第十八話 商隊の到着
お喋りしながら朝食を楽しむ穏やかな朝。
会話の合間でシュヴァルは「そういえば」と新しい話題を出す。
「昨日の夕方に商隊が街に到着したんだ。朝から小さな市を開くらしいからナターシャと行ってきたらどうだ?」
「……! それは楽しそうですね! ナターシャ、一緒に行きましょう?」
「ええ、どんな商品があるのか楽しみですね」
アスガルドは王都から遠い分、来てくれる商隊の数は多くない。
その中でも今回来てくれた商隊は常連で、毎回大量の商品を持ってきて市を開いてくれる、ありがたい存在だった。
この商隊の開く市は、アスガルド領での数少ない娯楽の一つになっている。
「シュヴァル様は行かれないんですか?」
「そうだな……たまには顔を出すか。いくつか片付けなくてはいけない仕事があるから、後から合流する。昼前には終わるから、屋台で昼食にしようか」
「屋台もあるんですね! とっても楽しみです!」
シャルティナは王都にいた頃、たまに屋台で買い食いするのが好きだった。
屋台の奥さんと雑談したり、時たまオマケしてもらったり、時にはパイを差し入れたこともあった。
奥さんには子供が三人いて、パイやお菓子を差し入れた時にはとても喜ばれたことを思い出す。
「シャルティナ様、毎日頑張ってるんですから今日は思い切って一日お休みにしちゃいませんか?」
ナターシャがシャルティナの手を取って提案する。
「そうね……ミズリー夫人の許可が貰えたら——」
「きっと大丈夫ですよ。早速聞いてきますね」
シャルティナが言い終える前に、ナターシャは早足でミズリー夫人に許可を貰いに行った。
「きっとミズリー夫人も今日一日くらいは許可してくれるさ。授業は順調にこなしているんだろう?」
「そうですね、最近は叱られることも減りましたし、基礎はだいぶしっかりしてきたと一昨日ミズリー夫人に言われました」
「それならきっと大丈夫だ。今日はゆっくり過ごそう」
その後すぐ、ナターシャがミズリー夫人の許可を貰って部屋に戻ってきたので、準備して市に向かった。
そして一時間後、シャルティナとナターシャ、それに荷物持ち兼護衛の騎士の三人は、近くまで馬車で行き少し手前から歩いて向かった。
「わあ、凄い!」
領民が全員来ているんじゃないかと思うほどに、小さな市は活気に満ちていた。
皆が楽しそうに買い物をしたり、冷やかしたりしている。
「どこから見るか悩むわね」
「それなら手前から順に覗いてみたらいいんじゃないでしょうか。市は夜もやっていますから、気になる所は全部見て回れると思います」
「ふふ。時間はあっても体力がもたなそうだわ」
二人はいくつかの店を覗き、シャルティナは綺麗な色の糸を、ナターシャは小さなガラスでできた兎の置物を買い、連れてきた騎士に渡す。
少し休憩しようと、飲み物を売っている屋台にのんびり向かっていた二人に近づく者がいた。
「シャルティナ!」
ふいに、後ろから声を掛けられ、シャルティナの腕が掴まれる。
しかしそれと同時にバチッと電気が走ったような音と共に、声の主は弾き飛ばされた。
「ぐっ!」
突然掴まれたことと、大きな音に驚いてシャルティナが振り向くと、ここにいるはずのないレントが自分の手を握り込み痛がっていた。
その隙にナターシャが二人の間に割り込みシャルティナを自分の影に隠すと、再び掴まれないよう警戒する。
「シャルティナ様、この方はお知り合いですか?」
「……ただの幼馴染よ」
よく見れば、レントはいつも身綺麗にしていたのに、無精髭にヨレヨレのシャツ、髪もボサボサで様子がおかしい。
「今のはなんだ? まあいい……。シャルティナ、そんな他人行儀に言うなよ。結婚の約束もしてた仲なのにさ。そろそろ意地を張るのをやめて俺のところに戻ってこい。今なら許してやるから」
(自分が壊しておいて……! それにしても許すって、何を……? 意地を張るって……?)
シャルティナに近づこうとするレントを、ナターシャが間に入り完全にブロックする。
近づけないとわかると、レントはナターシャに掴みかかる。
「使用人風情が俺たちの邪魔をするな!」
「ナターシャ!」
レントがナターシャに掴みかかり、思わずシャルティナは叫んだが、当のナターシャは涼しい顔をしていた。
そして、腕を掴まれた瞬間にナターシャが素早く動き、レントがくるりと宙を舞った。
「ぐあっ!」
強かに腰を打ち付けたレントはしばらく動けず、その隙にナターシャは、預けていた荷物を騎士から受け取り、「捕縛して」と命じた。
突然の大騒ぎで周囲の注目を集めていたが、領民たちはナターシャが辺境伯家のメイドだと殆どが知っていたため、レントを助ける者も口を挟む者もいなかった。
「はぁ……とても楽しかったのに台無しですね」
ナターシャはため息を吐き、シャルティナの方へ向き直る。
「お怪我はございませんか?」
「え、ええ……私は大丈夫。ナターシャも…大丈夫そうね…。さっきのは護身術?」
「あら? 言ってませんでしたか? 私は護衛を兼ねた侍女なので、普通の騎士程度になら武器ありでもなしでも勝てますよ。一対一なら、ですが」
シャルティナはナターシャが目の前でレントを無力化したのを見て、とても強いと感じたが、まさか騎士よりも強いとは思いもよらなかった。
シャルティナがナターシャの実力に驚いていると、聞き慣れた声が響く。
「なんの騒ぎだ?」
合流予定だったシュヴァルが、市とは関係ない人だかりをかきわけ、タイミング良く現れた。
「シュヴァル様!」
シャルティナはシュヴァルの顔を見た途端、緊張が解けふらりと傾いたが、素早く近づいたシュヴァルが片手で抱き止める。
「あ、ごめんなさい……力が抜けてしまって……」
「いや、いいんだ。それより何があった?」
シャルティナに聞いたシュヴァルだったが、シャルティナが返事をする前にナターシャが口を開く。
「シャルティナ様の”幼馴染”の行動に、かの方から頂いたブレスレットが反応しました。それを持ってシャルティナ様が危害を加えられたと判断し、捕縛しました」
ナターシャが簡潔に説明すると、シュヴァルの表情が厳しく険しいものになる。
騎士に拘束され、騒いでいるレントをチラリと見ると険しい視線を送った。
「なるほど……。辺境伯の婚約者に手を出したんだ。覚悟はできているんだろうな?」
シュヴァルの怒りを孕んだ視線で射抜かれ、レントの背に震えが走る。
「ご、誤解だ! 危害を加えるなんてそんな、ちょっと腕を掴んだだけで!」
「か弱い女性に対してそれは十分暴力と言える。連れて行け」
「待ってくれ! 俺は何も……ぐっ!」
レントは騎士に腕を後ろでに捻り上げられ、縄を巻かれると強引に連れて行かれた。
視界からレントが消え、ホッとするシャルティナ。
けれど、今更になって恐怖がじわりとせり上がってくる。
そんなシャルティナの震える指先をシュヴァルがそっと握り、「ひとまず帰ろう」と、手を繋いだまま馬車まで手を引いた。




