第7話 そっと反抗
王太子殿下に睨まれ、王妃様を騙している詐欺師呼ばわりをされ……。
ジェナ様との『真実の愛』を邪魔する悪女役を当てはめられ……。
嫌だ嫌いだと言っても聞いてもらえずに……。
う、ううう……。
「キサマのような子爵家の小娘が、王太子であるこの俺様の婚約者だと⁉ オマエなど、存在自体が不敬である! とっとと去れ!」
「俺様の婚約者になりたいがために嘘をついて母上を騙しているんだろう! 賢い俺様はオマエ如きに騙されはしない!」
「かわいらしいジェナをいたぶる悪女め!」
悪口雑言、暴言のオンパレード。
悪意しかない言葉を浴びせられて……。
ジェナ様も王太子殿下に抱き着いて「マクシミリアン様ぁ、あたし辛いんですー」「婚約者の人からすれば、あたしなんて目障りですよね……」なんて、涙目(絶対に演技だろ!)になって……。
……もう嫌だ。
何が悲しくて好きでもない王太子殿下の婚約者にしがみついている悪役令嬢役をしないといけないんだ!
わたしは汚い空気をきれいにしたいだけなのよ!
それ以外に王太子殿下に用はないっ!
ジェナ様なんて、虐めていない!
さっさとギフトを使えるようになって、それで王太子殿下を浄化してって願っているだけ!
そうしたらわたしもお役ごめんよ!
無関係になるのおおおおおおおおぉ!
わたしはキレた。
もうキレてしまった。
汚い空気は王太子殿下だけではない!
別のどこかに行って、そっちの空気をきれいにできればわたしはそれでいいの! 満足なの! ジェナ様のギフトが無事発動できれば、王太子殿下の臭い息が浄化できるんだろうから、もうわたしのギフトは必要ないでしょ!
なのに、わたしの主張も無視されて、勝手に悪役にされる。
ふざけるな!
まだ、ジェナ様のギフトが発動できない今からでも! 離れる! 離れてやる! どこか遠くに行くのおおおおおお!
と言っても、子爵家の娘であるわたしから婚約破棄など無理だ。
できることと言えば、貴族学院の授業を休む程度。
だから、自室に引きこもりました!
お母様に泣きついて、体調不良で貴族学院も休ませてもらった!
王太子殿下の消臭? 知るか!
いくらわたしが消臭に職業的使命を抱いていても、もう、王太子殿下の消臭なんてするものか!
くさいのが嫌ならさっさとジェナ様を鍛えて浄化でもしてもらえ!
引きこもったまま一か月が経過。
王城も貴族学院のわたしたちのクラスも、次第にくさくなってきた……らしい。
それはそうでしょ。だって、わたし、自分の部屋に引きこもって授業に出ていないもの!
「エアリスさんは何をしているの!」
王妃様が叫び、お父様が城に呼びだされたけど。
「……娘は王太子殿下からの暴言で心に傷を負い、ギフトの発動が出来なくなっております」
消臭しないのではなく、できないと伝えてもらった。
ギフトの発動ができないっていうのは実は嘘だけど。
王太子殿下のためなんかにギフトを発動したくないの!
マクシミリアン王太子殿下の顔を見ること自体がもう嫌だあああああ!
「なんですって!」
「この一か月間、自室に引きこもり、泣いてばかりで……」
切々と語る演技派お父様。
それでようやく、王妃様たちは王太子殿下のご様子を調べさせたらしい。
わたしに対して詐欺師だ、王妃様や国王陛下を騙して婚約者の地位にしがみついているんだと言い、わたしを睨む。
ジェナという男爵令嬢が前世『聖女』で『浄化』のギフト持ちであることと、そのかわいらしい外見で、王太子殿下はジェナ嬢に恋に落ちたこと。
二人であることないこと言いたい放題で、わたしをまるで物語の悪役、真実の愛で結ばれた二人を引き裂く悪役令嬢のようだと発言していること。
やってもいないジェナ嬢虐めを、わたしがしていると言っていること。
報告を受けた王妃様や国王陛下が頭を抱えたらしい。
「……ここまで酷いとは」
「……仕方がないわ」
非公式に謝られたけど。
こちらとしては、もう二度と王太子殿下にもジェナ嬢にも関わり合いになりたくない。婚約など解消させてください。
それを繰り返し陳情するしかない。
王妃様は仕方がないと思いつつも、現状、まだジェナ嬢が『浄化』を発動できない以上は、わたしをキープしておきたい所存だそうで。
国王陛下は無理やりにでもわたしに『消臭』のギフトを使わせれば……とか言っているようだけど、お父様が泣きながら「王太子殿下がいなければ、娘もなんとかギフトを使えるかもしれませんが……、対面すれば、泣きわめくでしょう。その状態でギフトの発動は無理でございます」と涙ながらに訴えてくれた。
ありがとうお父様! 嘘をつかせてゴメンね! 大好き!
「……間を取りましょう。マクシミリアンが貴族学院に行っている間に、エアリスさんに城に来てもらい、消臭するのだったら可能かしら?」
お父様は渋い顔になったが、それを承諾した。
……というか、落としどころはソコかなってわたしも思っていたしね。王太子殿下がくさいのは仕方がないとして、お城まで臭いのは大変だしね。
それで三日後。わたしはお父様と一緒に登城した。
ちなみにこのひと月の間。わたしはわざと食事の量を減らした。ダイエットではない。やつれているように見せるためだ。
げっそりと痩せたわたしを見て、王妃様は驚いていたけど。
「……消臭、いたします」
のろのろと、殿下の私室に向かう。
消臭のレベルは最弱にして。半分くらい臭気を取り除いたところで「……もう、駄目です」と消臭を停止した。
廊下に、しゃがみ込んで、ほろほろと泣く。
……くさいにおいがそこにあるのに、消臭を途中で止めるのは、わたしの空気清浄機としての職業意識に反するの。
悔しい。
でも、ここで、簡単に消臭できますよーなんて、にこにこしていたら、ここまでがんばったことが台無しだ。
「……もう、帰りたいです。もう、嫌です」
私室から廊下に出てしくしくと泣く。
お父様がわたしを抱きしめてくれた。
「申し訳ございません。娘はもう限界です……」
半分本気で、半分演技で泣き続ける。
ちなみに貴族学院のほうは、消臭しろと言われていないので、放置。
でも多分、お城と同じくらいはくさくなっていると思う。
だけど、王太子殿下のギフトが常時発動型のくさいにおいということは、学院にも通達はされていないようで。
教室がくさいとのクレームは王室のほうではなく、貴族学院の学院長のほうへ寄せられているらしい。
王太子殿下とジェナ嬢以外の、わたしと同じクラスの令嬢や令息たちも、わたしと同じように授業を休んでいるらしい。
それはそうよね、くさくて授業どころじゃない。
おかげでわたしの長期休学も目立っていない。
みんな休んでいるからね!
ただ王太子殿下だけは、ご自分のくささを認識していないので「何がくさいだ!」とか何とか云っているらしい。
そして、ジェナ嬢と言えば。
くさいにおいは感じているのだろうけど、元平民。
貴族の屋敷みたいな清潔な場所ではなく、平民街で暮らしていたので、令嬢や令息と違って、ある程度のくささには耐性があるらしい。
令嬢や令息たちが学院の授業を休むようになっても「そういえば、ちょっとにおいますねー。あたしが『浄化』のギフトを使えるようになったら、くさくなくなるようにできるかしらー」なんて、のんびりしているらしい。
……ある意味凄いな、ジェナ嬢。




