第4話 常時発動型
「お部屋の中の空気の消臭をしただけなんです! 殿下がギフトを使えばまた同じように臭気まみれに……」
「嘘……」
王妃様はがっくりと床に崩れ落ちた。
「……マクシミリアンのギフトは常時発動型なの」
常時発動型……なんていうのがあるのね?
「具体的に言えば、呼吸をするたびに、少しずつ、その吐く息が……におうのよ……」
息を吐くたびに、腐った肉のような臭気をまき散らすって、まるでモンスターのよう。魔物とか、生物兵器とかかもしれないけど……。
でも、もしや前世はモンスターだったのですか……なんてことは、不敬だから聞けない。
「えっと、どのくらいで、この部屋いっぱいに臭気が充満するのでしょうか……?」
……ええと、洗礼式は年に四回。きっとギフトを得た……ばかりよね。で、それ以来常時発動? とすると、半月くらい? もっと短い期間でこんなにくさくなった?
ちょっと検証してみたい気もするけど……。でも……。
「臭気などない! 俺様はくさくなどない!」
王太子殿下がわたしを睨んでくるんですけど……。
王妃様はといえば、すがるような目でわたしを見てくるし……。
「……エアリスさん。お願いよ、しばらく城に留まってちょうだい。臭ったら即消臭してほしいの!」
嫌だ……なんて言えないけど。言えないけど。
王太子殿下のイライラしたお顔が……怖いです……。
「あ、あの……、わたしのお父様とお母様に聞かないと……」
前世、空気清浄機としては、そこにくさいにおいがあれば消臭したい。
でも、今の……人間としてのわたしは、まだ十歳の子ども。
一人でお城に滞在するというのは……、無理では?
その上、この王太子殿下……。
わたしは逃げるように、すすすすす……と、廊下で待っていたお父様とお母様の元へと向かう。
二人とも考えこんでいる顔になっているけど……、王妃様のお願いというのは、断れない命令と同義よね……。
「では、エアリス一人だけ……というのも無理なので、妻とエアリスの二人を」
お父様は領主としてのお仕事があるから長い間お城に留まることはできない。
だから、わたしとお母様……か。うん、それが妥当なところだろう。
わたしとお母様は、王太子殿下の私室から比較的近い客間に滞在させていただくことになった。
一日や二日で、すぐにくささが充満するわけないので……、お母様と一緒に刺繍などをして時間を潰す。とりあえず、王城のご飯はおいしい。
三日目。
マクシミリアン王太子殿下の私室内が、なんとなーく臭うようになったと、お城の使用人の人たちから教えてもらった。
四日目、五日目、六日目。
においが段々強くなって……マクシミリアン王太子殿下の私室だけではなく、廊下もなんとなくくさい。
七日目。
使用人たちの顔色が青ざめてくる。
八日目。
耐えきれず、使用人たちが撤収……。わたしは廊下から消臭……。王太子殿下の私室に入ってしまえば、また睨まれるかもしれないから、使用人経由で「消臭のために、王太子殿下の私室に入室してもいいか」と王妃様に聞いてもらい、王妃様からマクシミリアン王太子殿下に許可を……なんてしているうちに、十日目になった。
ようやく王太子殿下の私室に入って消臭。
使用人の皆様の顔があからさまにほっとしている。
わたしも、くさいにおいを消すことが出来て満足。
……だけど、マクシミリアン王太子殿下のご機嫌は、下降。下降というか、ものすごいイライラ顔。
どうやら、恐ろしくくさい臭気を、当のマクシミリアン王太子殿下は感じ取れないらしい。
「俺様はくさくないっ! キサマらが勝手に俺様をくさいなどと言っているだけだ! 不敬者どもめ!」
怒鳴り散らす王太子殿下。
