第二十三話 結婚披露の夜会
アスガルド辺境伯家主催の夜会。
結婚披露も兼ねたこの会は、華やかな音楽から始まった。
王族の管理している国で一番広い会場には、伯爵家以上の高位貴族たちが招待され、主役であるシャルティナとシュヴァルを取り囲んでいた。
この日のシャルティナは、シュヴァルの髪色である漆黒でドレープの効いたドレスを纏っていた。
スカートの裾には艶めく濃紺の糸で刺された刺繍がたっぷり入っている。
シュヴァルもそれに合わせ黒い礼服にシャルティナの髪色に近い落ち着いた金の刺繍に、装飾品はサファイアで固められている。
男爵家出身のシャルティナが無様な姿を晒すのを期待していた者たちもいたが、ミズリー夫人から叩き込まれた高位貴族としての振る舞いに舌を巻いた。
シャルティナは、内心では緊張のあまりに心臓が口から飛び出そうなほどだったが、この夜会にはシュヴァルとミズリー夫人の面目もかかっているため、緊張で身体中が震えそうになっているのをなんとかこらえ、笑顔が引きつらないよう全身全霊で頑張っていた。
そんなシャルティナを支えるようにシュヴァルは寄り添い、招待客からの祝いの言葉を笑顔で返す。
今までどんな夜会に参加してもニコリともしなかったシュヴァルの笑顔は、野性味のある整った顔を引き立たせ、未婚の令嬢どころか既婚の夫人たちの心をも掴み、大きな獲物を逃したと悔しさを滲ませる者もいたくらいに影響力のあるものだった。
ほとんどの有力貴族からの祝いの言葉を貰い挨拶をし終えたシャルティナとシュヴァルのそばに、ナターシャがそっと近づく。
「シャルティナ様、バルコニーで休憩の準備が整っています。まだまだ夜会は続くので、いったん休憩しませんか?」
「主要な家からの挨拶は既に受けた。だが夜会が終わるまでまだ時間があるから、疲れが顔に出る前に休憩するといい」
「そうですね……この後はダンスもあるし、お言葉に甘えて少し休憩します」
心配してフォローしてくれる二人にシャルティナは素直に従い、シュヴァルからのエスコートを受けながらバルコニーに向かった。
バルコニーに出ると、外のひんやりとした空気がシャルティナの頬を撫で、熱くなった身体を冷やしてくれる。
「ふぅ……」
一息つくと、シャルティナの身体から力が抜け、今までこわばっていたことがわかる。
「ナターシャ、ありがとう。自分で思っていたよりも疲れていたみたい」
張り詰めていたからこそ疲れを感じなかったようで、ナターシャが声を掛けてくれなかったら疲れから集中力が途中で切れていただろう。
「長丁場ですから休憩を挟まないと体力も精神力も持ちませんからね」
ナターシャは果実水の入ったグラスをシャルティナに手渡す。
口をつければほのかな甘味が、身体にまとわりついた疲労感を軽減してくれた。
シャルティナがホッと息を吐いた瞬間、上階からバルコニーへ黒尽くめの男が降り立った。
すぐに男はシャルティナを目に捉え、素早くナイフを投げ放つ。
「シャルティナ!!」
刺客がナイフを放ったのと同時にシュヴァルはシャルティナを背に庇い、手の平をかざすと強力な氷魔法を放ち首から下を凍らせ捕獲した。
しかし肩を掠めたナイフに毒が仕込まれていたのか、シュヴァルの身体がふらりと傾く。
「シュヴァル様!」
シャルティナは咄嗟にシュヴァルの身体を支えるが、非力なシャルティナでは支えきれず、シュヴァルは床に膝をついた。
シュヴァルの息は上がり顔面は蒼白になっている。
毒には慣らしているはずのシュヴァルがこれでは、シャルティナに当たっていたら命を落としていたかもしれない。
シュヴァルは剣の柄から薬を取り出すと口内へ放り込んだ。
テーブルの上に置いてあったグラスを取り一気に煽る。
用意されていた椅子に腰掛け、シュヴァルは大きく息を吐き出した。
「シュヴァル様……血が……」
「ああ、すまない。これくらいなら大したことはない。シャルティナは大丈夫か?」
シャルティナはハンカチでシュヴァルの傷を圧迫しながら、ポロポロと涙をこぼす。
「大したことないなんて……」
「魔獣との戦いで怪我をすることもあるからな。ナターシャ、ネイサンを呼んでくれ」
カーテンの裏で待機していた、騎士であるネイサンをナターシャは呼んできた。
「シュヴァル様……夜会で怪我をするとかどれだけやんちゃなんですか? シャルティナ様、もう手を離しても大丈夫ですよ」
シャルティナがそっと手を離すと、ネイサンが傷口に手を翳す。
しばらくすると出血は止まり、傷も綺麗になくなった。
「しかもまた氷漬け……これ溶かすの大変なんですから、手首と足首だけにするとかにしてくださいよ」
「文句が多いな。意識を飛ばしてくれれば氷を解除するが」
「ええっ、それができるなら毎回やってくださいよ」
ぶつぶつと文句を言いながら刺客の頭に手を翳すと、刺客はいびきをかき始める。
言った通りシュヴァルが氷を解除すると、どさりと刺客は崩れ落ちた。
ネイサンは手早く縄で拘束すると、何枚か重なったカーテンの一枚を引っ張って強引に外し、刺客をそれに包むと肩に担いだ。
「それじゃ、これは片付けて尋問しておきます」
そう言うと、ネイサンは颯爽と去っていった。
「あいつは口は悪いが仕事は的確だ。私が一番信頼している騎士なんだ」
「そうなんですね。シュヴァル様、毒の影響は……?」
濡れた睫毛を瞬きながら、そっと傷とは逆の肩に手を添えるシャルティナ。
シュヴァルは立ち上がると軽く肩を回し、調子を確かめる。
「薬とネイサンの治癒で完治したようだ。心配かけたな」
「治ったなら良かったです。少し休憩していきますか?」
「そろそろダンスが始まる時間だ。ナターシャが上着を取りに行っているから、戻ってきたら着替えて広間に戻ろう」
シャルティナはコクリと頷くと、別のハンカチで涙を拭う。
ナターシャが戻ってきたら、涙で崩れた化粧を直してもらう必要がありそうだった。
「はい、これでよし!」
シュヴァルの上着を取ってきたナターシャに化粧を直してもらい、二人が再び夜会に参加する用意は整った。
「色々話したいことはあるが……この夜会が終わってからゆっくり話そう。後少しだけ頑張ってくれ」
「ええ、頑張ります……!」
シュヴァルの手に添えられた指先は、まだ僅かに震えている。
けれど、それをおくびにも出さず顔を上げ微笑みを浮かべるシャルティナを、シュヴァルは柔らかな目で見つめていた。




