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俺と隣の席の魔女シリーズ  作者: 冬木ゆあ
第三章 天然姫と意地悪王子

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第一話 爽やか王子

第三章は篠原拓也の物語です。


 文化祭二日目も晴天だった。


 校門には大きな文化祭の看板が飾られている。

 その隣にひとりの少年が立っていた。

 長めの前髪を右側に流し、少し垂れぎみの瞳は優しげだ。

 周りにいる女性からちらちらと視線を注がれている。


 ――篠原拓也。陰で女子に『爽やか王子』と呼ばれている少年だ。


 その隣には二人の男子と二人の女子がいた。

 同じクラスの常盤健臣、児島直、森野真子、豊川悠里だ。

 二年で同じクラスになってから、行動を共にするようになった。

 そして気がつけば健臣と真子が付き合いはじめ、昨日、直と悠里が付き合いはじめた。

 傍から見れば、ひとり残された可哀想なやつと思われるかもしれない。

 しかし当の本人である拓也は特に気にした様子はなかった。


 拓也は爽やかな笑顔を浮かべながら四人に視線を向けた。


「どうしてここにいるのかな?」

「拓也の片想いの相手を一目見ようと思って」


 直がにやにやとしながら言った。

 短めに切られた髪がツンツンとしていて、童顔のせいか直が笑うと悪戯っ子のように見える。

 拓也が呆れた様にため息をついた。


「まぁ、いいけど」


 拓也はそう言うとまた駅の方向に視線を向けた。

 すると突然拓也がニヒルな笑みを浮かべた。

 傍にいてそれを見ていた直と悠里がぎょっとした表情を浮かべる。

 拓也はときどきこの笑みを浮かべることがあった。

 二人が以前に見たのは夏休み前に行った勉強会の時だ。

 この笑みを浮かべた拓也からみっちりと数学を叩き込まれたのだ。

 それは未だに二人の心の片隅に残っていて直と悠里は顔を青ざめさせた。


 こちらに近づいてくる女性――というにはまだ少し若いだろうか。

 F高校の卒業生ということだから十八歳は超えているだろう。

 それにしては少し幼い印象だ。

 栗毛色の髪はふわふわした癖っ毛で、白いブラウスに赤いスカートを着ている。

 身長は低めだろうか。その割には胸が大きい。

 その女性がこちらに向かって手を振った。

 そして見た目からは想像ができないほど大きな声で叫んだ。


「たっくん!」


 ヒールの高いブーツを履いているにもかかわらず、こちらに向かって全速力で駆けてくる。

 それはとても速かった。


「あおちゃん、早かったね。昼頃まで待つかもって覚悟してたのに」

「やだなぁ、もう。いつの話ししてるの?」


 あおちゃんと呼ばれた彼女は昔の話をされて恥ずかしそうに言った。

 拓也が紹介をはじめる。


「隣に住んでる片桐葵。――あおちゃん、同じクラスメイトの友達。

  健臣と直、悠里、真子ちゃん」

「はじめまして。たっくんがいつもお世話になってます。

  お隣の片桐葵です」


 葵がにっこりと可愛らしい笑みを浮かべた。


「じゃあ、俺はあおちゃんを案内するから。

  悠里、またあとでね。逃げないでよ」


 拓也は釘をさすように言って、葵とともに歩きだした。

 葵の鞄をさり気なく持った拓也を見て健臣が感心したように呟く。


「さすが拓也だな」


 直が顔を青ざめさせたまま拓也の背中を指差した。


「なぁ、どうしてあいつ、ずっとあの怖い笑顔のままなの?」


 好きな子の前なのにあいかわらずニヒルな笑顔のままだ。

 健臣は首をかしげる。


「さぁ。なんでだろうな。

 ――それにしても拓也の好きな子があの片桐葵だったなんて」


 真子が健臣の袖をくいくいと引っ張る。


「知ってるの?」


 健臣が真子を見る。子猫のような瞳が健臣を見つめていた。


「知ってるっていうか……。今年卒業した先輩だよ。片桐葵。

 頭がよくて、スポーツもできる。去年は生徒会で副会長をしてたよ」


 健臣の言葉を聞いて、真子は気がついたように目をくりっとさせた。

 拓也と葵が消えた先を眺めたあと、直が小声で言う。


「だけどすごい天然らしいよ。噂だけど――」


 まだ直たちが入学する前の話である。

 片桐葵が移動教室のため、他の女子生徒とともに廊下を歩いている時だった。

