。


 森野真子は七月の末につきあいはじめた俺の彼女だ。

 この間、つきあいはじめて二ヵ月が経ったばかり。

 出会った頃の真子は無表情でなにを考えているのか分からなくて、無愛想だし、人とつきあうことを避けている女の子だった。

 だが、最近では表情が増え、友達も増えた。


 健臣は隣の席の真子の様子を伺うように盗み見た。

 真子は自分の席に座り、正面には篠原拓也が、その傍には豊川悠里がいる。

 拓也は爽やかな笑みが人気の学校一のイケメン。

 これはこの間の学園祭で証明されている。F高のミスターだ。

 豊川悠里は切れ長の瞳が印象的な美少女。気が強く、怒ると怖い。

 だが、まっすぐな瞳をした女の子だ。

 そんなふたりに囲まれている真子も彼氏という色眼鏡なしで見ても可愛い。

 そして、笑顔が増えたことで周囲に多大な影響を与えている。

 魔女と言われ避けられていた真子だが、最近では男子たちの間でときおり見せる笑顔が可愛いと噂されているのを耳にしたことがある。


 三人は真子の机の上に置かれたパンフレットを見ていた。

 それはアメリカの大学の入学案内のパンフレットで、アメリカにいる真子の父親の森野晃政が送ってきたものだ。

 今真子が卒業後の進路を悩んでいることは知っている。

 大学に進学することは決めているようだが、日本の大学かアメリカの大学かで悩んでいるのだ。

 そして、拓也もそんな真子に感化され、最近ではアメリカの大学も視野に入れているらしい。

 こうして休み時間に真子と拓也が一緒に大学のパンフレットを眺めるのは、最近では見慣れた光景になりつつある。


 真子が笑った。口元に手を当て、小さな笑い声を上げている。

 真子の様子がおかしくなったのはいつからだろう。

 気がついたのは学園祭が終わった頃だ。

 どこがどうおかしいのかと言われると説明に困る。

 元々、真子は自分の気持ちを口にするタイプではないし、顔に感情が現われるタイプでもない。

 ――そう、あえて言うならば、雰囲気だ。よそよそしくなった。

 時折、拓也と悠里と三人でこそこそと話しているところを見かける。

 なにを話していたのか聞いたら「なんでもない」と、真子はすっと視線を逸らした。

 その頃からだ。なにか隠しているように思えるが、聞いたところで真子が話してくれるとは思えなかった。

 健臣は真子たちから視線を逸らし、小さくため息をついた。


「どうした?」


 健臣の傍で椅子に座る児島直が聞いた。


「なんでもない……」


 健臣がそう答えると、直はあんぱんを齧りながら首を傾げた。



 その日の夜、健臣はいつものように真子の住む松岡和弘の家にいた。

 松岡は真子の叔父で、ひとり日本に残った真子を預かっている。

 二年に上がってすぐに真子と健臣がふたりそろって家の鍵を忘れたことがきっかけで、健臣は母親の常盤典子が仕事で遅い日は松岡の家で夕飯を一緒に食べるようになった。

 今日も例外ではなく松岡家のリビングにあるダイニングテーブルを健臣と松岡と真子の三人で囲っていた。

 今日はハンバーグだ。真子の料理はおいしい。

 健臣は悩んでいたことなど忘れたかのように上機嫌でハンバーグを口に運んだ。


「今週の土曜日、出かける」


 真子が唐突に言った。

 健臣が少し驚いたような顔を浮かべる。


「ああ、行ってこい」


 真子の正面に座る松岡は、こわもての顔に笑顔を浮かべて言った。

 健臣は一瞬尋ねるか戸惑ったが、おそるおそる尋ねることにした。


「真子、どこにいくの?」

「お? 常盤とじゃないのか?」


 松岡も驚いた顔をして尋ねる。

 それもそのはずだ。真子が出かけるときはたいてい健臣が一緒だった。

 真子は困ったような顔で視線を泳がせた。

 こんな真子は珍しい。健臣の胸に不安がよぎる。


「……ちょっと悠里ちゃんと」


 真子は少し間をおき、歯切れが悪い。

