幕間 レント
「今日も手元に残るのはこんなもんか……」
レントは実家——イージス家への借金を返すため、稼ぎのほとんどを充てていた。
初めは実家に住まわせてもらっていたが、親戚の養子となったユーリが来てから、父がユーリに期待し可愛がっている様子を見るたびに、胸の中に苦しさが重く居座る。
そして、以前はその期待や愛情が自分に向けられていたことを思い出し、今との格差が辛すぎて結局、家を出た。
月に一度、返済のために実家を訪れるが、両親はレントに会うこともなく家令が支払いを受けていた。
家令から両親への面会を断られるたびに、本当に見放されてしまったのだと毎月思い知る。
”たかが”浮気をしただけなのに、”たった一度の過ち”を犯しただけでここまでされるのは、正直納得いかなかった。
けれど、会えもしない、言伝を預けることもできない今、考えるだけ無駄なことだった。
時たま、シャルティナの噂を聞くことがある。
以前と違い美しく洗練されたと、婚約者が溺愛しているから今は輝いているのだと。
それを聞くたびに、なぜ自分と付き合っている時から綺麗にしていなかったのかと、怒りまで覚える。
あの頃のシャルティナは野暮ったく、結婚相手にはいいが、正直、女としての魅力は皆無だった。
だからこそ、日頃から美しさを維持し、可愛らしいメイリーと浮気していたのだ。
シャルティナが最初から美しければ浮気などしなくても良かった。
それを、浮気をされた当てつけのように突然美しくなり、ヤケになって辺境の田舎者と婚約を結ぶなど、気を引きたいならもっとやりようはあるだろうと思っていた。
レントは未だに、シャルティナさえ取り戻せば以前の生活が戻ってくるんじゃないかと夢想している。
そのため、今までは受けなかった夜会の警護の仕事も受けているが、あまり領地から出てこないのか今まで遭遇したことはない。
レントはシャルティナに会うことさえできれば、誠心誠意謝るポーズを見せることができれば、いつものようにシャルティナは許してくれるだろうと考えている。
それくらい、自分に惚れているのだと自信を持っていた。
(さすがに家で密会していたのは迂闊だったな。メイリーの家だけにしておけば良かった)
未だにメイリーとの逢瀬は続いている。
時たま、メイリーから金をもらうこともある。
——『おこづかいはたっぷりもらっているし、そんなに使うこともないから。息抜きに使って』
もしメイリーの実家が夫の家に援助さえされていなければ、そしてレントの家がシャルティナの家から援助をされていなければ、レントはシャルティナよりもメイリーを選んでいただろう。
(ままならないものだな……愛し合っているのに一緒になることもできないとは)
シャルティナを取り戻してからは、メイリーと会うのを控えるつもりだ。
会えない時間はきっと辛いだろうが、それもほとぼりが冷めるまでの話。
今度こそバレないように、一層気をつけないといけないだろうと、レントは考えていた。
わずかな金を手に、うらぶれた酒場に足を踏み入れる。
水を混ぜたであろう薄い酒しか出ない店だが、それでも飲めないよりはマシだった。
「よお、レント。相変わらずシケた顔してんなあ。こっちで一緒に飲もうぜ」
レントは最近仲良くなった男——ギャロンに声を掛けられる。
酔った勢いで一連の話をすると、笑いながらも同情して、見放した両親やシャルティナに対して怒ってくれた。
もしかしたら自分が間違っていたのかもしれないと苦しんでいたレントにとって、得難い友人だった。
レントが呼ばれるまま隣の椅子に腰掛けると、すぐに酒が出てきた。
ここは一種類の酒しか置いてないため、座れば酒が出てくる店だった。
「レント、今日来たのはラッキーだったな。アスガルド領へ行く商人の護衛の仕事探してただろ? 明日出発の仕事があるんだよ。元々他の奴がやる予定だったらしいが、直前でキャンセルされて護衛の数が足りないんだとよ」
「本当か! それは助かる」
「急な招集だから賃金もそれなりらしいぞ? 俺もうるさい嫁がいなかったら受けてたんだがなあ」
頬杖をつきながらギャロンはため息を吐いた。
ギャロンも以前浮気が見つかり、今は反省のポーズをとっているらしい。
時たまここに迎えに来て、女遊びをしていないか見張られている可哀想なヤツだと、似たような状況のギャロンにレントは憐れんですらいた。
(シャルティナはショックでおかしな行動を取ってしまうほど俺に惚れてるからな。そんな束縛しなくとも、二度とやらないと言えば丸め込めるだろう。ついでに愛してるとでも言ってやればむしろ喜んで疑いもしないだろうな)
シャルティナに会える算段がつきそうで、レントは酒場に来た時よりも機嫌が良くなる。
移動の日程を考えると、借金の返済日に帰ってこれないだろうが、後でいつもの額を渡せば、少しくらい遅れても大丈夫だろうと、思っていた。
「早朝、街の入口に商隊がいるはずだから、遅れないように行けよ」
「ああ、そうだな。今日は一杯だけ飲んだら帰るよ。本当にありがとうな」
「いいってことよ。その代わり、今度お前と出かけるってアリバイ作りに協力してくれよ」
あまりにも自由がないギャロンを憐れんでいたレントは、その頼みを快諾した。
「それならお互いアリバイを作ればいい。シャルティナを連れて戻ってきたら、しばらくは大人しくしたフリをしないといけないしな」
「それなら結構遊べるな! はは。我々の友情に乾杯!」
「乾杯!」
二人は上機嫌に酒を飲み、結局女の話で盛り上がってしまい、夜はゆっくりと更けていった。




