1-4
「その後しばらくして、警察があっくんを見つけたの」
俺の向かいの席で、雪はそう話を締めくくった。それきり口を開こうとしない。
俺と雪は、喫茶店にいた。
*
俺は今日、部活を休んで、雪と二人で下校した。今回の事件のあらましを聞く為だ。
帰り道だけで終わる話でもなかったので、途中見かけた喫茶店に入った。
「あっくんと二人で喫茶店なんて久しぶりだよね。最近あっくん付き合い悪いし」
入って席に着くと同時に、俺への不満を口にした雪に対し、
「それは喫茶店とか金が掛かる場所に行くと、なぜか俺が奢る事になるからだろ」
俺は俺の不満を述べた。
「今日は割り勘だからな」
男としての威厳なんか知った事か。レディーファーストなんか糞喰らえ。現代に蔓延りつつある女尊男卑を根こそぎ滅ぼしてやる。フェミニズム撲滅。というか、今マジで金がない。
そんな俺に、雪は呆れたような視線を送って、頬杖をついて言った。
「あっくん。そんな小さいことばっかり言ってると、いつまでたっても大きくなれないよ」
「関係ねぇだろ!」
思わず机に身を乗り出してツッコんだ。
ツッコんでからハッと気付いて、辺りを見回す。
店中の人間が、客も、店員も、こっちを見ていた。
(――っ、またやっちまった……)
つい最近も、同じような事をした気がする。なんで俺はこう、時々自制が効かなくなるんだ。
だけど、雪も悪い。俺がこういう反応する事をわかった上で、楽しんでやっているんだから。虫も殺せないような顔して、とんだ悪魔だ。(注;小悪魔じゃない)
別に俺は小さいのを気にしてる訳じゃない。身長が低いなんてのは、単なる身体的特徴の一つに過ぎないし、背が低くて困る時なんて、スポーツをする時か、高い所にある物を取る時ぐらいだ。背が低い事を馬鹿にしてくる奴なんて、逆にこっちから馬鹿にしてやりたい。と言うよりも関わりたくもない。いや待てよ。雪は身長の低い所を馬鹿にしたわけじゃないのか? 俺が子供っぽい所をからかったのかも知れない。からかわれてすぐ大きい声を出すなんて、確かに子供っぽい。でもそれが身長の低い原因だなんて、迷信ですらない。単なる嫌がらせだ。大体小さい事とか言うんなら雪が払えばいいじゃないか。金持ちの癖にケチな奴。そもそもこの問題は俺にとっては全然小さくない。明日の飯がかかってるんだから。ああでも、今考えてる事を口に出したら、また子供みたいとか言ってからかわれるんだろうな。絶対に口に出せない。だけど今口を開いたら嫌味しか出ないかも知れない。ああクソ。
「冗談だよ、あっくん。そんなに不機嫌にならないで」
俯きかけていた俺の顔を、雪がいたわるような視線で見上げて来る。
その目に少しドキッとしたが、そこはなんとか隠し通した。
「ふ、不機嫌になんかなってねぇよ」
「ほんと?」
「本当だって」
「そっかぁ。良かった。私財布持ってきてなかったんだ」
「たった今不機嫌になった!」
くそォ……。コイツ元から俺に払わす気満々だったのか……。
金持ちだから、財布じゃなくてカードを持ってるとかいうオチならいいのに……。
「あ、これなら持ってるよ」
ぽん、と机の上にテレカ。
「使えねぇ!」
ばしん、とそれを払う俺の手。
「そもそも携帯持ってるのにテレカを持つ意味がわかんねぇよ! 俺をからかう為に持ってたとしか思えねぇ! ていうか」
「お客様」
「はい?」
声のした方に目をやると、困り顔のウェイトレスが立っていた。
「他のお客様のご迷惑となり「すみません。ごめんなさい。静かにします。許して下さい」
皆まで言わさず、平身低頭謝った。
怒涛の謝辞に、ウェイトレスは少し引いてるみたいだったが、それ以上は何も言わずに立ち去った。
なんか、すごい申し訳ない気持ちになった。
落ち着いて椅子に座った俺は、雪の目を見て、言った。
「じゃ、本題に入ろうか」
「……うん…………」
「ん?」
俺が落ち着いた途端に、雪が恍惚とした表情になって、俺の顔を見つめ始めた。
そんな顔で見られると、いくら相手が雪でも、否、雪だからこそ恥ずかしい。
「な、なんだよ……。一体」
視線を逸らせる為にも、凝視の理由を聞いた。
雪は表情はそのまま、視線もそのままに、頬杖をついて答えた。
「うん……。あっくんで遊ぶのもおもしろいけど、まじめな顔したあっくんを見るのも悪くないなぁって」
「俺はお前に遊ばれてたのか……」
後半は割と気恥ずかしい事を言われた気がするけど、前半の内容のせいでまともに耳に入らなかった。
