第二十話 楽しいお買い物
三人で改めて市を回ろうと約束したシャルティナだったが、ミズリー夫人に休む許可を取ったのは今日だけの話だったことを思い出して青くなる。
二日連続で休んでしまうことになるので、ミズリー夫人からの許可が降りないかもしれないと、心配になった。
けれど、それは杞憂で、事情を説明するとあっさりと許可してくれた。
ただ、ダンスの練習だけは気分転換にもなるということで、普段よりも短い時間だったが軽くステップを踏む。
「じっとしていることだけが休息ではないのです。時にはこうして身体を動かした方が、心が休まることもあります。自分の状態をきちんと把握していれば、的確な休息がとれるようになりますよ」
言われてみれば確かに、疲れた心身が癒えるものは色々とある。
もちろん心身ともに疲労困憊な時は、もうベッドに寝転んで寝てしまうのもいいだろう。
けれど、シャルティナが実家にいる時には、レントと喧嘩して気分が悪い時、家事をしたり買い物をしたり、もちろんエスメラルダとお茶しながらお喋りしたりもして気分転換をしていた。
疲れた心が癒されたり、気分が晴れることは今までのシャルティナにもたくさんあった。
(自分でもやっていたことなのに、改めて言葉で説明してもらった方がしっかり理解できる気がするわ。でも、頼ってばかりいないで自分でも色々考えなくっちゃ。的外れならミズリー夫人が教えてくれるだろうし……って、また頼ろうとしちゃってる!)
ミズリー夫人の教え子は、ようやく一歩を踏み出せたものの、まだまだ自分一人で飛び立つことはできなさそうだった。
翌日、シュヴァルの仕事が一段落するのを待ち、三人が揃ってから市に出かけた。
お昼時を前に到着すると、昨日と負けず劣らずたくさんの人で賑わっていた。
通りを歩きながら遠目で品物を眺めている人も、物を手にとって吟味している人まで、色々な人がいる。
「二日目は少し人が減ると思っていたんですが、そんなこともないんですね」
「ふふ。その理由は、昨日糸を買ったお店を覗いて見ればわかると思いますよ」
昨日買った糸は吟味に吟味を重ねて選んだものだったため、シャルティナはほとんどをチェックしていた筈だ。
そんなお店を見て何がわかるのだろうと首を捻っているうちに、その店に辿り着いた。
「えっ? 昨日と商品が違う……?」
「そうなんです! お店には毎日違う物が陳列されるので、初日でも最終日でも、この市には人が集まるんですよ」
それなら毎日通ってしまうのも頷けると、シャルティナは大きく納得した。
事実、シャルティナも昨日買ったばかりだというのに、また欲しい物が出てきて目移りしてしまっている。
どれもこれも欲しいのだが、それをうっかり口にしてしまえば、シュヴァルが本当に全部買ってしまいかねない。
シャルティナも、高い糸の良さは実家にいた頃からわかっていた。
けれど、本当に良い糸は値が張るので、お小遣いをやりくりして少しずつ貯めて、ようやく一種類買えるくらいだった。
それに比べたら、数種類を今すぐ買えるだけでも、だいぶ贅沢しているとシャルティナは思ってしまう。
少しずつ、高位貴族としての振る舞いや感覚に慣れていっているシャルティナだったが、金銭感覚だけは一朝一夕では変化しないようだ。
シャルティナはいつの間にか糸選びに夢中になってしまい、二種類を選び終えた瞬間に、二人を待たせていることに気がついた。
「……! ごめんなさい! すっかり待たせてしまって」
「気にするな。悩むのも市の醍醐味だろう」
重ねて謝ろうとした瞬間、シャルティナの腹が空気を読まずぐぅと鳴る。
「はは。そろそろ昼食にしようか」
シュヴァルは赤面しているシャルティナの手からひょいと糸を取り上げると、素早く会計して袋に入った糸をシャルティナの手の中に戻す。
自分で払おうとしていたシャルティナは焦ったが、会計が済んでからお金だけを渡すというのもマナー違反だろう。
今度お返しに、料理長にお願いして最高のミートパイを作り、食べてもらおうと決意した。
屋台には、食べ歩きしやすそうな串焼きやクレープ、座って食べるようなスープやお弁当、果物を絞ったジュースなど、様々な物が用意されていた。
まだ昼前ということもあり、座れる場所はまだ空いているようだったが、埋まるのも時間の問題だろう。
「全員の好みを一番知っているナターシャに買いに行ってもらおうか。私たちは席を確保しておこう」
「かしこまりました。お二人が好きそうな物を選んできますね」
シャルティナは荷物持ちとしてついていくか一瞬悩んだが、ナターシャはすぐに人をスイスイと避け屋台に向かっていってしまった。
何度も往復するのかと心配になったが、そのすぐ後を騎士がついていったため、杞憂とわかる。
席につくと、シュヴァルが懐から袋を取り出すと、シャルティナに見せた。
「待っている間、これでも摘んでいよう」
「これは?」
「君が糸を選んでいる間に、傍にあった店で買ったんだ。果物を干したものだそうだ」
中には小さな丸い粒や、細長いもの、ちぎれたような形と、色々な種類が入っているようだった。
シャルティナはその中で小さな粒を一つ摘み、ポイと口の中に入れる。
舐めただけでは味も香りもほとんどなかったが、噛み締めた瞬間に濃縮された味と香りが口の中で爆発したかと思ったほどの衝撃を受けた。
「……! おいしい!」
今まで食べてきたドライフルーツも悪くはなかったが、干す前の方が美味しいのが普通だった。
しかし、これは干した方が絶対に美味しいと一口でわかるほど質が良く、一瞬でシャルティナの頭の中で数々のレシピが浮かび、その組み合わせを反射的に考えてしまったほどだ。
「あの、これ、もっとたくさん買ってもいいですか!?」
「ああ、勿論だ。見た目が地味なせいか、あまり売れていないと、店の者がぼやいていたくらいだから喜ばれるだろう」
「なんて勿体ない……! いっぱい買って帰りましょう!」
さっきまでの遠慮が嘘のように、まるで買い占めかねない勢いのシャルティナを、シュヴァルは面白そうに、けれど優しく見つめていた。




