第十五話 王子との邂逅
放られた箱をシュヴァルは難なくキャッチする。
「これは?」
「宝物庫からくすねてきた。婚約祝いだ」
シュヴァルが箱を開けると、中に色とりどりの宝石があしらわれた、金に輝く華奢な二連ブレスレットが入っていた。
「……宝物庫からってことは普通の品じゃないんだろう?」
「ああ、ほとんどの攻撃に耐性が持てる。毒・呪い・麻痺、多少の物理と攻撃魔法も減衰させる効果がある」
「随分気前がいいんだな」
フィリップはそれまでの軽薄な笑みをひっこめ、鋭い視線でシュヴァルを射抜く。
「お前に刺客が放たれている。何が狙いかはわからんが、お前の最愛が狙われるのも時間の問題だ。お前に、アスガルド辺境伯に死なれるのも使い物にならなくなるのも困るんだ」
「なるほど……。確かにここ最近、招いていない客が増えているとは思っていたが……。王家の守り人も使ってあれか」
「ああ。守り人には落ち着くまでお前の所にいてもらう。だが万が一ということもある」
シュヴァルは箱からブレスレットを取り出すと、シャルティナの細い手首にそっと嵌める。
すると、ブレスレットの長さが変わり、少し大きめだったのがシャルティナの手首ぴったりのサイズになった。
小さな宝石がキラリと光ると、あれほど酷使した足がふわりと軽くなった。
(こんなに小さな魔具に、どれだけの魔法が込められているのかしら……)
あまりの高価な品が自分の手首に嵌っている事実に、シャルティナはブルリと身体を震わせた。
「誰に何を言われても、決してそれを外してはいけない。王族からの命令と思ってくれ」
「……! はい、かしこまりました」
シャルティナはブレスレットごと自分の手首を握り、フィリップに了承の礼をする。
「いい子を捕まえたな、シュヴァル」
「やらんぞ」
それまで真面目に王族の威厳を漂わせていたフィリップが、別人のように軽薄な空気を纏う。
「いやあ、下位貴族から高位貴族の振る舞いを短期間で覚え、悪い欲もなく、けれどお前の隣に並び立とうという強さもある。こんな優良物件欲しくなって当たり前じゃないか……!」
「シャルティナは俺のものだ。手を出すならお前でも斬るが?」
シャルティナの胸がドキリと跳ねる。
いつもシュヴァルの穏やかな面しか見ていなかったが、突然そんな荒々しい所有欲を見せつけられるなど、恋する乙女の心臓に悪い。
(この場面……一生忘れないわ……!!)
言われたことを何度も脳内で反芻し脳に焼き付ける。
もしここが自室だとしたら、きゃあきゃあと声を上げながらベッドの上を転げ回っていたのだろう。
なんとか理性を総動員して、平静な表情を顔に貼り付ける。
「相手がお前じゃなかったらどうにでもなるのになあ……本当に惜しい」
フィリップは行儀悪くテーブルに突っ伏して残念そうな顔をする。
「縁がなかったと諦めるんだな。それよりも、エスメラルダとはどうなんだ?」
「ああ、彼女は対等に話せる稀有な令嬢だ。お互い恋や愛とは無縁だが、いいパートナーにはなれそうだよ」
シャルティナは親友の名が出て驚く。
確かに高位貴族なのに婚約者のいないエスメラルダは、フィリップのパートナーに最適な相手なのかもしれない。
(エスメラルダが王妃様……似合いそう……)
けれど、そうなると今のように気軽に会えなくなるかもしれない。
そう思うと、少しだけ寂しかった。
「婚約はまだしないのか?」
「うーん。もう少しあちこち調整してからかな。ずっと待たせていて悪いと思うが、エスメラルダも納得済みだ」
思い返せばエスメラルダの口から、男性の話は聞いたことがない。
シュヴァルと知り合いだったことにも驚いたくらいだ。
誘われればダンスを踊ることもあるが、必ず一回だけ。
そつなく踊って、楽しげに会話を楽しみ、相手に勘違いさせないよう一線を引いていた。
その理由が王太子の婚約者候補だからということに、驚くと共に、そんな内密な話を自分が聞いて良かったのだろうかと、先ほどとは違った意味でドキドキしてしまう。
「さて、もう少し話していたいが時間切れだ。今度は結婚式かな?」
「そうであることを願いたいな」
シュヴァルはため息をつきながらも、結婚式に呼ぶつもりはあるようだった。
王命も断れるシュヴァルがフィリップを結婚式に呼ぶのだから、突き放してぞんざいに扱っているように見えて、やはり仲は良いのだろうと、シャルティナは二人の独特な友誼を少しだけ理解する。
「それじゃあシャルティナ嬢、シュヴァルの相手は大変だろうが末永く付き合ってやってくれ」
「シュヴァル様は、私には勿体ないほどのお相手です。あの、贈り物をありがとうございました。大切にします」
「はは。仲が良さそうで良かったよ。プレゼントも気に入ってくれたようで何よりだ。それは肌身離さず身につけておいてくれ。シュヴァルもその方が安心だろう」
真面目な顔をして念を押すフィリップに、シャルティナはブレスレットごと手首を握り、小さく頷いた。
部屋を出ると、シャルティナは大きく息を吐いた。
「緊張したか?」
シュヴァルはシャルティナの手を取り、親指でスルリと指を撫でる。
普段なら緊張しただろうが、緊張で固まっていたシャルティナには、シュヴァルの僅かに伝わってくる体温が心地良い。
「ええ、とても! でも、フィリップ様は気さくな方なのですね」
「ああ。外向けの顔が完璧だからギャップに驚いただろう。あれもあれで苦労してるんだ。たまには息抜きさせないとな」
王太子ともなれば、やらなければいけないことがたくさんあるのだろう。
そのうちエスメラルダも一緒に、四人でお茶でもできたらいいなと、シャルティナは思った。




