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幸せのベリーパイ:結婚の約束をしていた幼馴染が本当の愛を見つけたらしいので、私は一目惚れした辺境伯と幸せになります  作者: 響 優香
第一章

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第六話 後悔先に立たず


今日は依頼をこなしてからメイリーの家に行こうと、レントはプラプラと歩いていた。

すると、普段はあまり見ない、高位貴族の紋章らしきものを掲げた馬車列とすれ違う。

レントの家の付近には低位貴族の邸しかないため首を捻るが、帰ったら母に聞けばいいかと、そのままギルドへ向かった。



シャルティナは朝から慌ただしかった。

今日はアスガルド家からの迎えが来る。

移動が一週間と長いため、護衛や使用人たちの今日の分の昼食と、少しでも道中の足しになればと、母と保存食の準備をしていた。


「あとはもう仕上げだけだから、着替えちゃいなさい。手荷物は纏めてあるわね?」


「ありがとう。着替えてくるわ。手荷物の準備はしてあるから大丈夫!」


シャルティナは自室へ戻り、昨日選んでおいた服に着替える。

今まで馬車に乗っても最大で二時間程度だったので、長時間乗っていたら酔ったりするかもしれないと、少しでも楽そうな締めつけのないワンピースに、皮のベルト、舗装されてない場所を歩くかも知れないからブーツに履き替える。

このブーツは誕生日に母が贈ってくれたお気に入りの靴。

実用的なのに、見た目も編み上げで可愛いのだ。


最後のチェックをするために鏡を見ていると、ドアノッカーが叩かれた。

手荷物を持ち、シュヴァル様に頂いた小鳥を肩に乗せる指先で撫でる。

使者の方に慌ただしい印象を与えないよう、それでいて急ぎ足で階下へ向かった。


玄関を見ると母が執事の格好をした人と話していた。


「お待たせしました。シャルティナ・ハイデンです」


「ご丁寧にありがとうございます。私は筆頭執事のハンス・エドモントです。旦那様からお嬢様をお迎えにあがるよう申し付けられております」


ちらりとシャルティナの肩を見たハンスは丁寧に挨拶し、美しい礼をした。


(筆頭執事! ただの執事でも過分なくらいなのに!)


本当に大切にしてもらえてるのだと感じたシャルティナは、シュヴァルの誠実そうな瞳を思い出し、ほんのり頬を染める。


騎士の方々に昼食と保存食、シャルティナの荷物を運び出してもらい、すべての準備が整った。


「シャルティナ、身体に気をつけるのよ。シュヴァル様によろしくね」


「はい。また折を見て帰ってきます」


ギュッと母に抱き締められると、ずっと住んでいた場所を離れる寂しさと小さな不安がよぎる。

それを少しでも拭うために、シャルティナからも母をギュッと抱き締める。


「次に会う時までに、辺境伯夫人の振る舞いを覚えて、見せてちょうだいね」


冗談めかして母がウィンクした。


「はい、頑張ります! それでは、いってきます」


「ええ、いってらっしゃい」


外へ出ると、近隣の人たちが何人も見慣れない馬車を見に来ていた。

その中にはレントの母もいる。

レントの母がシャルティナを見つけると、深々と頭を下げ、馬車に乗り込み窓から見た時も、ずっと頭を上げずにいた。

きっと、母が話してくれたのだろうとシャルティナは思う。

家族になるはずだった人がそんな風にしているのを見て、心が重くなる。


(おばさまが悪いわけじゃないのに……)


きっと馬車がいなくなるまでずっとそうしているつもりなんだろう。

見ていても気分の良いものではないので、シャルティナは視線を切り、母の方へと向き直り手を振る。

お互いが見えなくなるまで手を振り続けた。



母が見えなくなり、それでも家の方をぼんやりと見つめていた。

けれど同乗者がいたことを思い出し、慌てて挨拶をする。


「ごめんなさい! お待たせしてしまったわ。今日からお世話になるシャルティナ・ハイデンと申します」


「ふふ。初めてお母様と離れるのですから、お気になさらないで下さい。私は侍女頭のナターシャ・ケルンです。邸に着きましたら専属侍女を紹介いたしますね」


フワリと笑ったナターシャは、役職からして母と同年代の筈だが、とても若く見えて年齢不詳だ。


「一週間も馬車に揺られるのですから、不便なこともあるでしょう。何かあったら遠慮せず仰ってくださいね」


「はい。ありがとうございます。今日の日程はどうなっていますか?」


聞いた所で何ができるわけでもないのだが、予定がわかっていないと精神的に疲れが増す気がする。


「本日は昼食を用意していただいたので食事処には寄らずに馬車を進めますので、予定していた二つ先の街を通過し、三つほど先の街に寄り宿泊となります」


「わかりました。よろしくお願いします」


最初は緊張してあまり話せなかったが、午後には、少し親しくなれた気がする。

今夜の宿からさほど離れていない場所にある雑貨屋さんが”オススメ”だと言われ、暗くなる前に一緒に見に行くことになった。

まるでお姉さんができたみたいで、一人っ子のシャルティナは胸を弾ませた。



その日の夜、レントは依頼をこなしメイリーの家でたっぷりと身体を重ねた後、夕飯時に家に帰った。


「ただいまー」


いつも出迎えてくれる母が来ない。

買い物にでも行っているのかと思っていたら、リビングのテーブルに母は俯き、父は神妙な顔をして座っていた。

レントが入ってきたのを見ると「座りなさい」と父が言う。

何やら面倒そうな話だと思いながらも、レントは席に着いた。

レントが座ると、父が早々に口火を切る。


「明日から、家に入れる金を増やしてもらう」


「え?」


「先代が作った借金の返済がまだ残っている。私も仕事を増やすが、お前には絶対に協力してもらうぞ」


(確かに家に借金はあるけどシャルティナの家が協力してくれてる筈なのに?)


