第1話 前世は「空気清浄機」 ギフトは「消臭」
前世が空気清浄機だった令嬢の話です!
短編版とは全く異なります。
始まり方がこんなでも、ジャンルは恋愛です……!
どうぞよろしく!
家族みんなで集まって、サロンでお茶をいただいていたときのこと。
お父様がふと思い出したように言った。
「エアリスもそろそろ大聖堂へ行って洗礼を受けなければ」
「そうねぇ。もうすぐ十歳ですものね……」
大聖堂は分かる。ウチの領地の教会とは違って、王都にあるすごく大きくてきれいな教会。何年か前に一度だけ、お母様に連れて行ってもらったことがある。
巨大な大列柱廊。
窓のステンドグラス。
何千人もの人たちが座れそうなほどのたくさんの長椅子……。
そんな光景をぼんやりと覚えている。
でも……、洗礼?
初めて聞く言葉。
何だろう?
「お父様、お母様。洗礼とは何ですか?」
聞いてみた。
「ああ。大聖堂で洗礼を受けるとなんらかのギフトを得るんだよ。費用は高いし、洗礼を受けられる日も決まっているし、洗礼式が行われるのは年に四回だけだが、行かないのは損だ」
「ギフト……?」
「人間はね、生きて、死んで、生まれ変わる。それで、前の人生での経験や力の一部を、今の人生でも使えるようにと、神様が私たちにプレゼントしてくださるの」
「それが、ギフト……」
「ああ」
「お父様もお母様もエイベルお兄様も……ギフトを持っているの?」
聞いたら、エイベルお兄様が自慢げに言った。
「もちろん! ボクはね、前世は『騎士』だったんだ! それでギフトは『剣技』なんだ!」
エイベル兄様が、まるで剣を振るかのように、腕を上げ下げした。
お父様が苦笑する。
「エイベルは長男だからなあ。オズウェストリー子爵家を継ぐのにふさわしいギフトが得られたらよかったんだが」
「あら、文武両道だったら素敵じゃない」
ちなみにお父様の前世は、どこかの国の『文官』で、ギフトは『文法作成能力』だ。
お母様の前世は、小さな島国の『第四王女』で、ギフトは『社交』だそうだ。
なるほど。それは領主のお仕事に役に立ちそうだわ。
「運が良ければギフトをいただくだけではなく、前世の記憶もよみがえるらしいのだけれど……」
前世? 今の自分になる前の自分の記憶を思い出すってこと?
「とはいえ、前世の記憶まで思い出すのは何千人に一人程度だそうだよ」
「ギフトを一ついただけるだけでもありがたいと思わなければ」
「へえ……。すごいのね」
「エアリスのギフトは何だろなー」
エイベルお兄様がわたしの頭をぽんぽんと撫でる。
「それは洗礼を受けてからのお楽しみだな」
「そうね」
家族みんなで、そんなふうに話していたのが少し前のこと。
それから洗礼のための白いドレスなんかを準備していった。
わたしの髪の毛は、真っ直ぐで、雪の結晶のような白銀色。
だから、洗礼用のドレスを着ると、全身真っ白に見える……なんて、エイベルお兄様が言うから、ちょっと反論してみた。
「あら! 瞳は一応水色よ!」
エイベルお兄様は「どれどれ、見せてみろ」なんて、わざとらしくわたしの瞳を覗き込んできて……。
「んんんんー、無色透明ではないけど、すごくうっすい水色! 水晶……、んー、風に色を付けるとエアリスの瞳になる感じ?」
「エイベルお兄様らしからぬ詩的な表現……。じゃあ、お兄様は髪はわたしと同じだけど、瞳は真っ赤だから……」
「そう! 燃える闘魂だっ!」
「闘魂って何それ!」
「いや、ちょっと。『文武両道』の『文』のほうもできるぞって、主張してみた」
わたしは苦笑した。エイベルお兄様はたまに面白い。
そして、今日。
洗礼を受けるために、家族みんなで王都の大聖堂に向かった。
わたしのオズウェストリー子爵領……というか、お父様の領地は、国を西の端から東の端までほぼ真っすぐに通っている上にしっかりと整備されている大街道沿いに位置する。
だから、移動にはすごく便利。
観光名所なんてない田舎だけど、この大街道のおかげで領地から王都までは馬車で七日程度で到着する。
国を南北に移動するのは、同じ距離でも倍以上時間がかかるから大変なんだって。
そんな話を聞きながら、王都に到着。
身なりを整えて、指定された時間に大聖堂に向かう。
ドキドキしながら大聖堂に足を踏み入れる。
するとそこにはわたしと同じように白い服を着た子どもがたくさんいた。
ほとんどの子がわたしと同じ年代。
だけど幾人か、かなり年上なのに白い洗礼用の服を着ている人がいる。
「ああ……、平民や懐事情のあまりよくない下級貴族は十歳前後では洗礼を受けられずに、資金をためてから洗礼に臨む場合もある」
「貧しい平民だと洗礼自体受けられないものね……」
「そもそも田舎の平民では、王都の大聖堂まで来る旅費すら捻出できないだろう」
なるほど。じゃあ、洗礼が受けらえれるわたしはかなり恵まれているってことか。
お父様とお母様に感謝しないと!