と、また話が逸れかけてる。
「そんな話じゃねぇだろ。俺はこの前の事件の事を聞く為にここへ入ったんだから」
わざわざ手痛い出費を作って。
「そうだね。じゃないとあっくんの手痛い出費が、無駄になっちゃうね」
「…………」
言わなかった心の声まで、きっちり聞かれてる事に、軽く狼狽する。
雪が、俺の頭の少し上を見ながら言った。
「どこまで話したっけ……。そうだ、わたしが授業の後に居残りしてたとこまでだね」
そこで飲み物が運ばれてきた。
ウェイトレスさんは、「さっきの事は気にしてませんのよおほほ」という雰囲気を出そうとしてる事がよくわかる笑顔で、飲み物を置いていった。
雪はジュースを少し飲んでから、話し始めた。
「あのね、あっくん。わたし、人を殺したの」
*
雪が続きを話し始めるまで、と思って始めた回想だったが、未だに雪が話を再開する気配はない。
最初はジュースを飲んでいたので、喋り過ぎて喉が疲れたんだろうと思った。だけど飲み終わっても、俺の顔を見てニコニコしているだけだ。
俺はついに痺れを切らした。
「おい、続きは?」
「続き?」
雪は不思議そうに首を傾げた。
「なんの?」
「この話のに決まってるだろ」
「え? これでおしまいだけど?」
「それは事件が、だろ。解答編はどうした。解答編のないミステリー小説なんか、読者から苦情殺到だぞ」
と言うよりそもそも本にならないだろう。
「でも、この話は別にミステリー小説じゃないし……」
「それはそうだけどな、」
「それにあっくんは当事者だから、あとは大体わかるでしょ?」
「…………」
それはそうだけど……。
あの日、俺は部活帰りを野口に襲われて、竹内の家に監禁された。竹内に両手を縛られたが、少しもがくとあっさり外れた。
とは言え、部屋には南京錠がかかっていて、内側からでも鍵がないと脱出は不可能。
鍵は同室にいる野口が持っていたが、ナイフを持っていたので、武芸の達人でもない俺はロープが解けた事を隠して、身動き出来ずにいた。そこに電話が掛かってきて、野口が不思議そうに取りに行ったっきり帰って来なくなった。
危険を覚悟で見に行くと、野口は既に死んでいた。
気が動転しながらも、このままだと自分に罪が着せられると理解した俺は、あの家から逃げ出した。
そこに雪達がやって来た。
「あのとき、あっくんが逃げたのにはびっくりした」
「仕方ねぇだろ。隣に竹内がいるのを見て、雪も共犯かと思ったんだよ」
「あぁ、そうだったんだ」
俺の辛辣な一言に、雪は傷ついた様子もない。俺が雪の事を疑った、と言っているのに。
雪が傷つく事を望んでいる訳じゃないが、少し暗い気持ちになる。
そんな気持ちを振り払って尋ねた。
「竹内は、俺を犯人にすることで、一挙両得を狙ったんだな」
「そういうこと。よっぽどうっとうしいって思われてたんだね」
「お前と付き合ってたから、だろ。その言い方だと、まるで俺個人に問題があるみたいだ」
「はは、ごめん」
屈託のない笑顔で軽く謝る雪。
俺は話を続ける。
「野口先生の口車に乗せられたって話も、竹内の嘘ってことでいいのか?」
「多分ね。その方がしっくり来るし」
本当は、野口先生が竹内の口車に乗せられたんだろう。
復讐を手伝うと言っておいて、自分の計画に加担させる。
野口先生は皮肉にも、自分を殺す計画に協力していたことになる。
「あの手紙も、偽物だったしね」
「ああ、それだけど。お前は気付かなかったのか?」
下駄箱に入っていた俺からの手紙。当然、野口が俺のテストの文字を切り抜いて作ったものだった。
でも字の大きさはまちまちだし、目的の字が見つからなかったらしく、ひらがなだらけだった。俺なら絶対にあんな手紙は書かない。
「うん。それなら、見たその時に気づいた。あっくんって漢字ばっかり使うもんねー。子供扱いされるのが嫌で」
「いや、漢字を使うのはそんな理由じゃ……、いやいや、そうじゃなくてだな。お前は、手紙が偽物ってわかってた癖に、裏山へ行ったのか?」
「うん」
信じられない。どういう神経してるんだ、この女は。
「なんでそんな危ないことをした?」
「だってほら、よく言うじゃない。虎穴に入らずんば虎子を得ずって」
「それでお前は何か得たのか?」
雪が首を横に振る。
「何にも」
「…………」
俺はハァ、とため息をついた。
その息でテーブルが白く曇った。俺の心境も、このテーブルみたいな感じだ。靄がかかって、すっきりしない。
「ごめん、嘘」
雪が言った。
「嘘?」
何がだ?
