第九話 波乱のミートパイ
ある日、シャルティナは料理長から頼んでいたハーブが届いたと声を掛けられたので、シュヴァルとの約束のミートパイを作ることにした。
基本はベリーパイと同じ。
けれど、お腹を壊さないようにミートパイを焼く時はオーブンの温度を下げ、少しだけ長めに火を通す。
「素人の割に、お嬢ちゃんは基本をよくわかってるんだよなあ」
「料理長にそう言ってもらえると自信がつきます! 母に習ったのと、たまに買いに行くパン屋さんと仲が良くて、ちょっとしたコツを教えてもらったりしてたんです」
「そりゃよっぽどそのパン屋に気に入られてたんですねえ。料理を生業にするヤツは、そのコツで食べてるんだ。だからちょっとやそっとじゃ教えないもんですよ。同じようなクオリティで作られたら売れなくなっちまうもんで」
シャルティナはそんなこと考えたこともなかったのでとても驚いた。
確かにパン屋の女将さんとは仲が良かったが、教えてくれたのがそんな特別なことだとは思わず驚いてしまう。
ある日、シャルティナがいつものようにパンを買いに行ったら、開いているはずの時間に店が閉まっていて、どうしたのかと中を覗くと女将さんがしゃがみ込んでいたのが見えた。
シャルティナは心配して声を掛けると、開店準備中に腰をやってしまったのだとか。
急いで医者に来てもらい、薬を処方されて、ようやく少し動けるようになったことがあった。
それからパンを買いに行くたびにオマケしてもらったり、雑談中に料理のコツを教えてもらったりしたのだ。
「——でもちょっと押しが強くて、嫁に来てほしいとか、住み込みで働かないかとか、色々誘われちゃって困ったこともあったんです」
シャルティナが思い出話に花を咲かせていると、肉の焼けるいい匂いが漂い始める。
「あ、もう少しで焼けそうですね」
オーブンの様子を見に席を立つと、シュヴァルとナターシャがやってきた。
「そろそろ焼ける時間だと思ってシュヴァル様も呼んできたわ」
「ありがとう、ナターシャ! シュヴァル様、もうすぐ出来上がるので座って待っていて下さい」
「ああ」
心なしかシュヴァルの表情がいつもより柔らかい気がする。
それだけ楽しみにしてくれているのだとわかり、シャルティナは少し緊張した。
ベリーパイと違って、ミートパイは大得意というほどではない。
(お口に合うといいけれど……)
ドキドキしながらオーブンを開ける。
端っこがほんの少しだけ焦げただけで、十分美味しそうに焼き上がった。
肉にハーブと野菜を混ぜ込んであるので、普通のミートパイよりも口当たりが軽く、少し多くても食べ切れるだろうと6分割にする。
それぞれのお皿に乗せ、配ると皆すぐに頬張り始めた。
ここにはいないハンスの分を取り分けながら皆の反応を見ていると、それぞれ違っていて面白い。
「……! ……!!」
ナターシャはベリーパイの時と同じように悶えている。
料理長は齧って口の中でしっかり味わってから断面を見たりと観察している。
きっと分析しているんだろう。
肝心のシュヴァルは黙々と食べていて、美味しいと感じているのかどうかわからない。
食べ終わったら感想をもらえるだろうと、あまり気にせず、シャルティナも一口がぶりと齧りついた。
「んっ、美味しくできたわ!」
今までで一番上手に焼けたかもしれないと、シャルティナはニマニマしてしまった。
(やっぱり設備がいいと安定して作りやすいんだわ。パイばかり焼いていたけど、そのうちクッキーとかケーキも焼いてみたいわね)
次は何を作ろうかと思案していると、シュヴァルがカチャリとフォークを置いた。
「もう一切れもらっても——」
「ちょっと待った!!」
シュヴァルがおかわりをくれないかとシャルティナに声を掛けた瞬間、ナターシャが声を被せ異を唱えた。
「私だって! 食べたいんです!」
「いや、お前はベリーパイの方がいいと——」
「それはそれ! これはこれです。ミートパイだって美味しいに決まってるじゃないですか。ベリーパイが一番美味しいだけで、このミートパイだって絶品ですよ!」
ナターシャは胸の前で手を組み、目をキラキラさせている。
少し遅れて食べ終わった料理長がシャルティナの肩を叩く。
「お嬢ちゃん、なかなか美味かった。この味付けならレッドハーブを少しだけ入れたら味に奥行きが出て、もっと美味くなるぜ。次回は一緒に作ってみるか?」
「いいんですか!? 料理長さんが一緒に作ってくれるなら、絶対に絶品のミートパイになりますね」
「ま、腐ってもプロだからな。んじゃ、俺は仕込みに戻るぜ」
料理長はのしのしと厨房の奥へと向かった。
そしてシャルティナがシュヴァルとナターシャを見ると、まだパイを挟んで睨み合いが続いていた。
「これは私が頼んでシャルティナに作ってもらった物だ。お前はあの時ベリーパイを三切れも食べてただろう。それに比べれば二切れくらい——」
「いいえ! 私は一番の大好物は全てのパイなんです! パイを求めてやまない私こそが食べるべきで——」
「お前は主を立てようとかそういう——」
「ああっ! こんな所で権力を振りかざすなんて! シュヴァル様がとうとう暴君に——」
「このくらいで大袈裟だなお前は」
たかがパイで言い争う二人に、シャルティナはまたいつでも作るのにと、ため息を吐いた。
けれど、それだけ美味しいと気に入ってもらえたことは素直に嬉しかった。
シャルティナは二人の前にあるパイの皿を取ると、二人の視線がこちらへと向く。
「まったくもう、喧嘩しないでください。またいつでも焼きますよ。そしてこれは……」
シャルティナはナイフでパイを半分に切り、再び二人の目の前に皿を置いた。
「半分こ、ですよ」
「う……でも、シャルティナ様が言うなら……」
「ああ、仕方ないな……」
二人は食べ終わってしまうのを惜しむように、最初の一切れを食べた勢いが嘘のように、ちまちまとパイを食べている。
シャルティナは、まさか自分のパイで喧嘩になるとは思わなかった。
普段はどちらもキリリとしていることが多い二人なのに、案外子供っぽい部分もあるんだなと、新たな一面を見たシャルティナは、これからもっと仲良くできる気がした。
「絶対にまた作ってほしい」
「いえ、次はベリーパイの番ですよ」
「お前……」
「はいはい、今度はベリーパイとミートパイ両方焼きましょう! その時は料理長さんにも協力してもらうので、きっともっと美味しいパイが食べられますよ」
そしてミートパイを巡る戦いは終わり、二人はまたキリリとした顔をしていたが、さっきまでパイで喧嘩をしていたと思うと、なんだかとても可笑しかった。