 健臣は青い顔で、箸で掴んでいたハンバーグを皿の上に落とした。



 家に帰った健臣は部屋に飛び込み、直に電話をかけた。

 何度かの呼び出し音のあと、『なぁに?』と緊張感のかけらもない声で直が出た。


「真子がなにかを隠してる!」


 そう確信した健臣は真剣な面持ちでスマートフォンを握る手に力を込めた。


『は? 急になに? なにかあった?』

「真子が、真子がなにかを――」

『落ち着けって。ゆっくり説明してくれよ、な?』


 直が健臣を諭すように言った。

 健臣は何度か頷き、深呼吸をする。

 そして、最近の真子の様子と夕飯の時の出来事を話した。


『ふーん。真子ちゃんが隠し事ねぇ』

「悠里からなにか聞いてない?」


 健臣が直にそう尋ねると、直は『うーん』と考えるような声を上げた。

 直と悠里は先日つきあいはじめたばかりだ。

 二学期がはじまった頃から直と悠里がなにやらもめているなと思っていた。

 そろそろ喧嘩の仲裁してやるかと思いはじめた矢先、ふたりがつきあいはじめたと聞いて驚愕した。

 予想さえしていなかった組み合わせだった。


『俺はなにも聞いてないけど――』


 直の返事に健臣はため息をついた。

 直は言いづらそうに言葉を続ける。


『悠里、今週末はおばあちゃんちに行くって言ってた。遊びに誘ったらそう言われたんだけど……』

「え? ええ? じゃあ真子が嘘ついたのか?」

『いや、まぁ。でも、真子ちゃんが嘘つくなんてなぁ、そういう子じゃないだろ?』

「そうなんだけど、でもそういうことだろ?」

『うーん。だとしたら健臣に言えないことってことだろ? ……まさか浮気――なぁんちゃってぇ』


 直が冗談めかして言った。

 健臣の脳裏に浮気という言葉がぐるぐると回り続ける。

 黙ってしまった健臣に直は慌てた。


『いや、いや! 冗談だって。それこそ真子ちゃんはそういう子じゃないだろ? なぁ、健臣、健臣ってば!』


 直が呼びかけるが、健臣はもうそれどころではなかった。

 天井の一点を眺めたまま呆然としていた。


「浮気……」

『たけおみー!』


 健臣の手から落ちたスマートフォンから直の必死な叫びが聞こえた。



 土曜日、真子は朝早くに家を出て、夕方頃に戻った。

 帰ってきた真子に変わった様子はない。

 いつものように夕飯の支度をはじめていた。

 真子に本当に悠里と出かけたのか尋ねたかったが、怖くて聞けずにいた。



 それから健臣は悶々としたまま日々を過ごし、一週間が経った。

 今日は土曜日だというのに典子の仕事は休みだった。

 接客業をしている典子が週末に休みをとることは珍しかった。

 健臣も予定はなく家で久しぶりに家族水入らずで過ごしている。

 時刻は夕方の五時を過ぎた頃だった。


「母さん、そろそろ松岡先生の家に行かなくていいの?」

「もう少ししたらね」


 典子は雑誌のページをめくりながら言った。


「真子に全部やらせる気?」

「六時からって真子ちゃんと約束してるのよ。あんたも誕生日にまで小言を言わなくていいの」


 健臣はむすっとした顔で典子の正面の椅子に座っている。

 今日は健臣の十七歳の誕生日。

 典子も休みなので、せっかくだからと松岡の家で典子も含めて四人で食事をすることになったのだ。


「買いものとか行くのかな? 手伝うことあるかもしれないし、俺先行くよ」


 そう言って腰を上げた健臣の洋服の裾を典子が慌てて掴む。

 健臣は嫌そうな顔を浮かべて振り返った。


「え……、なに?」

「そんな反抗期真っ盛りの顔をしないでちょうだい。傷つくから」


 典子は小さく咳払いをした。そして、また雑誌に目を向け、言葉を続ける。


「あんたは誕生日のお呼ばれさんなの。お呼ばれさんは指定された時間に行かなきゃただのお邪魔虫なの!」

「別に一緒に食事するだけだろ? そんな……」

「いいから座ってなさい」


 典子は椅子を指差して言った。

