幕間 メイリー前半
シャルティナが夜会に向け着々と努力を続けていた頃、メイリーは上機嫌に鼻歌を歌っていた。
ウキウキと軽やかな足取りで、いつもは出張の多い夫——クウェルの政務室へ向かう。
ノックをするのも忘れ、扉を開け放つとクウェルが書類を見ていた顔を上げた。
「メイリーか。今は仕事中だ」
「わかってるわ! でも聞いて。ようやく私たちの赤ちゃんができたの!」
「そうか」
それだけ言うと再び書類に目を落とすクウェル。
「な……、なんで!? 嬉しくないの!?」
クウェルはため息をつき、メイリーを見るが、その目は酷く冷たいもので、視線で射抜かれたメイリーは無意識に後ずさった。
「そうだな……今は仕事中で手が離せない。後で話をしよう」
今度こそメイリーから完全に視線を外し、黙々と書類にペンを走らせている。
有無を言わさぬ雰囲気に、メイリーは釈然としない気持ちを抱きながらも、すごすごと自室へ戻った。
(もっと喜んでくれると思ったのに……)
自室で落ち込むメイリーだったが、ここのところ領地で何かあったのか、クウェルは今まで以上に仕事が忙しく、執務室から滅多に出てこないことを思い出す。
(いつもならどれだけ仕事が忙しくても二人で過ごす時間はとってくれていたのに……それも最近はないから、よっぽど大変なのかもしれない)
メイリーはクウェルの対応が冷たかったわけではなく、余裕のなさだと受け取り気分を持ち直す。
手元のベルを鳴らしメイドを呼ぶと、妊娠中に体調を整えるハーブティーを用意するよう頼んだ。
すぐに用意されたハーブティーを飲みながら、思い耽る。
(子供ができたのは嬉しいけど、体調が安定するまでレントに会えないのが辛いわ。……あっ、もしかしてレントとの子? それならもっと嬉しい!)
より一層お腹の子が愛おしくなり、メイリーは優しくお腹をさする。
(クウェルとは離婚できないから一緒にはなれないけど、愛しているのはレントだけ……)
最近、自分たちの関係がバレて結婚の話がなくなり、実家からお金を請求されているとレントから聞いた。
このままだとレントは誰とも結婚できないが、むしろそれはメイリーに好都合だった。
(他の女との共有なんて絶対嫌。レントにはずっと独り身でいてほしいわ。借金は私のお小遣いから援助すればいいし……)
どちらの子かは、実家に戻った時にこっそり医師を呼び寄せ、調べて貰えばいいだろう。
けれど、どちらにも”あなたの子だ”と言うつもりではある。
レントには夫と身体を重ねることはないと言ってあるが、仕事が忙しくなる前、ちょうど子が出来たあたりまでは毎週義務的に身体を重ねていた。
それはとても淡白なものであったので、メイリーは不満だったが、レントと付き合い始めてからは子を作るためと割り切っていた。
レントとは、暇さえあれば身体を重ね、スタミナも技巧もそれなりにある交わりを、おおいに楽しんでいた。
そしてメイリーは、その生活を子が出来た今も、これからも、手放すつもりはなかった。
夕食後、談話室でクウェルと向き合う。
相変わらず難しい顔をして、喜びなど微塵も感じられないクウェル。
しばらく沈黙していたクウェルが、ようやく口を開く。
「メイリー、まずはこの書類にサインを。そして一週間後までには実家に荷物をすべて引き上げてくれ」
クウェルはテーブルの上に置いてあった数枚の書類を、メイリーの前へパサリと投げ渡す。
普段はしない雑な動作に驚きつつも、何の書類だろうかと目を向けると、それは離婚届だった。
「なっ、ちょっと! これはどういうことなの!? 急に離婚だなんて、子供ができたのよ!?」
「子供か……。なあ、メイリー。それは誰の子なんだ?」
「えっ……」
予想もしない言葉がクウェルの口から発せられ、メイリーは一瞬時が止まったかのように呆けた。
「もう調べてわかってるんだ。君は浮気していた……しているだろう? どっちの子か君にもわからないんじゃないか?」
「そ、れは……」
メイリーの全身から汗が噴き出し、キュッと手を握り締めるもその感覚すらない。
(どうして、どうしてバレたの……! アリバイは友達に頼んであるし、会うのはレントの家か、裏道の安宿にしているし……。夜会に出る時だって、友人にエスコートしてもらうと言ってあるからそこから疑われることもないだろうし……)
メイリーはグルグルと何故バレたのか考えていたが、結局どこからバレたのか、思いあたることはなかった。
とにかく、クウェルに許してもらわないといけないと、メイリーは必死に考える。
「愛してるのはあなただけなの! でも寂しくって私……」
「私の仕事量はこれからも変わらない。寂しくて他の男に走るようなら、これからもするってことだろう?」
「違う! ちがくって……! もう絶対しないから!」
狼狽えるメイリーを見て、ハァ、とため息を吐くクウェル。
うんざりしたような顔で吐き捨てる。
「一度でもしたら終わりなんだよ、メイリー。浮気しただけじゃなく、誰の子かわからない子供まで作って……。しかも調べもせず僕の財産で育てて後継ぎにする気だったんだろう? そんな人間の何を信用したらいいんだ?」
グッと言葉に詰まるメイリー。
どうにかしなくちゃいけないのに、どうしたらいいのかまるでわからず、メイリーは焦るばかりで良い案などまるで思いつかなかった。




