第十三話 婚約の祝い
高い天井に、美しいカッティングの施された豪奢なシャンデリア。
会場の端にはいくつものテーブルに、各領の名産が使われた料理や菓子が並んでいる。
そして中央にはダンスホールがあり、楽団は入場の穏やかな曲を演奏していた。
——「シュヴァル=アスガルド辺境伯、並びに婚約者のシャルティナ=ハイデン様」
よく通る声の進行係に名を呼ばれると、入場したシュヴァルとシャルティナの二人へと多くの視線が集中した。
その一瞬、入口付近のざわめきが消え、すぐ後に、誰もが二人の話をし始めた。
ーー『相変わらずアスガルド辺境伯は迫力があるな』『ハイデン家……? そんな家あったかしら』『ついに辺境伯にも婚約者が』『家格が釣り合わないんじゃなくて?』『しかし、美しい』
良くも悪くも目立つ二人は、注目の的だった。
その中でも一番の噂は、ずっと決まらなかった辺境伯の婚約話と、シャルティナの美しさだった。
シュヴァルの隣で堂々と、けれど主張しすぎないように寄り添うシャルティナは、初めから高位貴族だったかのような洗練された所作で会場を横切る。
そして、シュヴァルのエスコートに従い、奥にあるテーブル付近へと足を進めた。
最奥には一段高い場所に、王族の座る椅子が用意されている。
その付近に陣取れるのは、高位貴族の中でも一握りだけだった。
「シュヴァル様、いつもこんなに注目されているんですか?」
シャルティナは扇を広げ口元を隠し、シュヴァルへそれとなく質問する。
「いや、さすがにここまで注目されたのは爵位を継いだ時くらいだな。皆、君の美しさに驚いているようだ」
「そんな、シュヴァル様に見惚れているのでは?」
シュヴァルに美しいと言われ、ほんのりと頬を染めながら傍に寄り添うシャルティナ。
そして、それを柔らかな微笑みで返すシュヴァルという、仲睦まじい様子が皆の目に映る。
シャルティナがそれとなく視線を周囲に走らせると、好意的に見ている様子なのがざっと三割。
他は微笑みを浮かべながら冷静な目で観察する者、爵位の低いシャルティナが辺境伯の隣にいるのを不快に眉を顰める者、取り入る隙を探している者など、様々な思惑が入り乱れた視線を二人に送る。
「ミズリー夫人の予想より、好意的に見ている方々が多いですね」
「それだけ私の隣にいることに違和感のない振る舞いが出来ている証拠だ」
「そう見えているなら嬉しいです。きっとミズリー夫人に採点されたらここに来るまでには、五つは注意されているでしょうから」
シャルティナは想像していたよりもずっと、酷い緊張はせず落ち着いていられた。
馬車の中での甘い時間よりも、周囲に目を向けられているだけの今の方がずっと冷静でいられる。
ーー「ジグラルド=エイン=バルディア王、並びにユーグリッド=エイン=バルディア・王妃。フィリップ=オード=バルディア王太子並びに、メルディリア=オード=バルディア姫のご入場です」
その声に、皆が最奥の王族席の方へ頭を下げ、視線を落とす。
誰も口を開かない静まり返った会場に、楽士たちの奏でる荘厳な曲がだけが響く。
「面をあげよ」
王のよく通る声に従い、皆が顔を上げ、王族席に注目する。
「此度、我が娘メルディリアの婚約を祝う場によく集まってくれた。この婚約で我が国バルディアと、エクレルド帝国の友好は盤石になるだろう。この慶事に、今宵はゆっくりと楽しんで過ごすといい」
再び貴族たちが短い一礼をすると、高位貴族が緩やかに王族の席へ挨拶をするため列をなす。
それぞれが贈り物の目録を従者に渡すと、祝いの言葉を捧げ、言葉を交わす。
さして待たずにシュヴァルたちの順番になり、挨拶と祝いの言葉を口にした後、王からも祝いの言葉を授かる。
「辺境伯も遠路はるばるよく来てくれた。そちらも婚約が成った様子。美しい令嬢を捕まえたな」
「ありがとうございます。私には勿体ないほどの令嬢と婚約を結ぶことができました」
「後ほど別室にフィリップを向かわせる。それまではゆるりと楽しんでいってくれ」
シュヴァルとシャルティナは深く礼をして、王の御前から辞する。
テーブル席に戻った二人は給仕から酒精の弱いシャンパンを受け取ると、シャルティナは二口ほど飲み下す。
「緊張したか?」
「それはもう……やはり王族の方々は雰囲気が違いますね」
「案外あれで気さくな人たちだ。今日はフィリップと話せる場に招待されたが、また違う雰囲気で驚くぞ」
王族の威厳を肌で感じたシャルティナは、王族席に座るフィリップに目をやるが、気さくという言葉がピンと来ず、想像もできなかった。
「我々とて、こういう場ではそれなりに振る舞うが、四六時中このようにしているわけではないだろう? それと変わらないさ」
「言われてみればそうですね。エスメラルダも二人きりの時は高位貴族だと忘れてしまうほどラフですし」
「そうだな。そのうち二人がどう仲良くなったか聞かせてくれ」
普通は同じ夜会に集ったとて、それとなく高位貴族と下位貴族に別れ、お互いが交流するきっかけはほとんどない。
その高位貴族であるエスメラルダと低位貴族であるシャルティナが友情を育んでいるのは、相当なレアケースだ。
「ふふ。今度ゆっくりお聞かせしますね」
この婚約のきっかけになったエスメラルダには、一生頭が上がらないだろうなとシャルティナは思う。
今夜、もし言葉を交わせても表面上のものとなるだろうから、またカフェに誘って季節のケーキをご馳走しないとな、と列に並ぶエスメラルダを見てシャルティナは思った。