 健臣はむっとしたような顔を浮かべていたが、小さくため息をついて典子に従った。


 しばらくすると典子のスマートフォンが鳴った。

 典子はスマートフォンを手に取り、席を立った。

 リビングの外へと歩いて行く。

 仕事の電話なのかなと健臣は思った。

 電話が終わり、典子が戻ってくるなり、


「健臣、行くわよ」

「どこに?」

「なに言ってんのよ。松岡先生のおうちよ」


 典子はにっこりと微笑んで言った。

 健臣は苦笑を浮かべる。

 ついさっきまで「あとで」「まだ」としか言わなかったのに、急に動く気になったようだ。

 もしかしたら仕事の連絡がくることを知っていて待っていたのかもしれない。


「それならそうと言ってくれればいいのに……」


 健臣はそう呟きながら立ちあがった。


 健臣と典子は、同じマンションの十階にある松岡の家に向かう。

 健臣は慣れた様子でチャイムを押してから松岡の部屋の玄関を開けた。

 いつもなら真子がリビングから顔を覗かせてくれるのに、今日はうんともすんとも言わない。

 それにリビングからテレビの音もしない。

 この時間なら松岡がテレビを見ながらビールを飲んでいてもおかしくないのに。

 そう思いながら、健臣はリビングの扉を開けた。


「健臣、ハッピーバースデー!」

「おめでとう」


 破裂音と共に声が飛んできた。ついでにカラーテープも飛んできた。

 松岡の家のリビングには真子と松岡、それから直と悠里と拓也もいた。

 健臣はカラーテープを纏いながら呆然と部屋を見回す。


「ほら、早く座れよ」


 直が健臣の背後に回り、背中を押した。

 健臣は戸惑った様子でされるがままになっている。

 テレビの傍にあるローテーブルには健臣が好きな物が並んでいた。


「誕生日だからカレーはどうなの? って言ったんだけど、真子がどうしてもっていうから」


 悠里が苦笑しながら言った。

 健臣は座り、目の前に置かれたカレーを見つめる。

 真子とはじめて一緒にとった食事がカレーだった。

 真子に『カレー、好き?』と聞かれ、『カレー、大好きです!』と答えたのだ。

 その時のことを鮮明に思いだした。


「真子の作るカレーが大好きなんだ」


 健臣は嬉しそうに微笑んだ。

 悠里と直と拓也がお互いに顔を見て苦笑を浮かべる。


「ご飯食う前に腹いっぱいになりそうなこと言うなよな」


 直が健臣に真っ赤なキルトでできたシルクハットを被せた。


 ローテーブルを七人で囲うとぎゅうぎゅうだったが、なんだか幸せな満ち足りた気分になる。

 隣に座る真子もいつもよりも笑顔が多いような気がした。


 気がつけば十時を回り、典子はもう家に戻っている。

 直は床に転がって眠り、その隣では松岡もいびきをかいて眠っていた。

 拓也はあいかわらず爽やかな笑みを浮かべて健臣と話している。

 悠里はいつのまにか風呂に入り、真子に借りたクリーム色のパジャマを着ていた。


「もう直も先生もだらしないわね」


 悠里が呆れたように気持ちよさそうに眠るふたりを見ていた。

 真子が洗い物を終え、キッチンから出た。


「私たちもそろそろ寝よう。布団を敷いてくる」

「わたしも手伝う」


 悠里が立ち上がり、リビングを出た真子を追った。

 間もなく悠里は毛布を四枚持って戻ってきた。

 そして、直と松岡に掛ける。


「真子が健臣と拓也も泊っていいって」


 そう言って悠里が健臣と拓也に毛布を手渡した。


「いいよ。俺の家に……」

「真子が直を起こしたらかわいそうだって」


 悠里が眠る直を見ながら言った。

 本当に気持ちよさそうに眠っている。あどけない寝顔だった。

 悠里の顔に自然と笑顔が浮かぶ。


「そうだね。起きそうにないし、直だけ置いて行くわけにいかないし。真子ちゃんの好意に甘えようか」

「そうだな」


 拓也に言われて、健臣は頷いた。