「本当は、事件を早く解決したかったの。あっくんも巻き込まれてることはわかってたから…………」
つまり、俺の為って訳か。
……本当にそうなのか?
人を疑うのは悪いことだ。でも雪のこういう言葉は、疑わずにいられない。だって雪は…………。
ふと疑心暗鬼に捕われかけている自分に気付いて、慌ててその心を振り払った。
何考えてるんだ俺は。仮に雪の言葉が嘘だったとしても、それでどうこうなる問題でもない。ここで雪を疑ってどうするって言うんだ。
「あっくん!」
雪の声に、ハッと我に返った。
「どうしたの? ぼーっとして」
雪が心配そうに顔を覗き込んでくる。俺は慌ててごまかした。
「な、何でもない。それより……」
「なに?」
とにかく今は話を変えたい。何か別の話題はないか。
頭の中をフル回転させて、一つ思いついた。
「そうそう、雪は凄いよな。携帯と花瓶のトリック、一瞬で見破ったって言うんだから」
竹内が野口を殺したトリックだ。
俺もよく知らないが、携帯を手に取ると花瓶が頭の位置に落下してくる仕掛けが施してあったらしい。
つまり竹内は、携帯を鳴らすだけで、殺人が行えるようにしていたのだ。
「え、なに?」
「だからさ、野口の殺害現場に入った時の話だよ」
「あぁ、あれ。あんなのわかるわけないよ。名探偵コ〇ンじゃないんだから」
「は?」
俺の頭がクエスチョンマークで満たされた。
「じゃあ何で竹内が犯人って特定出来たんだ?」
てっきり仕掛けがわかったから犯人がわかったんだと思っていた。
「だってあの子、最初から嘘ばっかりだったから。誰でも怪しいと思うよ」
「確かにそうだろうけど……」
でも、だとすると…………。
俺の頭の中に、一つの仮説が生まれた。
「…………」
「? おーい、どうしたの?」
雪が俺の目の前で手を振る。
俺はそれを無視して、思考を続ける。
「あっくーん、どうしちゃったのー?」
「…………いつからだ」
自分でも驚く程、低い声が出た。
「え? いつから? あっ、野口が生きてるのに気づいたの? それなら最初にななちゃんちに行ったときだよ」
「そうじゃない」
俺は雪を睨んだ。
対する雪は平然としている。
「竹内が、野口を殺そうとしてる事に、いつ気付いたんだ」
雪がキョトンとした。
「いつって……、そんなの気付くわけないよ。敢えて言うなら、野口が死んでるのを見たときかな」
「……そうか」
俺は机の上に目を落とした。
今度は逆に、俺が質問された。
「ねぇ、どうしてそんなこと聞いたの?」
俺は……、この質問に答えないといけないんだよな……。
「……。……通報したタイミングが、あまりにも雪に都合が良かったからだ」
「フムフム。といいますと?」
冗談混じりに返してくる雪。
空気読めよ。
「野口が生きていれば、野口の証言から、雪にもとばっちりがいってた。今、それがないのは野口が死んでるからだ。竹内は雪を慕ってるから、無意味に雪を巻き込んだりしない。つまり俺が疑ったのは、野口が殺される事がわかった上で、しかも自分が面倒に関わりたくないというだけの理由で、お前が全てに気付かない振りをして見逃してたんじゃないかって事だ」
雪の表情は変わらない。
ニコニコでもなく、冷たいでもなく、むすっとしてるでもなく、ただ変わらない。
いつもの雪の顔。
その顔で雪は言った。
「そんなわけないよ」
雪は俺の目を見て、うっすらと微笑んだ。
「あっくんは、わたしがそんなに冷たい人だと思ってる?」
「悪いけど、思ってる」
即答した。
そして続けざまに言った。
「お前を責めるつもりはないけど、お前が人に対してとことん冷たくなれる人間だって事は理解しないといけない。それが、俺の義務であり、責務だ」
「…………」
言ってから後悔した。
いや、後悔なんかしていない。
雪にも、自分というものをしっかり理解させないといけないんだ。理解もせず、その事が苦痛とならないなら、いつまでも雪はこのままだ。
とは言え、空気が気まずくなって、かなり居づらい。
俺は仕方なく席を立った。
「先帰るよ。じゃあな」
「…………」
机の上の伝票を手に取り、レジに向かう。
雪はいつもの表情で、俺を見送っていた。
「ありがとうございました。またお越し下さいませっ」
喫茶店の店員だけが、俺に別れの言葉をかけてくれた。