 その場には多くの生徒がいたという。

 片桐葵はなにもない廊下で突然転んだ。それは見事だったらしい。

 勢いよく転んだ彼女は周りから見て心配になるほどだった。

 転んだ勢いでスカートはめくれ、パンツが見えてしまったらしい。

 一緒にいた女子生徒が慌てて葵のスカートを直す。

 しかし時すでに遅し。目撃者は多数だった。


「葵、大丈夫?」

「ん……大丈夫」


 顔を上げた葵はぶつけた腕を擦りながら起き上がる。

 そしてにこりと笑った。それはともても可愛らしい笑顔で。


「今日、勝負パンツだから」


 女子生徒は慌てた様子で葵が落とした教科書などを拾い、葵を連れて逃げるように去ったという。


 ――他にもある。

 それは寒い冬の日の体育の時間だった。

 葵はグラウンドを他の女子生徒たちとともに走っていた。

 離れたところで授業を受けていた男子生徒たちが、豊満な彼女の胸を見て騒いでいたという。

 そう言ったのは葵の近くを走っていたひとりの女子生徒だった。


「やだ。また葵の胸見てるよ」

「葵もジャージの上着た方がいいよ」

「えー。でも暑いじゃん」


 葵が嫌そうな顔をする。それから不思議そうに自分の胸を見た。

 走る振動で揺れている。それをぎゅっと掴んだ。


「これのどこがいいのかな? 重いし、邪魔だし、肩こるし」

「なにやってんの!」


 ひとりの女子が慌てた様子で叫んでいたという。


「――とか。いろいろ」

「直ってよく噂知ってるよな。というか、どうしてそういう話ばっかりなの? 

 他にもあるだろ。片桐先輩の噂なら」


 健臣が呆れたように言った。その横で悠里が呆れた様に鼻で笑った。

 健臣たちも校舎に向けて歩き出す。

 下駄箱の入口の横に写真の貼られた看板と投票箱が置かれていた。

 F高校のミス・ミスターコンテストの看板だ。


 クラスごとにミス・ミスター候補を各1名推薦して投票を行う。

 その中から抽選で上位五人が選ばれ、二次審査を経て文化祭の最後にミス・ミスターとベストカップル賞が選ばれる。

 ベストカップル賞はクラスごとに選出されたミス・ミスター候補の二人一組で選ばれる賞だ。

 文化祭後にしばらく冷やかされるというやっかいな副賞がついてくる。


 そのミス・ミスターコンテストの看板の前で健臣たちは足を止めた。

 二年B組の代表はミスター候補が篠原拓也、ミス候補は豊川悠里だ。

 悠里は不本意そうに微笑み、拓也は爽やかな笑みを浮かべた写真が飾られている。

 悠里は嫌そうな顔でそれを眺めている。

 健臣が確かめるように悠里に尋ねた。


「一次審査の結果発表って何時からだっけ?」

「忘れた」

「行かなかったら、委員長と拓也に叱られるよ」

「……十一時集合。十二時から体育館で発表」


 悠里はしぶしぶと答え、それから耐え切れなくなったのか頭を抱える。


「なんでわたしが出なくちゃいけないのよ!」

「公正なるクラス投票の結果じゃないか」


 健臣が悠里を慰めるように肩を叩いた。

 悠里はぶつぶつとなにかを呟いている。

 目は見開かれ、なにもない地面を見つめていた。


 文化祭の催しを決めた時にミス・ミスターの投票も行われた。

 結果が発表された時、悠里はぽかーんと口を開け、哀れなほど青ざめていた。


「わたし、こういうの嫌いなのよ。なんで人に顔の順位を決められなきゃいけないのよ」

「落ち着いて。去年は出なかったけ?」

「去年は岩下さんがいたから」


 岩下琴枝は明るく、人当たりがよく、可愛い。

 学年のアイドル的存在である。

 ――時折、天狗になるところが玉に瑕だが。

 そんな彼女がいたので、去年、悠里はミスコンとは縁がなかった。

 しかし今年は嫌がろうが怒ろうが委員長である道井奈々があの手この手を使って悠里を籠絡させた。

 決定打は来年の美化委員のくじびきからは外すということだった。

 それから岩下琴枝には負けるなと奈々からの命令である。

 なにやら因縁があるらしい。

 悠里はため息をついた。

 そして拓也とともに映っている写真を眺めて、岩下琴枝とともに予選落ちしていることを願った。


 拓也は葵とともに校舎を回っていた。

 葵は辺りを見回しながら、感慨深そうに言う。


「変わらないねぇ。この学校も」

「なに? その数年ぶりに来たみたいな言い方。卒業してからまだ半年でしょ? 