不思議そうにしていたからなのか、レントの内心の疑問に父が答える。


「ハイデン家からの援助はなくなった。今後少しずつ援助してもらった分も返していく予定だ」


レントは急な話に混乱した。

結婚したら家族になるのだからと、援助はハイデン家から申し出があったはず。

それがなくなっただけでなく返済するという意味がわからない。


「そんな……どうして急に」


「お前が愚かなことをしたからだろうが!」


父が机を叩きレントを怒鳴りつける。

母は堪えきれない様子で、俯き嗚咽を漏らす。


「そんな、俺は何も……」


「何もしていないだと? バレていないと思ったか? お前、浮気していただろう! それも人妻と!」


「……!」


何故、どこからバレたのかとレントは焦る。

昼間、家に連れ込んだこともあるが、使用人には金をやって口止めはしていた。

メイリーの方も予定を把握して夫が確実にいない日を狙っていた。

外では見られてもいいように、それなりの距離を保っていたはずなのに……。


ぐるぐると考えていたレントだったが、ようやく思い至る。


(夜会で一緒にいたのがバレたのか!)


「いや、誤解だよ。確かに夫がいる人のエスコートをして夜会には行ったけど、夫が仕事で行けないからと頼まれただけなんだよ」


「……! 貴様、夜会にまで連れ歩いていたのか……!!」


さらに激昂する父に、焦るレント。


(やばい! これじゃなかったのか! じゃあ何だ? 何がバレた……?)


慌てて色々考えるが、それ以外に何も心当たりがない。


「家に連れ込んだあげく人前に出るとは……お前に良心というものは無いのか! この人でなしが!!」


再び父はテーブルを拳で殴りつける。

ビクリと怯んだレントは何故バレたのか、誰がバラしたのかぐるぐると考えていた。

このまま白を切るのは無理らしいと考え、頭を切り替える。


「いや、確かに悪いことをしたと思ってるよ。ちょっと遊びたかっただけなんだ。結婚する前に、と思って……軽率だったと思う」


「結婚するまで、か」


父の勢いが弱まり、この方向性だ! と活路を見出した。


「幼い頃からシャルティナと一緒にいたんだ。ちょっとよそ見してしまっただけで……」


「お前が今回のことをどれだけ軽く考えているのかわかった」


父は先ほど激昂していたのが嘘のように静かに口を開く。


「結婚前に遊びたかったか。これから存分に遊べばいい。お前の結婚相手が見つかるまでな」


「結婚相手って、俺にはシャルティナがいるだろう?」


「……浮気に気づいてしまったのがシャルティナちゃんだ。彼女はもうお前と結婚する気はないと言っていたらしい」


レントはまさかシャルティナにバレると思っていなかったので顔を青くした。


(まさか! いつの間に気づいたんだ!? それにしたって俺に言ってくれれば……)


「いや……でも! 誠心誠意謝れば!」


「何をしようと無駄だ。シャルティナちゃんはすでに辺境伯と婚約し、今日辺境へ向かった。もしこちらに戻ってきて、顔を合わせることがあっても何もするな。シャルティナちゃんには今後一切関わるな」


「そんな……」


朝見かけた高位貴族の馬車列——あれがシャルティナの迎えだったとは。

あの時もっと気にして馬車の行き先を追っていれば、取り戻せたかもしれないのにと、後悔がレントを襲う。


将来結婚すると確定していた未来が足元から崩れていく。

バレても謝ればいいと軽く考えていたが、何も言わず見限り、他の男と婚約し、更に家を出てしまうとは思いもしなかった。


「この家にいてもいいが、いるなら金を出せ。お前は後継ぎから外す。身の振り方をよく考えるんだな」


さすがにそれは聞き捨てならず、レントは思わず立ち上がる。


「待ってくれ! 子供は俺一人なんだから後継ぎだって……」


「信用できない人間より、他人に与える方がマシだ。もっとも、もう親戚の中から養子に貰う相手も決まっている。一ヶ月以内にうちにくるだろう」


「そんな……」


レントはガクリとソファに座り込む。

知らないうちに話は全て纏っていて、自分の意見は取り入れられることもなく、これはただ、決まったことを語られる場だった。


「家を出るなら借用書にサインしてから出ていけ。息子だと言うことに免じて利子は取らない。お前にしてやれるのはもうこれだけだ」


全て話しきったのか、父も母も席を立ち、その場からいなくなった。


「なんで……」


ちょっとした遊びだった。

結婚してからも継続するつもりではあったが、もしシャルティナにバレても頭を下げれば済むと、誠心誠意哀れにすがれば何事もなく許されると思っていた。

それが、許されないどころか手の届かない存在となり、関わることさえできなくなるとは。

そして”こんな些細なこと”で、自分の将来が危うくなるとは、レントは欠片も思っていなかった。


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