ありがとうと言ったら、お父様もお母様もわたしに優しく微笑んでくれた。エイベルお兄様はわたしの頭を撫でてくれた。
時間になり、大聖堂に司祭様たちがやってきた。
「洗礼を受ける者はこちらへ」
高位貴族の令嬢や令息が先頭に並ぶ。
列の先頭は晴れた空のような明るく澄んだ青の髪の毛の令息。
わたしは子爵家の娘なので列の真ん中よりも後ろのあたりに家族と一緒に並ぶ。わたしの後ろにもまだ何十人か並んでいた。
「フェアファクス侯爵令息ナサニエル様。祭壇の前へお進みください」
司祭の一人が誰かの名を呼んだ。すると、先頭の青い髪の毛の令息が祭壇の前に立つ司祭様たちの前に進む。
名を呼んだ司祭様の隣には、別の司祭様がいて、帽子のような入れ物を持っている。そこに、青い髪の男の子はお布施を入れた。
更に隣の司祭様が、令息を祭壇へと連れて行く。
「さあ、ナサニエル様。女神像に手を触れてください」
「……分かった」
ナサニエルと呼ばれた侯爵令息が女神像に手を触れる。すると女神像が光りだした。その光が一本の線になり天井へと走る。光の線は女神像と天井の間の空間で複雑に動き、次第に光の文字を形作っていく。
【汝の前世は『魔法使い』】
おおおおーっという声が、あちらこちらから上がる。
【『鑑識』そして『判断』のギフトを授ける】
ほんの少しの間、文字は光り続けて……、そして、ふっと消えた。
「おお! ギフトが二つも! 素晴らしいではないか!」
「ありがとうございます、父上」
「姉のナディアもそうだったが、我が家の者の前世は『魔法』関係が多いのだな!」
『鑑識』って何だろう……? それに『判断』も……。でも、侯爵家の人たちが喜んでいるってことは、良いギフトが得られたということ? それとも二つギフトが得られたというのが珍しいとか?
後でお父様に聞いてみようと思っていたら、次に別のご令嬢の名前が呼ばれた。
【汝の前世は『服飾職人』】
【『刺繍』のギフトを授ける】
刺繍は令嬢の必須教養だから、刺繍に秀でているということは良いことだろう。
令嬢は「まあまあね」と口では言いながらも、表情は得意げだった。
何人かの令息や令嬢がギフトを受け取った後、わたしの番となった。
「オズウェストリー子爵令嬢エアリス様。前にお進みください」
わたしもお父様から受け取ったお布施を、司祭様の帽子みたいな入れ物の中に入れて、祭壇の前に進んだ。
女神像に手を触れる。女神像が光り、わたしの髪にもその光が反射する。
自分の見慣れた白銀の髪が金色を帯びるのが珍しくて、ボケーっと見ているうちに文字が浮かんだ。
【汝の前世は『脱臭機能付き空気清浄機』】
【『消臭』のギフトを授ける】
お母様とエイベルお兄様は、ポカンと金の文字を見上げる。
「何、これ……」
「えっと? 脱臭? 空気? 清浄? 『機』って何だ?」
お父様が「し、司祭様! 『脱臭機能付き空気清浄機』とは何なのですか⁉」と司祭様たちに詰め寄るけど。
司祭様たちも困惑顔。
「神のご意思といえども、全てが理解できるわけでは……ないのですが」
教会にいる人たちの誰もが司祭様たちのように困惑しているけど。
「え、え、えっと、『清浄』ってことは、きれいにするってこと?」
「分からん。『機』という文字の意味は、何なのだ……?」
わたしには、分かった。理解できた。
前世のわたしは機械大国のとある有名企業が生産したハイスペック空気清浄機。
型番はTK-001059-W。
あ、最後のWはワイド型の表示ね。
ワイド型なので、かなりの大型。デザインについては、洗練されてはいない。
洗練さやコンパクトさを求める客には量販店の販売員は姉妹機種のスリムタイプを購入するよう勧めていた。ちなみに姉妹機種のスリムタイプの型番の末尾にはSがついていた。
ただワイド型は、ハウスダストなどの微細粒子を除去したり、活性炭フィルターでの軽度の脱臭効果があるだけではなく。オゾンや触媒などを使って、臭いの元となる成分を分解する仕組み……、焼き肉やタバコの臭い、更にはペット臭すら消せるほどの高性能な脱臭機能がある。
二つのファンが空間に浮遊する有害物質をパワフルに吸引するほどの高性能を誇るけれど、高い静音性を有しているため、寝室での使用も可能。
更に、視光線によるフィルター除菌。フィルターで捉えた菌を最大九十パーセント除菌し、フィルターからの二次汚染を防ぐ。
それから筐体は、ロードバイクや車、橋、建築物などに広く利用されているカーボンスチール製。高強度で耐久性があり、軽量でありながら重厚感も持ち合わている。摩耗やキズに強い。
もちろん、お値段もかなりのものだった。
「前世……。ああ、そうだ。思い出した……」
ぼそっとしたわたしの声は、困惑する人たちの声に紛れて誰にも聞こえないようだった。




