最終話 今日より明日、明日より明後日
あれから数ヶ月。
シャルティナはレントとメイリーの処遇を聞くことはなかった。
毎日シュヴァルと睦み合い、時折ミズリー夫人と立ち居振る舞いの確認をしながらお茶をする。
夜会の後には誰と何を会話したのかの整理を手伝ってもらいながら。
「ベリーパイは私のモノだと言っているでしょう? シュヴァル様はミートパイがお好きなんですから」
ナターシャが最後の一切れを自分の皿に乗せながらシュヴァルを牽制する。
「いや、そう言うが、前回お前はミートパイもたくさん食べてたじゃないか、だから——」
「前回は、私のお誕生日が近かったから多くもらったんじゃないですか。そんなことも忘れちゃったんですか?」
やれやれとため息を吐きながらナターシャはパイにフォークを入れる。
「毎回なんだかんだと言って多く食べようとしているだろ。それが——」
「だって美味しいんですもの」
ナターシャはシュヴァルに見せつけるように、ぱくりとパイを頬張った。
「もう。二人とも喧嘩しないでください。まだまだ焼いたパイはありますから」
ベリーパイを焼こうが、ミートパイを焼こうが、それどころかパウンドケーキもムースも、なぜか毎回二人は争うようにして食べている。
十分な、余るほどの数を用意していても、だ。
もしかしたら喧嘩するほど仲がいいとはこのことなのだろうかと、少しばかり呆れながらシャルティナは二人を見る。
いつもは表情筋が死んでいるんじゃないかと思うほど無表情の二人だが、シャルティナが関わるところではクルクルと表情を変える。
シャルティナはもう、二人の無表情を忘れてしまったくらいだった。
未だベリーパイのことで言い争っている二人の気を逸らすため、シャルティナは新しい話題を出す。
「次は何が食べたいですか? 今まで作ったものでも、まだ作ったことがないものでも、料理長と一緒ならなんでも作れますから」
「私はやっぱり甘いパイが食べたいです! ドライフルーツを使ったものなどは作れないでしょうか?」
言われてみればドライフルーツは今までパウンドケーキにばかり使っていた。
少し変わったものと言えば、ピザのアクセントに使ったくらいだ。
全部ドライフルーツにしたらきっと甘すぎるだろうから、他の何かと一緒に焼いたら美味しいかもしれないとシャルティナは思案する。
「にんじんやかぼちゃなどの野菜を使ったパイなら甘さ控えめなので、合うかもしれませんね」
「お嬢ちゃんは面白いことを考えるなあ。偏食だった坊っちゃんに野菜を食べさせるために、ケーキは作ったことがあるがパイはまだ作ったことはないですねえ」
料理長もそのアイディアは面白いと思ったのか、話に乗ってくる。
「いや待て。野菜のケーキなど食べた記憶がないが……」
「言ったら坊っちゃんは食べなくなると思って内緒にしてたんですよ。覚えてませんか? オレンジ色の甘さ控えめのケーキ」
シュヴァルは思い当たったのか、ハッと顔を上げた。
「あれが……野菜だった……?」
「大きくなれば普通に食べられるようになると思ったんですがね、栄養は取らなきゃならんので、どうにか食べてもらおうと試行錯誤したんですよ」
「それ、私も作ってみたいです」
シャルティナは料理長の優しさから出来たケーキを一緒に作って食べてみたくなって提案してみる。
「ははは。今ならもう少し野菜の味がわかるように作っても食べられるでしょうし、新しい野菜ケーキをお嬢ちゃんと一緒に作ってみましょうかね」
「……俺はミートパイが食べたいが」
知らないうちに野菜を食べさせられていたのが恥ずかしかったのか、少し不貞腐れたようにシュヴァルが呟いた。
「ふふ。ちゃんとミートパイも作りますよ。昼食をミートパイにして、おやつで野菜ケーキをみんなで食べましょう」
二人きりでいると大人っぽくて、格好良くて、いつもドギマギさせられているシャルティナだったが、みんなでワイワイとお喋りするこの時間も大好きだった。
未だに高位貴族として振る舞うことには緊張してしまう。
失敗することだってある。
けれど、ここで生きていくことが何よりも幸せだと、自身もパイを頬張りながら皆の顔を見る。
「どうした?」
「どうしました?」
見つめられていることを不思議に思った二人が同時にシャルティナに声をかけた。
「ううん、何でもないの。幸せだなって思って」
「まあ! 私もシャルティナ様と一緒にいられてとても幸せですよ」
「ああ、俺もだ。シャルティナがここに来るまでは、ここの時間は止まっていたようだった。同じところをグルグルと回っているだけで、前にも後ろにも進まない。だが、今は、今よりも幸せに向かって進んでいる気がするよ」
自分の存在を肯定されること。
それが今まで傷ついた心を癒し、もう嫌な思い出を振り返ることもなくなった。
そんな当たり前の日常が愛おしくて、シャルティナは鼻の奥がツンとするのを感じた。
滲む涙を誤魔化し、二人にとびきりの笑顔を見せた。
そしてそれにつられるように、シュヴァルもナターシャも笑顔になる。
きっと、今日より明日、明日より明後日がもっと幸せなものだと、根拠もなく信じられているこの気持ちが、きっと愛なんだろうとシャルティナは思い、この気持ちを忘れないように心に刻んだ。