 たった半年で学校が劇的に変わったら、在校生が困るから」


 拓也が呆れた様に言うと、葵は「それもそうだね」と笑った。

 彼女はいつも嬉しそうに笑う。

 拓也はそれにつられるようにニヒルな笑みを浮かべた。

 しかし気にした様子はなく、葵はまた前を向いて歩きだした。



 拓也と葵の出会いは、拓也が八歳、葵が十歳の春だった。


 隣の空き地に家が建ち、母親の篠原智代から新しいお隣さんには同い年くらいの女の子がいると聞いた。

 拓也はその事に関してなにかを思うことなく、至って通常運転で日々を過ごしていた。


 ある春の日、隣に大きな引っ越し屋のトラックが来たときは少しだけわくわくしたかもしれない。

 智代に言われるままに外に出て、お隣さん家族に挨拶させられた。

 お隣さんは『片桐さん』というらしい。四人家族だった。

 片桐泰子に抱っこされた赤ちゃんは『みどりちゃん』というのだと紹介された。

 もうひとりがいないなと思って拓也がきょろきょろとしていると智代に挨拶を促される。

 微笑みながらこちらを見ている泰子に軽く頭を下げた。


「篠原拓也です」

「拓也くん、よろしくね。――ほら、葵も隠れてないで挨拶なさい」


 泰子が新築の家を振り返って言うと女の子が家の門からひょっこりと顔を出した。

 癖っ毛なのかふわふわとした栗毛色の髪、ぱちぱちと瞬きを繰り返す瞳、白いワンピースがとても似合う女の子だった。


「か、片桐葵です」


 小さい声でそう言って、かぁぁと顔を赤くした。

 女の子を可愛いと思ったのはこの時が初めてだった。


 新学期の一日目は智代に言われて、片桐家に葵を迎えに行った。

 学校までは片道十五分ほどかかる。

 迷ったら大変だからと一緒に行くように言われていた。

 チャイムを鳴らすとすぐに泰子と葵が出てきた。


「おはよう、拓也くん。葵のことよろしくね」

「はい」


 拓也は泰子の目を見ていった。

 それから葵に視線を移すと、あいかわらず恥ずかしそうに泰子の陰に隠れている。

 拓也が手を伸ばした。


「葵ちゃん、行こう」

「うん」


 ささっと駆けるように出てきて、拓也の手を取った。

 学校に向かう途中で葵が立ち止まった。

 拓也の手を振り払って道端に座り込む。


「どうしたの?」


 拓也が慌てて葵を追いかけて、しゃがんでいる葵のうしろから覗き込む。


「見て」


 葵が振り返りながら指差したのはアスファルトに咲く一輪のタンポポだった。


「すごいねぇ。こんなところに咲くなんて」


 拓也も葵の横にしゃがみ込む。


「本当だね」


 拓也がそう言った。葵は嬉しそうに笑った。

 葵は誰も気がつかないそういった小さなものに目を向けることができる子だった。

 ――俺はたぶん出会った瞬間に一目惚れをして、『片桐葵』という女の子を特別だと感じたのは、きっと道端に咲くタンポポを教えてくれた時だったのだと思う。

 つまりは片想い歴八年目になる。

 今まで進展がなかったのは葵が鈍いせいだと全ての原因を押しつけたいところだが、一番の原因は葵の前でつい意地悪で捻くれた態度をとってしまうせい。

 ――そう。全ては俺にあるのだ。



 前を歩く葵の背中を眺める。

 あいかわらず葵はきょろきょろと辺りを見回して、思い出に浸っているようだ。


「あおちゃん、転ぶ――」


『から足元に注意して』と言う前に葵がなにもない廊下でつんのめった。

 拓也がうしろから葵の腕を掴んで支えると、驚いた顔で葵が拓也を見た。

 そして嬉しそうに笑う。


「たっくん、ありがとう」

「なんでなにもないところで転ぶんだよ」


 拓也がそう言って微笑む。もちろん浮かんでいるのはニヒルな笑顔だ。

 葵がうなずいて、また歩き出した。

 拓也はため息をつく。

 ――間違えた。今のところは「危なかったね」とか「気をつけてね」と言って微笑むところだったのに。もちろん爽やかな笑みで。

 葵が拓也を振り返って笑顔で言う。


「たっくん、チョコバナナ食べたい」

「さっき行き過ぎた」


 拓也はため息交じりにそう言って踵を返す。

 ――また間違えた。ここは「チョコバナナは外だから買ってくるよ」とか「いいよ。買いに戻ろう」だ。

 葵相手だとどうしてこうもいつもの調子が出ないのだろうか。

 拓也はそう考えながら難しそうな顔を浮かべて歩く。

 葵はそんな拓也に気がつくことなく嬉しそうに葵作詞作曲の「チョコバナナの歌」を歌っていた。

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