第9話 *ナサニエル視点
「うふふふふ。ナサニエルはねぇ、ギフトを他者より多く受け取るわぁ。そうねぇ、あたくしの『占い』通りなら二つかしらぁ。何のギフトになるかまでは分からないけどぉ」
洗礼を受ける前に、ナディア姉上が、俺に言った。
姉上の前世は『魔女』でギフトは『占い』だ。
そして、その『占い』は……高確率で的中する。
得られるギフトは通常一つ。
だが、姉上の『占い』通りに、俺はギフトを二つ得た。『鑑識』と『判断』というギフトで……、どう使うかはよく分からないが、相手が嘘を言っているのは分かるようになった。
便利は便利だ。
だけど。
晴れた空のような明るく澄んだ青の髪と瞳というの外見的特徴を有したかなりの美人の姉が……恐ろしく感じられるようになってきた。
おっとりした口調で誤魔化されるけれど、その澄んだ目の奥にドロッとした汚泥でも隠されていそうで。
底知れない。
……まあ、そこまで言わなくても、年の離れた姉なんて、弟からすれば恐怖の対象かもしれない。
言わないけど。
ちなみに俺にはもう一人、年の離れた兄がいるが、兄に対しては、姉に対するような畏怖の念は覚えない。
不思議だ。
やっぱりギフトの影響なのだろうか?
そんなナディア姉上は、現国王陛下の側妃になっている。
側妃になることも、姉は『占い』で当てた。
姉が洗礼を受けた直後から「あたくしはぁ、将来国王陛下の側妃になってぇ、次期国王を産むからぁ。だから、国王陛下からご指名を受けるまでぇ、誰とも婚約を結ばないわぁ」と父上に言っていたらしい。
国王陛下にはご正妃様がいて、その息子であるマクシミリアン王太子殿下もいる。
正妃の息子がいるのに、側妃の息子が次期王になる?
そんなことを口外すれば、姉どころかフェアファクス侯爵家の命脈が尽きるのでは?
国王陛下は比較的寛容な方と聞いているから『占い』程度のことは別に咎めないのかもしれない……。
そう、占いは、所詮占いだ。
未来の予測的なものであって、確定したものではないはず。外れることもあるはず。
……はずだよな?
だけど、姉の占い通りになるのであれば……マクシミリアン王太子殿下は、この先の未来でお亡くなりになる……のだろうか?
だから、俺は、貴族学院で、マクシミリアン王太子殿下と同じクラスになったけれど、交流は最低限にした。
挨拶程度しか交わさない。
側近になれと命じられても、あれこれと理由をつけてやんわりと拒否だ。
この先の未来で何かが起こり、その何かに俺も巻き込まれて、俺まで失脚……なんていうのはごめんだから。
いや、失脚くらいならマシで、命の危険さえあるかもしれないと思えば、敬して遠ざけようと思うものだ。
敬して……。
正直に言えば、敬するのは王太子殿下という身分に対してであって、マクシミリアン王太子個人に対しては敬の字なんて浮かばない。
あれは、阿呆だろう。
婚約者であるはずのエアリス・オズウェストリー子爵令嬢を蔑ろにして、平民上がりの男爵令嬢を『真実の愛』を結ぶ?
