第二十四話 夜会の後で
盛大に行われた夜会も終わり、シャルティナは燭台の柔らかい明かりが照らす寝室でソファに座っていた。
ドレスを脱ぎ化粧を落とし、湯浴みをしたので時間はもう深夜に近い。
けれど、夜会をやりきった興奮か、刺客が目の前でシュヴァルを傷つけた恐怖からなのか、シャルティナの目は冴えてまだ眠れそうになかった。
これからのことを考えれば、眠くならない方がありがたいことではあったのだが。
「待たせてしまったか?」
シャルティナが燭台の揺らめく炎をぼんやりと眺めていると、静かにドアが開き、シュヴァルがソファに近づいてくる。
「いいえ、ほんの少しだけです」
その手には酒瓶とグラスが二つ。
シュヴァルはシャルティナの隣にいつもより少しだけ近くに座り、二人の前にグラスを置くと、赤い酒を少しだけ注いだ。
「興奮して眠れないだろう? これはリラックスできるハーブが漬け込んである酒だ。私も魔獣討伐した日の夜は飲んで寝ることもある」
シャルティナはグラスを手に取ると顔に近づける。
酒精は弱いようで、酒の匂いがほとんどなく、漬け込まれた薬草と花の香りがした。
「いい香り……」
しばらく香りを堪能してから、口をつける。
果実水のようなうっすらとした甘みと、鼻から抜けるさきほどよりも濃厚な花の香り。
リラックス効果は本当にあるようで、どこか張り詰めていた糸が緩んだ気がした。
疲弊したのを思い出したように、徐々に重くなっていく身体。
気持ちの良い気だるさにグラスを手放し、シャルティナはソファに身を沈める。
酒のリラックス効果と、シュヴァルの体温にまぶたが重くなってくる。
そんなシャルティナの手を、シュヴァルはそっと握り手を繋ぐ。
「シャルティナ、今日までよく頑張ってくれた」
身体の芯まで響く、低く囁かれる声。
「もし、嫌でなければ……、私と本当の夫婦になってはくれないか?」
その言葉にシャルティナの眠気がぱっと吹き飛んだ。
驚きで丸くした目をシュヴァルに向けると、シュヴァルがシャルティナを真っ直ぐ見つめ、柔らかく微笑んでいる。
「夫婦……私と……?」
「ああ。……本当はあの夜会の日に、一目惚れしていたんだ」
それならどうして偽装の婚約や結婚を願ったのか、シャルティナにはわからない。
戸惑うシャルティナに、シュヴァルは言葉を重ねる。
「私とシャルティナでは爵位に差がある。私から申し込んだら、嫌でも断れないだろうと思ったんだ。けれど、無理強いがしたいわけじゃない。だから、断りやすいように、そして条件をフラットに見てほしかったんだ。辺境で暮らすことは、そんなに楽ではないだろうから」
「あ……その、私も……」
「うん?」
今でなければ一生言えないかもしれないと、シャルティナは勇気を振り絞る。
「あの、私も、あの夜会でシュヴァル様に一目惚れしてたんです……」
顔を真っ赤にして俯くシャルティナを見て、目を丸くするのは、今度はシュヴァルの方だった。
「偽装婚約のお話をしてもらった時は、天にものぼる気持ちでした。好きな人のそばにいられるなんて、と」
シュヴァルは自身の髪をくしゃりと掴み、声を出して笑い始める。
「くっ、ははは。なんだ、最初から両想いだったのか」
「ふふ。そう、みたいですね」
シャルティナも釣られてクスクスと笑う。
ひとしきり笑った後、二人は見つめ合う。
「本当に……夢みたいだ」
「夢じゃ、ないです……」
シャルティナは握られた手をきゅっと握り返す。
ほんの少し、シュヴァルの手が汗ばんでいるような気がした。
手を握ったまま、シュヴァルは片手をシャルティナの頬に添わす。
「シャルティナ……」
ゆっくりとシュヴァルの端正な顔が近づき、シャルティナはドキドキと胸を高鳴らせながら瞳を閉じる。
唇が触れるだけの優しい口づけをすると、シュヴァルはぎゅっとシャルティナの華奢な身体を抱きしめた。
「シュヴァル、さま……」
シャルティナはシュヴァルの温かな身体に包まれ、再びまぶたが重くなってくる。
衝撃の告白に驚き目が冴えたが、シャルティナの心身は大きく疲労していて、休息を、睡眠を求めていた。
強い眠気に頭がフラフラとしていることにシュヴァルは気づき、額に口づける。
「本当にお疲れ様。今日はもうゆっくり休もう」
シュヴァルはシャルティナを軽く横抱きにし、ベッドへと横たえる。
自身もその隣に寝転がり、シャルティナを抱き寄せる。
「まだ……起きてたい……のに……」
「また明日ゆっくり話そう。時間ならいくらでもあるさ」
「んん……シュヴァル……さま……」
シャルティナはほんの少しだけ身じろぐと、すぐに身体から力が抜け、すうすうと規則的な寝息を立てる。
きっと受け入れられると思ってはいたが、万が一にも拒否されたらどうしようかと、この部屋に入る前まで怖気づいていたのが嘘のような幸福。
まさか、お互いに一目惚れだったなど、シュヴァルは想像もしていなかった。
勇気を出してシャルティナへ告白して良かったと、シュヴァルも身体から力を抜き、シャルティナを抱きしめたまま眠りについた。




