第二十五話 一区切り
柔らかな朝の日差しが、薄いカーテンの隙間からシャルティナにこぼれ差すと、幸福の中微睡んでいた意識が急速に浮上した。
(あ……夢じゃ、なかった……)
シャルティナはシュヴァルの逞しい腕に抱かれ、その温かな体温で再びまぶたが重くなる。
このまま寝てしまおうか、それともシュヴァルを起こそうか悩みながら、顔を見ようと身じろいだ。
上を向くと普段は険しい表情も多いシュヴァルの、端正な、それでいて穏やかな顔がすぐ目の前にあった。
わずかに開かれた唇を見て、昨夜の優しい口づけを思い出し、恥ずかしさと喜びに身をよじる。
その、シャルティナの動きにシュヴァルも目を覚まし、存在を確かめるようにぎゅっとシャルティナを抱きしめる。
そのままつむじに口づけを落とすと、少しだけ腕の力を緩めた。
「おはよう、シャルティナ。よく眠れたか?」
寝起きの低く掠れた声にシャルティナの胸はどきりと跳ね、その色気に当てられてしまう。
「あ……シュヴァル様、おはようございます」
シャルティナのほんのりと赤らんだ頬に手を添え、額にも愛おしそうに口づけを落とす。
「……君が幸せならそれだけで、好かれずともいいと思っていた。けれど、気持ちが通じ合った今では、もうそんなことは考えられないな」
シュヴァルはシャルティナの乱れた髪を整えるように、優しく髪を撫でながら、自分の偽りない素直な気持ちを伝える。
「私も……お側に居られるだけでいいと思っていました。でも……、こうして腕の中にいられる幸せを、もう手放せそうにありません」
シャルティナは厚い胸板に、甘えるように額を擦り付けた。
結局頭を撫でられながら二度寝してしまい、二人は朝食を逃してしまった。
数日後、シュヴァルは執務室にいた。
「——報告を」
そこにはネイサンとナターシャ、第二騎士団の副団長が揃っていた。
シュヴァルが椅子に座り腕を組むと、副団長が話し始める。
「はっ、捕縛した男の尋問が完了し、裏で動いていたナルウィン家の者を捕縛、さらに尋問いたしました」
「ナルウィン家? ……ああ、あの伯爵か。特に親しくしているわけではないが、命を狙われるほどの関係ではないと思うが」
「伯爵の娘が、先日捕縛した元イージス家のレントの女だったようで、配偶者であるクウェル=ロットンから離縁されたのを奥様の差し金と思い逆恨みをしたようです」
シュヴァルは呆れた顔を隠しもせず、深くため息を吐いた。
「似た者同士というわけか……。刺客は証人として使えそうか?」
「ただ金のために雇われていただけなので、ナルウィン家への忠誠などはなく、引き換えに多少罰を軽減すれば言うことを聞くでしょう」
辺境伯、辺境伯夫人を狙った刺客は、死罪になってもおかしくはない。
けれど死罪相当の罰を犯罪奴隷として鉱山送りにして、さらにまともな食事を与えると約束すれば喜んで証言するだろうとシュヴァルは考えた。
「わかった。罪の軽減を確約する」
シュヴァルは机から便箋を引き出し、その旨をしたためるとサインをし、封蝋をしてから副団長に渡した。
「口約束だと心もとないだろう。疑ってかかるようならそれを見せてやれ」
「はっ」
副団長はその手紙を両手で受け取りサインを確認すると懐にしまい込んだ。
「王族と我が家の影の目をくぐり抜け襲撃を可能にした奴はかなりの手練れだろう。そんな者を雇っているならば、これ以外にも色々やっているはずだ。できる限りの余罪を洗い出しナルウィン家を潰せ。時間はかかっても構わん」
「了解しました。この件は優先的に処理させていただきます」
もし家を潰さなければ、後ろ暗いことに精通しているナルウィン家であれば、当主と娘の罰を軽減し、更に解放までしかねない。
そんなことになれば、また新たに逆恨みの念を強め、今度こそシャルティナに害が及ぶかもしれないと、シュヴァルは徹底的にナルウィン家を叩くことを決めた。
「死罪など生ぬるい。鉱山送りにして自身のやったことを後悔させてやれ。恩赦でも出れないような決定的な証拠を揃えろ。……娘の方はまともな食事と引き換えに、犯罪奴隷たちへ”褒美”を与えることも許可する」
「……! 承りました」
一通り話し終わった副団長はまた後日、状況報告をしにくると言い残して帰っていった。
「それじゃ、俺も色々やることあるんで!」
ネイサンは重い話などなかったように、軽快に挨拶するとひらひらと手を振って副団長の後に続き部屋から出ていった。
扉が閉まった閉まった瞬間、シュヴァルは長い息を吐く。
「お疲れ様でした、シュヴァル様」
見計らったようにナターシャが紅茶を入れ、シュヴァルの前にコトリと置いた。
シュヴァルが口をつけると普段シャルティナが飲んでいるようなさっぱりとして甘いものだった。
長い話ではなかったが、気を張っていたんだろう。
その甘さが精神的な疲れをも、溶かしていくようだった。