 それから健臣は拓也と悠里に笑みを浮かべる。


「今日はありがとうな。嬉しかった」


 健臣はわずかに顔を赤くさせ、照れたように言った。

 拓也と悠里はお互いに顔を見る。そして、小さく笑った。


「お礼なら真子ちゃんに」

「そうよ。このパーティを企画したのは真子なんだから」


 健臣はわずかに目を見張った。


「真子が?」

「そう、あの真子が。わたしたち一人ひとりにお願いしてきたんだから」


 悠里が廊下の方を気にしながら小声で言った。

 その顔には優しい笑みが浮かんでいる。

 健臣も廊下の先を見た。真子の部屋のドアの隙間からは光が漏れていた。


「ほら、電気消すわよ」


 悠里が部屋を出るついでに電気を消してくれるようだ。

 健臣と拓也が「はーい」と返事をした。


 少しすると隣で横になっている拓也からも寝息が聞こえてきた。

 拓也は寝顔もイケメンだ。

 悔しさのあまり拓也の鼻を摘まむと苦しそうに眉根を寄せた。

 だが、やはりイケメンだった。

 健臣は毛布から抜け出し、リビングからベランダに出た。

 少し冷たくなってきた夜風が気持ちいい。

 今日は楽しかった。今までで一番の誕生日だ。

 健臣は瞳を夜空へ向ける。


「父さん、十七歳になったよ」


 三年前に病気で亡くなった父の常盤信明に言った。

 その時、背後で窓が開く音がした。健臣は振り返る。

 そこにいたのは落ちついたグリーンのチェック柄のパジャマ姿の真子だった。

 真子は健臣の隣に立つ。


「真子、起きてたの?」


 健臣が尋ねると、真子は頷いた。

 そして、健臣をちらっと見て、少し恥ずかしそうに手に持っていた小さな黒い紙袋を差し出した。


「誕生日プレゼント」


 そうひとことだけ言った。

 健臣は驚いた顔を浮かべ、紙袋を受け取った。

 それは健臣の好きなブランドのものだった。


「開けてもいい?」


 真子が小さくうなずいたのを見てから健臣は紙袋を開けた。

 中には黒い箱が入っていて、それを開けると黒いエナメルの財布が入っていた。


「ありがとう。大切にする。よく俺が好きなブランドを知ってたね。話したことあったっけ?」


 真子は首を横に振った。


「拓也君に聞いた。この間の土曜日、悠里ちゃんと拓也君に選ぶの手伝ってもらった」


 真子は伏し目がちに言った。

 健臣ははっとしたように真子を見た。


「この間……って、悠里と出かけるって言ってた日?」

「そう。だから言えなかった。ごめんなさい」


 申し訳なさそうに言う真子を健臣は抱き寄せる。

 真子は健臣を見てから、おそるおそる健臣の背に手を回した。

 そして、顔を健臣の肩に寄せた。

 そんな真子が愛おしくて健臣は真子を抱きしめる腕に力を込めた。


「好きだよ、真子」

「私も好き……です」


 真子が小さな声で言った。はじめて真子の口から好きだと言われた。


「はは。本当に最高の誕生日だ」


 健臣は泣きそうな笑顔を浮かべて言った。

 そして、ゆっくりとした動作で真子にキスをした。

 真子はそっと瞳を閉じた。

 ふたりは照れくさそうに微笑んでから、並んで外を眺める。

 健臣がふと思い出したように真子に尋ねた。


「そう言えば、この間の土曜日。悠里はおばあちゃんちに行くって言ってたって、直が言ってたけど……」

「ああ、それは……。悠里ちゃんが直くんに言うと、健臣くんにぽろっと言っちゃうからって。直くんには内緒にしておいて」


 真子が言いづらそうに言った。

 健臣はリビングを振り返り、気持ちよさそうに眠る直を見た。


「さすが直の彼女。直の性格をよくわかっていらっしゃる」


 健臣が苦笑を浮かべて言った。

 真子も小さく笑った。


 それからしばらく二人はベランダで並んで話していた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。