第7話 すれ違い
遥が退院して一週間が経った。
店は俺がほとんど切り盛りする形になっていたが、遥は無理をしてでも手伝おうとする。
俺はそれを止めるたびに、彼女の表情が少しずつ曇っていくのを感じていた。
ある夕方、店じまいの後に二人は軽く口論になった。
「もう少し休んでいた方がいいって医者も言ってたろ?」
「でも拓也くんが毎日来てくれてるのに、私だけ何もせずにいるのは嫌なの。」
遥の声に苛立ちが混じっていた。
俺も疲れが溜まっていたのかもしれない。言葉が少し強くなった。
「俺は構わないよ。
でも遥がまた倒れたらどうするんだ?
前みたいに一人で抱え込むつもりか?」
遥は唇を噛んで、目を伏せた。
「……拓也くんはいつまでここにいるの?」
その質問が、俺の胸に刺さった。
「まだ決めてない。でも山本さんからまた連絡が来てる。
プロジェクトの詳細も送られてきて……条件はかなりいい。」
遥は静かに微笑んだ。でもその笑顔は、明らかに無理をしていた。
「なら、行けばいいじゃない。
東京に戻って、輝いてよ。
私、ここで店を守ってるから。」
その言葉に、俺の中で何かが切れた。
「遥はいつもそうだ。
本当は寂しいくせに、強がって『大丈夫』って言う。
15年前もそうだった。
俺が行くのを止めてくれなかった。
今も同じことを繰り返すのか?」
遥の目が潤んだ。
「止めたら……また私を置いて行くんでしょう?
だったら最初から行かないでって言えないよ。
また傷つくのが怖いんだもん……!」
声が震え、遥はエプロンを強く握りしめた。
「私、拓也くんが帰ってきたときは嬉しかった。
でも今は……怖い。
また好きになって、また離れ離れになるのが、すごく怖いの。」
俺は言葉を失った。
遥の瞳に浮かぶ恐怖と愛情が、痛いほど伝わってきた。
その夜、俺は一人で灯台まで歩いた。
風が強く、波の音が荒かった。
遥の気持ちも、俺の迷いも、全部わかっているのに、
どうしても前に進めない。
15年の空白は、思ったより深く、二人を縛りつけていた。
「俺たちは……本当にやり直せるのか?」
海に向かって呟いた言葉は、風にさらわれて消えた。
遥の店に灯る明かりが、遠くから小さく見えていた。
その光が、まるで俺に「選べ」と問いかけているようだった。
すれ違いは、静かに、しかし確実に二人の間に影を落としていた。




