第5話 前世「聖女」の登場
がんばった。
わたし、がんばった。
消臭に消臭を重ねた。
もはやわたしに消せないにおいはない! 多分!
マクシミリアン王太子殿下のあのくさい匂いだって、一瞬で消去よ!
ははははははははは!
がんばりました!
継続は力なり!
婚約から約五年。
わたしもマクシミリアン王太子殿下も、貴族学院に入学しました。
そして、同じ貴族科の一年生、クラスも同じですうががががが!
クラスメイトになったのは、王妃様の陰謀……ではなく、きっとご配慮。配慮なのよね……。
特に交流などしなくても、同じクラスですれ違う隙に、さっと王太子殿下を消臭すればいいんだし。
しかも最近では、一度消臭すれば、その効果は三週間ほどは保たれるようになりました!
すごいぞわたし!
朝、教室に行って「おはようございます、王太子殿下」とご挨拶するついでに軽く消臭。
もちろんマクシミリアン王太子殿下はわたしをじろりと睨むだけ。
挨拶を返してくれることはない。
……もう、婚約者、やめてもいいですよね? ね? ね?
名目上の婚約者なんかじゃなくたって、同じクラスでご一緒に勉強している際に、消臭できますから!
そう申し出たのに……。
「学院に通う期間はいいけれど……、卒業したらどうなるか分からないから、まだもう少し婚約者を命じておくわね」
王妃様あああああああああああああああ!
卒業したら結婚一直線になっちゃうんじゃないですかあああああ⁉
そのまま一生殿下のお側に居るの?
嫌ですぅううううう!
領地に帰って、お父様とエイベルお兄様と一緒にのほほんと暮らしたいんですぅううううう!
いくら消臭の喜びがあると言っても、顔を突き合わせるたびに王太子殿下から睨まれると……心がすさむのよ!
しかも、王太子殿下はわたしを敵視するし!
殿下は、ご自分がご自分のくささを感じ取れないから、全ての元凶がわたしみたいに思い込んでいるのよねえ……。
「母上と父上を騙してこの俺様の婚約者に収まりやがって」
「使用人たちにまで、お前のせいで、この俺様がくさいなどと思われているんだぞ!」
違います! わたしだって、殿下の婚約者なんて、拝命したくないんです!
くさいのは殿下のギフトのせいです!
わたしのせいじゃない!
そう言えればどんなにいいか……。
でも言えないのよねえ……。言ったら不敬だって、ますます激昂されてしまう……。ううううう……。でも……。言うか……。
「……わたしの持つギフトが、殿下の周囲の空気を清潔に保つというのに役立つ以上、名目上ではありますが、婚約者としてお側に居る必要があると、王妃様がご判断されたのです。わたしの消臭機能が不要であれば、殿下から王妃様に申し出てください。わたしは子爵家の娘です。ご命令には逆らえないのです!」
わたしだって嫌なんだよー。
王太子殿下の婚約者なんてやめたいんだよー。
消臭は定期的にするからもう解放してよー。
そろそろ不敬でもなんでもいいから泣きついちゃおうかな……。
わたしはだんだんと追い詰められている気分になってきた。
前世、消臭機能付き空気清浄機。空気をきれいにして、皆様に喜ばれるために生きていた……、ええと、機能していたというのに……。
それが、今世では、空気を清浄しても、睨まれて、疎まれてる。
アイデンティティが揺らぐの!
ありがとーって思ってほしいの!
せめて睨まないで!
教室の片隅で静かに消臭するから!
半泣きになりそうになりながらも、消臭だけはやめられない……。だって元とはいえ空気清浄機だもの……。
こんなわたしを神様が不憫に思ったのか!
現われました救世主!
耐えて、耐えて、耐え続けた日々がこれで終わる!
何かと言えば……、ジェナ様という『聖女』が現われたのだ!
あとふた月程度で、学年が上がるという時期に……、いきなり元平民で男爵家の養女となったご令嬢が貴族学院に編入してきた。
しかも、わたしと王太子殿下の在籍するクラスに!
「ジェナでーっす! 平民なのでこの年になってようやくギフトを得たんですけどー。アタシの前世は『聖女』でー、ギフトは『浄化』らしいんですー! すごいってことで男爵家に引き取られましたー」
クラス中が湧きたった。
わたしもだ。
この時点では、ジェナ様にすっごい期待をした。
だって『浄化』なんて、すごいわ!
「まだ、あんまりうまくギフトが使えなくてー、週末は神殿で修業しているんですけどー。男爵家に引き取られたので、貴族学院にも通うことになりましたー! みなさんどーぞよろしくー!」
貴族としての言葉遣いもできていない。
でもいいの!
だって『浄化』のギフト!
今は、まだギフトを使いこなせていないというのはちょっと残念だけど。
いつか、ジェナ様が『浄化』のギフトを使いこなせれば。
わたしが王太子殿下のにおいを『消臭』しなくても、ジェナ様が王太子殿下を『浄化』してくだされば……、もう、王太子殿下はにおわなくなるのでは⁉
多分、そういう目論見で、王妃様がジェナ様をわたしたちのクラスに編入させるよう、学院長とかに指示でも出したのではないのだろうか?
わたしの考えすぎ?
偶然?
でも、わたしは期待したの。
王太子殿下の婚約者はジェナ様に変更してもらってもいいよね……って。
ジェナ様でなくても、王太子殿下がくさくなければ、高位貴族のご令嬢の誰がが婚約者になってくれるよね……って。
すぐじゃなくても、ジェナ様がギフトを使えるようになるまではそう時間はかからないでしょう?
わたしの心は希望でいっぱいだった。
ああ……、ありがとうございます、神様! ジェナ様! 一日でも早く、あなたがギフトを使えるようになりますように!
ジェナ様が王太子殿下を『浄化』する日を、わたしは心の底からお待ちにしております……!
更に嬉しいことに。
かわいらしく、元気で、にこにことしているジェナ様は、マクシミリアン王太子殿下の好みにも合致したらしい。
「ジェナ!」
「殿下!」
「殿下とは他人行儀な。マクシミリアンと名前で呼んでくれ」
「いいんですかー! えっと、じゃ、じゃあ……マクシミリアン様♡」
手と手を取り合って、見つめあって、うっとりとしているお二人です。
名目上の婚約者とはいえ、わたしに「名を呼んでくれ」なんて言ったことなんてないですよね。しかもわたしのことは「詐欺師」「おい」「キサマ」としか呼びません。
わたしの名前も知らないんじゃないの?
でも、そんなこと、もうどうでもいいの!
さっさと婚約者なんてやめたいから!
ジェナ様に押し付けちゃえば、王太子殿下から解放されるぞー! やったあ!
……なんて、希望に満ちていたときもありましたね。ええ。希望なんてあっという間に終わりましたけどね。




