第8話 *ジェナ視点
あたしはジェナ。平民のお父さんとお母さんと一緒に王都の隅っこの街で暮らしていた。
一応、商売をしていたんだけど……、お母さんが病気で亡くなってから、お父さん一人では商売がうまくいかなくなってしまった。
あたしが十歳になったら洗礼を受けましょうって言ってくれて、貯めていたはずのお金もどんどん無くなって……。
お父さんはギャンブルに手を出すようになっていった。
家財道具を売っては、ギャンブルで負けて。
また売って、たまに勝って……。
売るものもなくなって、貧民街に近いアパートに引っ越した。
窓を開ければ据えたようなくさいにおいがする。
最初は窓を開けるのも嫌だったけど、そのうち慣れた。
「お父さん。あたしの洗礼はー?」
「あー。今度勝ったらな!」
年に四回行われる洗礼に参加できれば、なんらかのギフトを得て、こんな生活から逃れられるかもしれない。
だけど、受けられないままだったら……一生このまま?
嫌だ。
なんとしてでも洗礼を受けて、すごいギフトを得るんだ!
それだけが、あたしの希望になった。
十歳で洗礼を受けることなんかは当然できなくて。
なんとかならないか、もう駄目か……と思っていたときに……、お父さんが金貨を五枚も持って帰ってきた。
「こ、これ、どうしたのー⁉」
「あー、へへへへへへ」
ギャンブルで勝てたとは思えない。だったら……盗んだの?
持ち主に返却しないと……という気持ちよりも、これで洗礼が受けられると思った。
勝手に金貨を三枚、お父さんから取った。
「おい! 何をする!」
「これで洗礼を受けるのー。 すごいギフトが得られたら、それであたしを貴族にでも売ればいいわー」
どのみちこのままお父さんの負けが続けば、あたしは娼館とか売られてしまうだろう。同じ売られるなら相手は貴族のほうがマシ。
そして……洗礼を受けて、あたしの前世が『聖女』でギフトは『浄化』だと分かった。
お父さんは喜んで。
あたしを貴族に売った。
金貨十枚で、お父さんと縁を切って、男爵家の養女になった。
身なりを整えさせられて、週末は教会でギフトの練習。
浄化……のギフトはなかなかうまく使えなかった。それでも『聖女』という前世はすごいから、養父になった男爵様は、あたしを大事にしてくれた。
なんと! 貴族学院に通わせてくれるって!
「ただし、ある程度のマナーを学び、文字が書けるようになってからだ」
男爵様に命じられて、マナーのレッスンと文字の勉強。
あたしはがんばった。
だって、貴族学院に通って、そこで貴族の令息を捕まえて結婚してしまえば……、あたしの人生、安泰になる!
十七歳になって、ようやく貴族学院に編入した。
そして、そこで出会ったのが……。
マクシミリアン王太子殿下。
青緑色の短い髪と瞳のすっごいカッコイイ男の子!
殿下もあたしに興味を持ってくれたのか、編入当日からあたしのことをちらちらとみてくる。
あたしは満面の笑みで、殿下に答える。
すると、殿下も笑顔を向けてくれた。
イイ感触!
あたしたちはすぐに仲良しになった。
……だけど。『真実の愛』には障害がつきものなのよねえ。
そう、当たり前と言えば当たり前だけど、マクシミリアン王太子殿下には婚約者がいた。
エアリス・オズウェストリー。
氷の結晶のように澄んだ白銀の髪は、太陽の光を浴びるとキラキラと輝いてとてもきれいだけど。顔はねえ、あたしのほうが、絶対にかわいい。
負けるもんか!
演劇でよくあるドアマットヒロインのように。あたしはエアリスとかいう女から虐められるようにふるまった。
あたしの赤みを帯びた鮮やかなピンク色の瞳を潤ませて、上目遣いで、マクシミリアン王太子殿下を見つめる。
「もしも……、殿下に、婚約者がいなかったら……」
「いいえ、殿下に婚約者がいなくても、あたしなんて、男爵家の娘とはいえ平民みたいなものですし……」
「婚約者の人には睨まれて……、あたしが平民出身だからって……」
睨まれたことはないけど、エアリスとかいう女だって、あたしを見ること程度はする。
見ると、睨む。
実際は見るであっても、睨まれたとあたしが思えば睨まれることになる。
そうして、マクシミリアン王太子殿下の同情をひいて……、次第に恋仲になるように仕向けた。
あっはっは!
このあたしが王太子妃、更には王妃になれば!
もう苦労することなんてない!
好きなものを食べて、好きなものを買って!
しあわせに生きられるのよ!
マクシミリアン王太子殿下はあたしに名前で呼ぶことを許してくれて……。
そして、あたしたちは恋人同士になった。
ふっふーん!
後は婚約者のエアリスとかいう女を排除するだけね!
本格的に仕掛ける前に、エアリスとかいう女は教室には来なくなった。どうやら体調不良で休学……らしい。
あーあ、つまらないけど、楽でいいか。
貴族学院で、マクシミリアンとイチャイチャする日々を過ごしていたら……。
……あれ? クラスメイトが、段々と欠席するようになってきた。
別に令嬢は居なくてもいいけど、フェアファクス侯爵令息のナサニエル様とかねー。見るだけで眼福な令息が出席してこないのは、ちょっと残念。
ま、よそ見をしないでマクシミリアンと仲良くしろってことかなー?
なのに、貴族学院の、あたしたちのクラスは……学級停止になった。
教室がくさすぎて、担当の教師すら教室に入れないって……。
そこまでにおうかな?
確かに、貴族学院にしては、貧民街みたいなにおいがするなーって思ってたけど。
マクシミリアンも「は? におう?」とか首をかしげるし。
おかしいなーと思いながらも、学級停止では仕方がない……。だけど、授業が休みになると……、あたしはマクシミリアンに会えない。
どうしようと悩んでいたら、マクシミリアンの使いとかいう人が、男爵家にやってきた。
「マクシミリアン殿下が、ジェナ嬢を、城に招待したいと……」
そっか! 学院の授業がなくても! お城で会えばいいんだ!
さっすがマクシミリアン!
あたしは、ふんふんふーんと鼻歌交じりで登城するためのドレスを選んでいった。
そうして、お城に馬車で出かけて行って。
マクシミリアンは、わざわざわたしを迎えに来てくれた。
「ジェナ!」
「マクシミリアン♡ 会いたかったわー」
「ああ、俺様もだ!」
ぎゅーって抱きついて。キスをして。ん? んんんん? ちょーっと、マクシミリアンの口がにおったような??? ような、じゃなくて、かなーりくさい???
あれ? と思っていたんだけど……。
「俺様の部屋はこっちだ!」
手を引かれて、お城の廊下を進んでいった……。
そして、マクシミリアンの部屋の前には。
「は、母上?」
「……マクシミリアン」
「またそいつらを連れてきたのですか!」
「だってにおうのだもの」
「においませんっ! 母上はそいつらに騙されているんです!」
母上というからには王妃様よね?
王妃様と……中年男とエアリスがいた。
どうでもいいけど何でこいつらがマクシミリアンの部屋の前なんかにいるの?




