第二話 ミス・ミスターコンテスト
十一時になる少し前のこと。拓也は指定された控室に入った。
控室は体育館近くの教室を使用していて机などが隅に寄せられ、がらんとしている。
ここにミスター候補が二十人集まることになる。
拓也が着いたときにはすでに同じ学年の知った顔もいて拓也は自然と馴染んでいた。
すると廊下から声が聞こえてくる。女の子が言い合うような声だ。
この声には聞き覚えがある。ひとりは悠里の声だ。
隣にいた同級生が拓也に言う。
「なんか廊下の方が騒がしくない?」
「……そうかな? 気のせいじゃないかな」
拓也は爽やかな笑顔でそう言った。
隣の教室は女子の控え室になっている。
その前の廊下では二年B組の委員長である道井奈々が悠里の腕を掴んで引きずるようにして歩いている。
その傍には真子も一緒にいた。
奈々と悠里の少しうしろを他人のような顔をして歩いている。
「ほら、豊川さん! 集合時間になっちゃう。二年B組の未来はあなたにかかっているのよ」
「どんな未来よ! ミスになったってクラスは関係ないじゃない。もう! 引っ張らなくたって歩くわよ」
悠里がそう言うと、奈々はぱっと手を離した。
悠里は一瞬バランスを崩したが、すぐに姿勢を直す。
そして、ずんずんと機嫌が悪そうに歩き、教室の扉を開いた。
そこは男子の控え室と同じく机が隅に寄せられ、ミス候補の女子生徒たちが集まっている。
違うのは各々鏡を見てメイクをしたり、髪を整えたりしていることだろうか。
それにしても男子の控え室に比べて人数が多い。
付添いの生徒がいるようだった。
悠里を教室に入ったのを確認して仕事を終えた様に呆気なく奈々が言った。
「じゃあ、豊川さんしっかりね」
「ま、待ってよ。行っちゃうの?」
悠里が少し不安そうな顔で奈々と真子を見た。二人はお互いの顔を見る。
「話し相手くらいしてくれてもいいじゃない」
悠里は心細そうにうつむきながらぼそっと言った。
奈々が小さく笑う。
「わかった。いいよ」
真子も奈々の隣でうなずいた。
三人は教室に入り、空いているスペースに座った。
奈々が辺りを見回すと、同じように教室の隅で友達との雑談に花を咲かせていた岩下琴枝と目が合う。
奈々は慌てて視線を逸らしたが、琴枝は手を振りながら傍に寄ってきた。
「やっぱり道井さんだ。久しぶりだね!」
くるくるとウェーブした長い髪を揺らしながら、ぱっちりとした瞳を瞬かせている。
ほっそりとした顔は色白で可愛いらしい。
悠里がモデル顔なら、琴枝はアイドル顔だろう。
奈々が深呼吸をしてから笑顔を浮かべた。
「久しぶりね、岩下さん。今年もミス候補なんてすごいじゃない」
「そんなことないよ。道井さんのクラスは豊川さんがミス候補? 豊川さん、綺麗だからわたし霞んじゃいそう。お手柔らかにお願いします」
琴枝が可愛らしくお辞儀をして見せた。
謙虚な台詞とは裏腹に瞳からは負けん気の強さが感じられる。
琴枝は口元に小さく笑みを浮かべてから元いた場所へと戻って行った。
それが悠里には宣戦布告のように感じられ、口元がひくりと引き攣る。
悠里と奈々はお互いの顔を見てなにかが通じ合ったように力強くうなずいた。
琴枝が離れたことを横目で確認して悠里が小声で奈々に尋ねる。
「そういえばこの間『岩下琴枝には負けるな』って言ってたけど、岩下となにかあったの?」
奈々は一瞬目を泳がせたあと、琴枝に視線を向けてこちらを見ていないことを確認した。
そして、バツが悪そうに話し出す。
「岩下とは中学が一緒なのよ。あの子、今では清純そうないい子ぶってるけど、中学の時は男子との噂が絶えなくて。可愛いからモテるのは分かるんだけど、女子からはあんまり好かれてなかったのよね。男関係でよく他の女子ともトラブルを起こしてたし。それでね……」
