第十一話 皆の力
シャルティナとシュヴァルが朝食中に、珍しくハンスが部屋に入ってきた。
ハンスは赤い紙に金で装飾の施された豪奢な封筒をシュヴァルに渡す。
それを一目見ただけで、シャルティナにも王家からの手紙だとわかった。
「……二ヶ月後に王家主催の夜会があるそうだ。それにシャルティナと出席せよとのことだ」
シャルティナは思わずゴクリと唾を飲み込む。
この半年間、ミズリー夫人の元でたくさん勉強してきた。
(お披露目は二ヶ月後……)
アスガルド家は、たまたま王都にいる時以外は、ほとんど社交をしない。
なのでシャルティナの本番は規模の大きな断れない夜会だということは初めから決まっていた。
けれど、実際王家からの招待で参加する夜会というものに、気後れしてしまう。
「王家からとはいえ、フィリップからの招待だ。あまり気張らなくていい」
「フィリップ……王太子様ですか?」
「ああ、何度か一緒に護衛がてら狩りに行ったんだ。それから親しくさせてもらっている」
(王太子様とお友達……)
シュヴァルとは随分一緒に過ごしてたくさん会話したと思っていたシャルティナだったが、まだまだ知らないこともたくさんあるのだ、と、もっと色々なことが知りたいと思う。
「二ヶ月もあればドレスが作れるだろう。ぜひ私に贈らせてくれ」
「わあ、それは楽しみです!」
シュヴァルが自分のためにドレスを用意してくれるという素敵なご褒美に、気負っていた心が軽くなる。
(素敵なドレスに負けないように、美しい所作とダンスを披露しなくては!)
シャルティナは早速、今日から今まで以上にミズリー夫人の教えをしっかり吸収しようと、キュッと拳を握った。
「——というわけで、二ヶ月後には王家主催の夜会に出席することになりました!」
「二ヶ月後……それならギリギリ間に合いますね。もう少し、しっかり詰め込みましょう」
「はい!」
やる気満々のシャルティナを見て、ミズリー夫人は微笑ましく思いながらその様子を眺める。
「けれど、今まで以上に自分の状態をしっかり把握しなくてはいけませんよ。翌日に疲れを残さない程度を保つのです。ダンスの踊り過ぎで靴擦れを起こすなど論外ですよ」
「う……はい、気をつけます……」
実は二週間ほど前に、難しいステップのコツが掴めそうだと無茶をして、シャルティナは靴擦れを起こしてしまった。
治り切るまで練習できず、結局数日はダンスの練習ができなくなってしまったのだ。
「身体を動かすことは、一日にたくさんやるよりも、どれだけ毎日続けられるかが大切です。身を持って知りましたね?」
「はい。治ってから数日は、うまく脚が動きませんでした」
「それを実感できただけでも、あのタイミングで靴擦れしたのは悪いことではなかったですね。けれど、本当に、これから本番までは気をつけるように」
ドレスと合わせた本番用の靴が届くのは一ヶ月後。
新しい靴を足に馴染ませるために、一ヶ月それを履いて過ごし、ダンスの練習をする。
一番靴擦れしやすいその時こそ、気をつけなければいけない。
集中してのめり込みやすいシャルティナには難しいことだったが、本番まであと二ヶ月しかないと考えると、苦手などと言ってられない。
できるだけ細かく休憩を挟んで、自分の状態を確かめる癖をつけようと強く心に決めたのだった。
勉強の方も順調で、マナーは大体頭に入った。
あとはそれを、優雅に美しく実践できればいい。
元が男爵家だからお目溢しされる部分もあるが、男爵家だからこそ厳しい目で見られる部分もある。
後者を納得させるような立ち居振る舞いをしなければ、堂々とシュヴァルの隣には立てない。
勉強の時間も当然ながら、自室で休む時間も鏡を見て自分でチェックしながら、ナターシャにも見てもらい、シャルティナの動きは少しずつ洗練されてきていた。
他家の貴族の情報は、ナターシャが驚くほど色々知っていたので、雑談がてら色々教えてもらった。
特に好物の果物の名産地の情報は細かく、そしてシャルティナにとっても興味のある分野なので、他のことより随分と覚えやすかった。
料理長に教えてもらうのも食べ物のことばかりで、なんだかこのままだと食いしん坊令嬢と呼ばれてしまうんじゃないかと不安に思うほど、食べ物関係に詳しくなってしまった。
ミズリー夫人はいつも落ち着いた装いなのだが、予想外に宝石関係に強かった。
普段つけている装飾品も、目立たない小さなものが多かったが、よく見ると曇りのない中に傷も入っていない、高品質のものばかりだった。
そして、言われるまで気づかなかったが、毎回違う装飾品を身に着けていた。
「こういう部分を気にして気づいてあげられると、女性には喜ばれますよ。ですが、あまりまじまじと見るのは失礼にあたるので、できれば一瞬で判断できると良いですね。けれど、今回はそこまで出来なくても良いので、そのうち出来るようになりましょうね」
時間をとって勉強するのは後日と言われたが、折角なので勉強の前にミズリー夫人が身につけている宝石のことを教えてもらう時間を少しだけ設けてもらった。
そして夜会まであと一週間となった時、ミズリー夫人が一旦勉強はすべて終了するとシャルティナに言った。
「ただひたすらやれば良いものではありません。あと一週間は休養と、身体を磨くことに集中しましょう。ダンスだけは疲れない程度にやりましょう」
勉強しないのは落ち着かないかもしれないとシャルティナは思ったが、今まで以上に身体のケアに時間がかかって、あまり暇にはならなかった。
入浴中のいつもより丁寧な髪のケアに、たっぷりとマッサージされ、髪もお肌もつやつやになった。
肌がワントーン明るくなり、化粧をする前から自分で鏡を見ても美しさが増していると実感できるほど。
皆の協力で、どんどん自分が素敵な淑女になっていくようで、シャルティナは、夜会が楽しみだと思えるほどに、自信を持てるようになっていった。




