第二十二話 報告
シャルティナが焼いた、ドライフルーツがふんだんに使われたパウンドケーキは、生地の甘みを控えた分ドライフルーツの果実が凝縮された甘みが引き立ち、そのままドライフルーツを食べるよりももっと美味しくなっていた。
ナターシャの買ってきた紅茶も、元々パイに合わせようと買ってきたものだったので、素朴な甘みのケーキによく合う。
「ううん、今までベリーパイが至高だと思っていましたが、パウンドケーキもこんなに美味しいだなんて……! シャルティナ様、私の専属菓子職人になりませんか?」
「不敬だぞ、ナターシャ。仕える主を専属にするなどと——」
「冗談に決まってるじゃないですか。頭が固いですよ。それくらい美味しいということです」
絶対に半分は——いや八割ほど本気だったと思ったが、これ以上言っても狭量だと言われかねないと、シュヴァルは不服そうに口をつぐんだ。
「このドライフルーツはなかなかの物ですねえ。定期的に購入できるか、運んできた時に聞いてみるか……」
料理長がマジマジとケーキを見ながら呟く。
普段はパウンドケーキを焼くなら風味を上げるために卵を多めに入れたり、小麦粉をブレンドしたりしていたが、今回の生地は必要最低限の材料で、味付けのほとんどをドライフルーツに頼っていた。
「多少割高でも構わんぞ。もし定期購入できずとも、次回の市でも買えるよう交渉してみてくれ」
普段予算をほとんど使わず遠慮していたシャルティナが、衝動買いするほど気に入った品を、シュヴァルはこれからも使わせてやりたかった。
勿論、自分もまた食べたいと思ったのも本当だ。
「こうやって掘り出し物があるから面白いな。明日も市へ出かけるか?」
「いえ、十分楽しみました! また次回を楽しみに、明日からはまたミズリー夫人と勉強したいと思います。また次も、三人で市を回れたら嬉しいです」
予想よりも美味しく仕上がったケーキに満足したシャルティナは、休養日をしっかり満喫し、次回も楽しみにしているとシュヴァルに伝える。
「それではシャルティナ様がお勉強している間に、もう少し市を見回って良いものがないか探してみますね」
明日以降どんな出物があるのかと予想しながら、賑やかなおやつの時間を過ごした三人だった。
数日後、治安維持担当の第二騎士団に所属する騎士が、レントのことを報告にアスガルド家を訪れた。
シャルティナは丁度ミズリー夫人と過ごしている時間だったため、シュヴァルとナターシャが報告を聞く。
「なるほど。復縁すればすべて元通りになると思っていたのか……」
自分に対し未練があるはずだと、レントは喚いていたらしい。
その妄想に近い思い込みに、ナターシャは呆れてため息を吐いた。
「本当に復縁できたならば元通りになるでしょうけど……万が一にもその可能性はないでしょう。シャルティナ様もあのゴミの剣幕に怯えこそすれ、恋慕の情など微塵も感じませんでしたので」
何より、ナターシャは少しずつシャルティナがシュヴァルに心惹かれていることに気づいていた。
シャルティナ自身も未だ自覚していないようだが、こういうことは自分で気づいた方がいいのだと、ナターシャはあえて口をつぐんでいる。
「既に家を出されているようだが、ダメ押しでイージス家に抗議はしよう。さすがにこれで家からは切り捨てられるだろう。額を考えたら奴隷落ちか……。物足りなくはあるが、まあ妥当なところだな」
「平民に落ちてからだったら鞭打ちも追加できたのでしょうけど、残念ながら貴族間のトラブルですものね。借金奴隷としての行き先に口を出せるくらいでしょうか」
「行き先か……腐っても冒険者、体力はあるだろうから鉱山ではぬるいだろう。なけなしの魔力を搾り取らせようか」
王都の結界を支えるために魔力を限界まで搾り取る罰がある。
牢の中に入れられ、枯渇するまで魔力を魔道具に吸い上げられる。
死なないよう、日中に栄養だけは豊富な食事が与えられ、一日の終わりに魔力が吸い上げられる。
その量によって賃金が借金返済に使われ、すべて返し終えると釈放され奴隷から平民へと戻れる。
体調を崩そうと魔力は回復するので、刑期が終わるまで毎日苦痛にさらされる、罰の中でも過酷なものだった。
シュヴァルは家令に便箋とペンを用意させると、第二騎士団団長への手紙をしたためる。
封筒にしっかりと封蝋し、騎士に渡すと、確実に団長へ届けるよう厳命した。
騎士が帰ると、天井に向かってシュヴァルが声を掛ける。
「そこにいるな? 奴を見張り、定期的に報告しろ」
「はっ」
アスガルド家に代々仕えている影の一人が短い返事を残し、僅かな気配と共に消え去った。
忠誠と実力を兼ね備え、シュヴァルが自由に手足として使っている者たちだ。
「これでようやく片づいたな」
「そうですね。シャルティナ様に近づかなければこちらも表では手出しできなかったのに……本当に愚かな男」
二人は、あえてシャルティナにこの顛末を伝えないことにした。
もしレントの処遇に興味があれば、そのうちシャルティナから聞いてくるだろうし、興味がなければ教えなくともいい。
少しでもまたあの笑顔を曇らせることを、二人はしたくなかった。