奈々がそこで黙った。
悠里が化粧ポーチの中身を探りながらちらりと奈々を見る。
「委員長、話しちゃいなさいよ」
悠里の言い方があまりにもあっさりとしているので奈々はきょとんとしたあと、声を上げて笑った。
それから意を決したようにうなずき、続きを話しだした。
「中三の時につきあっていた彼がいたの。その彼を岩下に取られてね。その人のこと本当に好きだったから、わたし悔しくて岩下に言ったの。『最低だよ』って。『人の彼氏取らなくたって、あんたなら他にもいるじゃない』って。そしたらあいつ……、『取られる方が悪いんじゃない。自分に魅力がないからって当たらないでよ』って。今思えばわたしもなんで突っかかったりしたんだろうって思う。バカだったなって。岩下が言うことにも一理あるかもって」
「は? なに言ってるのよ。岩下の言う通りだったら人の彼氏をとることが当たり前になるじゃない。やめてよ。それより、他の女にひょいひょい靡くようなやつなら取られてよかったわよ。そんな男に費やす時間なんて無駄よ。無駄」
奈々がぽかんとした表情で悠里を見た。
そんな奈々に悠里は視線を向ける。
「でもわたしがミスコンで勝ったとしても。それは委員長の仕返しにはならないわよね。それより、委員長は新しく恋愛をすべきよ。その彼よりいい人見つけるの。それがいいわ」
悠里がそう言って綺麗に微笑んだ。
奈々が吹き出すように笑う。
それを見て悠里は目を丸くした。
「な、なによ。わたし、変なこと言った?」
「ううん。豊川さんの言う通りだなって。なんでわたし、ずっとこんなことに囚われていたんだろう。もったいなかったわね」
「そうよ。もったいないわ。委員長は化粧映えそうだし、印象もがらっと変わると思う」
「今度教えてくれる?」
「いいわよ。今度ね」
慣れた手つきで化粧をしている悠里の手元を見ながら奈々が尋ねた。
「慣れているのね。よく化粧するの?」
「たまにね。従兄が美容師だから教えてもらったり、将来は美容師になりたいから自分で勉強したりしてる」
奈々が目を丸くした。
悠里がちらりと奈々を見る。
「なによ」
「ううん。ちゃんと将来のこと考えてるんだなぁって思って。わたしなんてまだなにも。大学に行こうかなって漠然と考えてるだけ。森野さんは? なにか考えてる?」
奈々に聞かれて、真子は窓の外に視線を向けた。
少し間を空けて答える。
「私は結婚して、子供が欲しい。一軒家に住んで――ううん、マンションでもアパートでもいい。お母さんみたいなお母さんになって、いつも家族と一緒にいたい」
そう言って真子は柔らかく微笑んだ。
奈々が意外そうな表情を浮かべる。
悠里がにやにや笑いながら言った。
「なになに? 健臣とってこと?」
真子がかぁっと顔を赤らめてうつむいた。
「結婚かぁ。……直とは想像できないな。あいつへらっと笑いながら『仕事辞めてきた』って言いそうだもん」
真子がくすりと笑う。
奈々が首をかしげて悠里を見た。
「直って……児島君のこと?」
「そう。昨日からつき合いはじめたの」
「え、ええ? 豊川さんと児島君が? 意外な組み合わせね」
奈々の反応に悠里が苦笑する。
「わたしもなんで直を好きになったんだろうって不思議に思うわ」
「他人事みたいに言うのね。どっちから?」
「わたしから……かな」
「ほんとに? 児島君のどこが好きなのよ」
「どこって言われると困るけど……。ばかだし、デリカシーないし。でも、笑うと可愛いのよね。友達想いだし、裏表ないから一緒にいて安心する」
悠里が優しく微笑みながら言った。
奈々がにやにやとそれを見る。