馬鹿馬鹿しい。近寄らないに限る。
エアリス・オズウェストリー子爵令嬢は、氷の結晶のように澄んだ白銀の長い髪の、顔立ちがそれなりに整っているご令嬢なのだが……。
エアリス嬢と俺は……大聖堂で受けた洗礼日が同じだった。
何やら奇妙な前世とギフトだった覚えがある。
ええと……、空気なんとか機? あまりよく覚えていないが。そんな珍しいギフトだったから、王太子殿下の婚約者にさせられたのかもしれない。
とにかくエアリス嬢は表情が暗いのだ。マクシミリアン王太子殿下の婚約者なんて嫌だとありありと分かる。
そのエアリス嬢は、ある日突然に、貴族学院に通ってこなくなった。
婚約者である彼女を蔑ろにして、平民上がりの男爵令嬢であるジェナ嬢とマクシミリアン王太子殿下が懇意にしているから傷心で……、授業を休んでいるのかもしれないし、本当に体調不良なのかもしれないが。
エアリス嬢が休もうが休むまいが、俺には特に関係などないはずだった。
洗礼日が同じ。
クラスが同じ。
それだけの関係。
クラスメイトとして挨拶を交わす程度の関係でしかない。
が、エアリス嬢が授業を休んでから、どうにもこうにも、教室内がおかしい。
おかしいというか……。
「何か……においません?」
同じクラスのご令嬢が教室内をきょろきょろと見回す。
「そうですわよね。悪臭とまでは言いませんが……」
と、他の令嬢たちも答える。
「肉が腐ったみたいな臭いじゃないか?」
令息たちも訝しげな顔になって、教師たちに伝えた。
教師たちは、教室の清掃を徹底的にさせたけど……、くさいにおいはどんどん強くなっていった。数日が経過し、においは耐えられないレベルになった。
「あたくし、しばらくの間休みますわ」
「ええ、わたくしも」
「耐えられない悪臭だよなあ」
「何だろうな、このにおい……」
クラスメイトたちは、改善しないにおいに、どんどんと休んでいった。
クラスで平然としているのはマクシミリアン王太子殿下とジェナ嬢の二人のみ。
さすがの俺もにおいに耐えきれなくなった。
授業を休んでしばらくしたら、ナディア姉上から手紙が届いた。
「王城に遊びにいらっしゃい。しばらくナサニエルの顔も見ていないから、会いたいわ」
……真っ当な誘いなのだろうか?
少し疑ったが、授業を休んで暇なこともあって、王城に住むナディア姉上に会いに行くことにした。
……正直に言えば、会いたくない。が、申し出を断るほうが怖い気がしたのだ。根拠などはないが……呪われるとか、されそうで……。
「うふふふふ。いいタイミングでやってきたわねぇ……」
ぞっとする気持ちを隠しつつ、ご機嫌麗しゅうございます、ナディア姉上様……などと挨拶。
すると、姉はそれまで座っていた長椅子から体を起こし「ついていらっしゃい」と、姉上の私室から俺を連れて出て行った。
「……どこに行くのですか?」
まさかとは思うが、『魔女』の森とかに連れて行かれて幽閉とかされるんじゃないだろうな……。
「うふふ。マクシミリアン王太子殿下のお部屋の前よぉ」
「は?」
俺は思わず眉根を寄せてしまった。
国王陛下の側妃であるナディア姉上が。
正妃がお産みになった王太子殿下の私室へと向かう?
怪しい。絶対的に怪しい。
「……何があるというのですか?」
「うふふ。『占い』でねぇ、出たのよぉ」
「だから、何がです?」
「着いてのお楽しみかしらぁ? でも、一つだけ言っておくわねぇ。ナサニエル、あなたの『鑑識』そして『判断』のギフトの活躍を期待しているわーって」
オカシナことに巻き込まれなければいいのだが……。戦々恐々としながら、俺は姉の後について王城の廊下を歩いて行った。
王太子殿下の私室へと入るわけではない。
その前の廊下に行くだけ。
だったら……、不敬には当たらない?
そして……、たどり着いたその場所では。
「……もう、帰りたいです。もう、嫌です」
泣き崩れているエアリス嬢がいた。
そのエアリス嬢を抱きかかえている中年男は彼女の父親のオズウェストリー伯爵だろうか。それから困り顔の王妃もいて……、マクシミリアン王太子殿下とジェナ嬢も……いた。
「申し訳ございません。娘はもう限界です……」
オズウェストリー伯爵と思しき男性が、王妃に向かって懇願していた。
何だろう? 嫌な予感がする。




