第2話 消臭します!
家族みんなで教会から屋敷へと帰る馬車の中、お父様もお母様もエイベルお兄様も微妙な顔つきだった。
「『空気清浄機』など聞いたことがない言葉だ……」
「『清浄』は分かるわよ? きれいにするってことでしょう? だけど……」
「他の言葉の意味が分からないよね……。『機』とかさ……」
わたしは口を閉じたまま。
馬車に揺られながら、ぼんやりと空気清浄機だった前世を思い出していた。
空気感染するウイルス系の病が流行して、あちらこちらの家や企業に空気清浄機が置かれるようになった。
わたしだった空気清浄機が置かれたのは、個人病院の待合室。ちょうどテレビ台の下に空きスペースがあったから、そこに置かれたの。
日々、パワフルモードで空気を清浄。
患者の皆様の安心のために、フルパワーでがんばった日々……。
ああ……、そうだ。皆様のために、わたしは、空気をきれいにするのが使命だった……!
思い出した職業意識……のようなもの。いや、前世のわたしの存在証明かもしれない。
汚い空気をきれいにしたい。
そんな思いがふつふつと湧き出てくる。
でも……、今のわたしでも、空気清浄機能が使えるのだろうか?
人間の身体にはファンもフィルターもない。
だけど、あの光も文字は【『消臭』のギフトを授ける】との文字を空中に浮かばせていた。
だったら……、きっとできるはず。最低限、においを消せるはず! 目指せ、クリーンな空気! よおおおおおおし! やってみよう!
わたしは顔を上げた。
「あの……、お父様、お母様、エイベルお兄様」
「エアリス?」
「わたし、練習というか、実際に神様からのギフトを使ってみたいと思うんです」
「どうやって?」
「強いにおいが充満しているところへ行けば、そのにおいが消せると思うんです……」
「なるほど……。においを消すギフトと考えればいいのか」
わたしの前世……空気清浄機は花粉や細菌、ウイルスまでをも除去できたけれど……、今、こちらの世界でそれをできると証明はできないだろう。
そもそも細菌やウイルスという言葉すらない世界なのだ。
病気になれば、教会に赴き祈って病魔を取り払ってもらうような文明レベル。
移動は馬車。
テレビもないし、自動会計機なんて当然ないし、宅配のトラックなんかもない。
だったら、お父様たちに理解してもらえるのは……悪臭の除去程度。
とりあえず、においを消すギフト……と思ってもらっても構わない。
「お肉を焼くにおい……。ソースも……。屋敷に帰ったら、我が家の料理人に肉を焼いてもらえばいいかなー?」
「……エイベル。それはあなたがお肉を食べたいだけでしょう」
エイベルお兄様が「えへへへ」と笑い、お母様が呆れ顔になった。
なるほど。悪臭の除去でなくても、焼き肉のにおい除去であれば、検証は可能。
帰宅後、早速調理場へと向かった。
「えっと、肉を焼くですか? 夕食用にイノシシ肉のシチューを煮込んでしまったのですが……」
料理人がコンロの鍋の蓋を開ける。
塊肉、ジャガイモ、玉ねぎ、ニンジン、それから赤ワインなどがぐつぐつと音が立つほどに煮込まれて。煮込み途中の香りが漂った。
「わー、おいしそう! すぐ食べたい!」
「エイベル坊ちゃん……。あと二時間は煮込みませんと」
「えー⁉」
料理人が笑いながら蓋を閉めた。でも、調理場中にシチューのにおいが残っている。
「ええと……、スイッチオン? どうやってギフトを発動……?」
考えているうちに、わたしの両方の掌がほんわりと温かみを帯びて……。次第に、イノシシシチューのにおいが……薄くなっていった。
実のところ、具体的に、どうやってにおいを消しているのかなんて、分からないんだけれど……。魔法みたいなものなのだろうか? ああ……、掌のあたたかさが……薄れていく……。
「あら? シチューの匂いが消えたわ」
「ホントだ!」
「おお! これが『消臭』のギフト……」
エイベルお兄様が少し考えてから、言った。
「なあ、エアリス」
「はい、エイベルお兄様」
「ボクがさ、剣の練習をして、汗をかいて、かきまくって……、汗臭くなったにおいも消せる?」
「……試してみましょうか?」
エイベルお兄様の次の剣の稽古の日。その稽古を終えた後、お兄様の汗のにおいを消臭。そのときもやっぱり掌があたたかかった。
なるほど? やっぱり魔法的な感じ。理屈は分からないけど、実際に消臭が出来ている……。不思議だけど……。まあ、そういうモノだと思っておけばいいか……。
「あ、できたわ」
「おおおおおおおー! すごい! 汗臭くなーい!」
エイベルお兄様がわたしの手を取って喜んでくれた。
やはり、元・空気清浄機としては、こうやって消臭して喜んでもらえると、とても嬉しい。満足感がある。
わたしがにこにこしていたら、お母様が、こそとわたしに近寄って、言った。
「……エアリス。その、あのね」
「はい? お母様?」
「……生理中の、その、血のにおいというか、すっぱい匂いも消せるのかしら……?」
デリケートな問題ですね。
「……次の生理のとき、試してみましょう」
結果は成功。
きちんとあの血なまぐさいような、蒸れるようなにおいの消臭が出来ました。
これらの成功で、わたしはもっともっとみんなのために不要なにおいを消したいと思ったのでした……。
もちろんわたしとしては身近な誰かの役に立てればなあ……程度の思いだったのだけど。
お父様やお母様が夜会やお茶会などの社交の場で、わたしのギフトのことを話し……。その話は、どうしてだか、巡り巡って王妃様の耳にまで入り……。
ギフトをいただいてから、約半年後。
王城に赴くことになったのだ……。




