第十四話 シュヴァルとのダンス
一通りの高位貴族が王族への挨拶を終えると、楽士たちは緩やかに曲調を変え、皆をダンスへと誘う。
「折角練習したんだ。少し踊ろうか。ミズリー夫人にはなかなかの出来だと聞いているぞ」
「そうですね……自分で思っていたよりもダンスが好きだったみたいで、夢中になって練習していたらそれなりにはなれました」
「その成果を見せてもらおうか。さあ、行こう」
シュヴァルのそつのないエスコートに導かれ、シャルティナはダンスホールの中央まで足を進める。
少しだけ緊張して足が震えたが、ずっとシュヴァルと踊りたくて、楽しみにしていたこの時間。
浮き立つ気持ちの方が大きく、つい口元が緩んでしまう。
お互い一歩離れて礼をし、シュヴァルがそっと手を取ると、音楽に合わせ緩やかにステップを踏む。
シュヴァルの巧みなリードで、まるで羽が生えたかのようにステップが軽い。
(凄い! いつまででも踊っていられそう……!)
まるでシャルティナの踏み出す方向や癖をわかっているかのようなリードに、誘われるまま身体を動かしていく。
「シュヴァル様、ダンスがお得意なのですね……!」
「私もミズリー夫人に叩き込まれたからな。シャルティナの先輩として恥ずかしい所を見せたら叱られてしまう」
シャルティナはその言葉にクスクスと笑い、ずっと踊っていたいと思うほどに、軽やかにステップを踏める、シュヴァルのリードを心から楽しむ。
「ミズリー夫人には、満点だったと伝えておきます」
「はは。初めて手放しで褒められてしまうかもしれないな」
楽士の奏でる曲は最高潮に高まり、最後のターンを決めた瞬間、二人は拍手に包まれた。
カーテンコールのように手を繋いだまま、拍手してくれた方々に深く一礼する。
礼儀作法に則った行動ではないが、こういうのも悪くはないだろう。
——『マナーとは、相手を不快にさせないためのものです。それを念頭に、臨機応変に動くのですよ』
ミズリー夫人の教え通りにできただろうか。
初めから厳しい目を向けている人たちは別として、特に咎めるような視線は投げられなかった。
ダンスで昂ぶった胸の鼓動が、指先まで充足感でシャルティナの身体を満たしていく。
「もう一回、と言いたいところだけどお迎えが来たようだ」
シャルティナがシュヴァルの視線を追うと、目立ちすぎず、けれど存在を無視できない気配を放つ執事のような出で立ちの男性が、こちらを向き浅く一礼した。
シュヴァルはシャルティナの手を取ったままその執事の先導についていく。
会場を抜け、あの賑わいが嘘のように静かな廊下を歩く。
最高級のカーペットが敷かれた床は、すべての足音を受け止め、僅かにすら足音がしない。
衣擦れの音だけが響く中、もう何度曲がったのかわからない複雑な順路で歩いていく。
ダンスで消耗した足が疲れてきたころ、ようやくその部屋へ到着した。
「こちらでフィリップ様がお待ちです」
執事は扉を開け、頭を下げる。
二人が室内に入ると、その扉は静かに閉められた。
「やあ、久しぶりだね、シュヴァル」
「王都にこれといって用事はなかったからな」
挨拶すらしないまま、砕けた口調のシュヴァルを見て、シャルティナは驚いた。
「そんなことを言って。最愛が見つかったのは俺が無理矢理呼びつけた夜会だったそうじゃないか」
「……それだけは感謝している」
「くはは。あの硬派だったシュヴァルが軟派になったものだな」
フィリップはからかうような口調でシュヴァルに絡むが、いつもそんなものなのか、シュヴァルはさして気にした様子もない。
「さあさあ、紹介してくれたまえよ。君の最愛を」
「シャルティナだ」
紹介を頼まれたのに、爵位も何もなく、ただファーストネームを教えただけ。
(それよりも……最愛って……!)
否定しないシュヴァルに、「勘違いをしては駄目」と自分に言い聞かせる。
この流れを見れば、変に訂正するのも面倒なことがあるからだろうと想像はつく。
けれど、さすがに自己紹介した方が良いのかとオロオロしていると、大丈夫、というように繋がれた手がキュッと握られる。
「まったく。お前は俺の妹を貰ってくれたらと思っていたんだがなあ。当てが外れたよ」
「最初からそれは断っていただろう」
「いやまあ、王命なら断りづらいかもしれないとな」
シュヴァルはフンと鼻を鳴らす。
「王命だとて断ったさ。女に興味がなかったからな。姫を冷遇したと首を跳ねられるのはごめんだ」
「はは。違いない。だがその最愛を随分大切にしているそうじゃないか」
「ああ、唯一無二だからな」
シャルティナはその淡々と語られる言葉にも心乱され、頬に熱が集まってしまう。
(勘違いしちゃ駄目! 仲睦まじいフリをしなきゃいけないんだから……!)
自分に何度も言い聞かせるが、それでも刺激の強すぎる言葉たちに、シャルティナは翻弄され、ドキドキと跳ねる胸が落ち着く様子がない。
「よくわかったよ。……さて、それじゃあこれを受け取ってもらおうかな」
フィリップはテーブルの脇に置いてあった箱を掴み、無造作にシュヴァルに放った。




