第十七話 一時の休息
夜会が無事に終わり、シャルティナがシュヴァルと共に辺境へ帰ると、一時的に穏やかな日常が戻ってきた。
夜会が終わったばかりで束の間の休みを貰っていたが、次は結婚を披露する夜会を開かなければいけない。
結婚式自体は両家の親族と、ごく親しい者しか参列せず、お披露目は結婚する家の主催で行われる。
これを成功させることで、一人前の貴族として他家に認められるようになる大切な会だ。
誰を招くかということと、席順はミズリー夫人と相談して決め、各家への招待状は既に送られている。
夜会で振る舞う料理やスイーツは料理長と相談して、前日にはシャルティナ自ら料理長と共に、ベリーパイを焼くことにした。
当日はスイーツも色々な種類を用意する予定なので、全員分作る必要はないからできることだ。
大体のことが決まってから、再びミズリー夫人からの指導が始まる。
ゲストとして参加する夜会と、自分で主催する時には、求められるものが違うために、また勉強の日々がやってきた。
けれど、ミズリー夫人は以前よりシャルティナの限界を見極めつつあり、体調や精神的な疲労を考慮し、能率的に進められる。
シャルティナ自身も、徐々に自分の限界を把握し、自ら休憩をお願いすることもできるようになってきていた。
「この調子なら次の夜会も成功するでしょう。次はどの順番で誰と話すかを決めましょう。もちろん、本番では臨機応変に対応しなければいけませんが、前後してはいけない順もあります。立ち回りも含めて一緒に考えていきましょう」
席次表と前回の会話を記したノートをテーブルに置き、それを見ながらシャルティナは動線を考える。
以前のようにミズリー夫人が主導で一方的に教えるのではなく、今まで習ったことをベースに、シャルティナ自らが考え、ミズリー夫人はその補佐をするということも増えてきた。
一方シュヴァルは、時折魔獣狩りで留守にしていたが、本邸にいる時はなるべくシャルティナと過ごしていた。
「やはり君の焼くミートパイは美味いな。しかも回を重ねるごとに、さらに腕を上げてないか?」
「ふふ。そう言ってもらえると嬉しいですね。料理長からアドバイスをもらったり、秘密のスパイスをお借りしたりしてるんです」
「料理長の手が入ってるとはいえ、メインは君が作っているんだろう? この素朴な味が好きなんだ」
シュヴァルはそう言いながら、三切れ目にとりかかっている。
一台だけ焼くとシュヴァルとナターシャが大人気なく取り合うことを学習したシャルティナは、常に二台か三台焼くようにしていた。
前回ベリーパイを作った時に、ナターシャが一台丸ごと食べてしまったのを見て、増やしたのは正解だったと胸を撫で下ろしたのだった。
(それにしても、ナターシャはどうしてあんなに食べれるのかしら……? あの細い身体のどこにパイが消えていくのか不思議でならないわ)
身体が大きく運動するシュヴァルが一台食べるならシャルティナも納得なのだが、シャルティナとそう体型が変わらないナターシャが一台ペロリと食べてしまうのが心底不思議だった。
シャルティナもパイは大好物だが、二切れも食べればお腹がいっぱいになってしまう。
けれど、普段からナターシャは大食いなわけではない。
そんなに大量に食べるのはシャルティナの焼いたベリーパイだけなので、身体全部を使って”美味しい”と言われているようで、とても嬉しかった。
「夜会の準備をほとんど任せてしまって悪いな。大変だろう?」
「いいえ、シュヴァル様は魔獣狩りという一番大切なお仕事があるんですもの。それに、ミズリー夫人が手伝ってくれているので、そんなに大変じゃないんですよ」
もし一人きりで準備をしていたならシャルティナはとっくにへばっていただろうが、協力してくれているミズリー夫人のお陰で、パイを焼く暇もシュヴァルとゆっくり過ごせる時間も取れている。
目下の心配は、シュヴァルが魔獣狩りに行くたびに怪我でもしないかとハラハラしてしまうことくらいだ。
今までかすり傷一つ負ってないが、魔獣相手だから万が一ということもある。
最初の頃は眠れないほど心配だったが、そんなシャルティナを見てナターシャがお守りを作ることを提案してくれた。
「辺境ではよく作って家族に渡すんです。糸を編み込んだブレスレットを作るだけなので簡単ですよ」
シャルティナは早速教えてもらって熱心に作った。
最初は手順を覚えるために何本か作り、教えてもらわずに作れるようになってから、赤い糸と濃紺の糸を合わせて、無事に帰ってくるよう願いながらブレスレットを編み上げた。
「あの、シュヴァル様。これを……」
少し恥ずかしそうにシャルティナは、そっとお守りのブレスレットを渡す。
「……! シャルティナが作ってくれたのか?」
「はい。心配する私を見かねて、ナターシャが教えてくれました。無事に帰ってこられるようにと」
「ありがとう。辺境の習慣だから貰えるとは思っていなかった。つけてくれるか?」
シュヴァルは柔らかく目を細め、シャルティナの前に腕を差し出す。
ダンスやエスコート以外で近づくことがほとんどないのでドキドキしながらも、シャルティナはシュヴァルの手首にブレスレットを結んだ。
「ああ……これは私と君の瞳の色か」
シュヴァルはブレスレットを愛おしそうに指先でそっと撫でる。
そんな些細な仕草にも、シャルティナの胸は強く跳ね、それと同時に気に入ってもらえて良かったと、胸を撫で下ろした。