「のろけられちゃったわね」
「聞いたのそっちじゃない」
悠里は頬を赤らめながらむっとしたような表情を浮かべる。
奈々がくすくすと笑う。
「話してみないと分からないものね。豊川さんも森野さんも印象と全然違った」
「委員長だって。もっと固い、恋愛なんてしたことないような人だと思ってた」
三人はお互いの顔を見ておかしそうに笑った。
もうじきミス・ミスターコンテストがはじまる。
真子と奈々は悠里と別れて体育館へ向かった。
体育館の入口で待ち合わせをしていた健臣と直と合流し、一緒に体育館の中に入る。
体育館にはすでに人が集まっており、がやがやとにぎやかだ。
健臣たちはどこで見ようかと辺りを見回しながら中を進む。
途中で片桐葵がひとりで立っているのを見つけた。
葵も気がついたようで健臣と目が合う。
健臣が小さく頭を下げて挨拶すると、葵が軽い足どりで傍に寄ってきた。
それから満面の笑みで健臣を指差す。
「えっと……たけうちくんだ!」
「常盤健臣です」
健臣は人の良さそうな笑顔を浮かべて訂正する。
葵は気まずそうに視線を逸らし、その隣にいた直と真子に視線を向けた。
「えっと……なる君とまおちゃんだっけ?」
「児島直と森野真子ですよ、先輩」
ぽかんとしている直と訂正する気のない真子に変わって健臣が言った。
直がはっとした様子で健臣を見る。視線が「俺のことだったの?」と言っていた。
葵が手を頭にやり、愛想笑いを浮かべる。
「ごめんね! 名前を覚えるの苦手で」
「いいえ。さっき少しだけ会っただけですもんね」
健臣は相変わらず人の良さそうな笑みで葵と話している。
真子曰く『健臣が人見知りをしている時の笑顔』だ。
「あれ? もしかして片桐先輩?」
真子のうしろから奈々が背を伸ばすようにして言った。
葵がその声に反応して奈々を見ると一瞬難しい顔を浮かべた。
それから少し間が空いて、ぱぁっと笑顔を浮かべる。
「あっれー? もしかしてみっちー?」
「もしかしてわたしのこと忘れてました? でも、片桐先輩っぽくって怒る気になりません」
「よかったー!」
二人は嬉しそうに手をつないで再会を喜ぶ。健臣が奈々に尋ねた。
「委員長と片桐先輩って知り合い?」
「うん! 去年も委員長やったから。ほら、片桐先輩は生徒会の副会長だったでしょう? 会議とかで会うことが多かったのよ」
「みっちーは一年生なのにしっかりしていて、一年の委員長たちを纏めてたよね」
「そんなことないですけど、二年も委員長です。あだ名も『委員長』になっちゃったし。『みっちー』って呼ぶのは今では片桐先輩だけですよ」
「そうなの? 『みっちー』ってあだ名、可愛いのにね。ね、なる君」
「お、俺にふらないで下さいよ。それに俺『なお』ですから」
直が困った顔で助けを求めるように健臣と真子の顔を見る。
しかし、二人はすっと視線を逸らした。
奈々がおかしそうに笑う。
「児島君、諦めなさい。先輩があだ名をつけたら直らないわよ」
「なる君って呼ばれるの嫌?」
背の低い葵が直を上目遣いで見つめると直がたじろいだ。
「い、いやって訳じゃないですけど……」
「ならいいね」
葵がにっこりと笑った。
直もつられてへらっと笑う。
そんな直の横に立つ健臣が悪戯っぽくそっと呟いた。
「片桐先輩に見とれていたって悠里と拓也に言ったらどうなるかな?」
「や、やめろよ!」
直が顔を真っ赤にしながらそう叫んだ。
健臣はそれを見て笑う。
「これからミス・ミスターコン見るんでしょ? 私も一緒にいいかな?」
「もちろんいいですよ」
「ありがとう、たけひろ君」
「……健臣です。『たけ』って呼んで下さい」
「あ、ごめんね。そうする」
葵が気まずそうな笑顔で笑った。