前世の空気清浄機であれば、イオン発生中は緑のランプが光り、除菌中は青いランプが光り、消臭が必要なほど部屋の空気が悪ければ赤いランプが灯る……という感じに、カラフルに色分けされた光が点灯したから、消臭状況が分かりやすいのだけれど。
今のわたしの……、人間の肉体では、消臭時にランプが光るなどという機能はない。
排気音もない。
だから、マクシミリアン王太子殿下にとっては、わたしが消臭しているという実感はない。
わたしが現われると王妃様や使用人たちがほっと息を吐いて、わたしに感謝の気持ちを向ける。
王太子殿下は苦々し気にわたしを見る……。
何故だかマクシミリアン王太子殿下にとっては、わたしが王妃様や使用人たちを騙している……みたいな認識なのよねえ。
だから、王太子殿下のくさいにおいを消臭すればするほど、わたしはマクシミリアン王太子殿下から胡散臭い目で見られてしまう……。
「俺様がくさいだと⁉ 嘘吐きの詐欺師め!」
王妃様に怒りをぶつけられないから、下の立場のわたしに当たり散らしている……んだよね、きっと。
八つ当たりされて辛い。お家に帰りたい……。
お母様に言ったら。
「そうね。いつまでもお城で過ごすわけにもいかないしね……」
お母様だって、社交とか家の中の采配とか、やらないといけないお仕事はある。
でも……、わたし一人でお城暮らしは……無理だし嫌だ。
お母様が王妃様にそろそろ帰らせていただけないでしょうか……と、申し出てくれた。
王妃様も申し訳なさげではあるけれど、わたしを手放せば、くさいにおいはお城中に充満してしまうかもしれないと言って……。
結局、わたしは、王命で、マクシミリアン王太子殿下の婚約者にされた。
え、えええええええええ⁉
わたしが、マクシミリアン王太子殿下の婚約者あああああ⁉
何でええええええ⁉
「王太子妃教育という名目で、あなたを頻繁に城に呼ぶわ。その際に、マクシミリアンを消臭してほしいのよ」
元・空気清浄機としては、くさいにおいの発生源を消臭できる喜びはある。
だけど、人間の女の子としてのわたしは……、マクシミリアン王太子殿下の婚約者は……嫌だな……って。
「侍女とかじゃ、駄目ですか?」
「あなたまだ十歳でしょう?」
お城で働くには若すぎるって……。で、でも、名目だけなんだから、なんでもいいじゃないの……。
「貴族学院を卒業もしていない小さな子を、マクシミリアンの側付にはできないわよ」
あーうー……。
せ、せめて婚約者候補の一人にしておいて、他の高位貴族のご令嬢を本命の婚約者に……って、がんばってみたんだけど……却下された。
「何故だかお見合いを申し付けても断られてしまうの……」
王妃様はがっくり。
わたしもがっくり。
あー……、くさいだけじゃなく、性格も悪そうですもんね、王太子殿下。いつも睨んでくるし、感謝の言葉一つもないし……。イライラして、当たり散らして……。
高位貴族位のご令嬢あたりには、王太子殿下の性格の悪さが広まっているに違いない。そうでなければ、王太子殿下とのお見合いなんて、皆様喜んでやって来るでしょうに。
……そんなこと言ったら不敬だから言わないけど。
でも、わたしが消臭するたびに、睨んでくるし……。
「俺様はくさくはない! この女が父上や母上や使用人たちを騙しているんだ! 不敬な詐欺師め!」
詐欺師じゃないです。空気清浄機ですよ!
わたしだってマクシミリアン王太子殿下の婚約者なんて、名目だけだとしても、嫌だよう……。
もう、消臭の喜びだけに集中しよう……。
個人的な交流なんて、一切しない。
わたしの力が強くなって、一年に一度程度消臭すれば問題ないとかになれば、きっとお役御免になる、はず。
う、ううううう……。それまで耐えるのよ、わたし……。
耐えるだけじゃなくて、さっさとパワーアップ! するわ!




