第5話 隠していたもの
思い出の巡礼から四日後、俺は遥の店を手伝っていた。
午後のピークが過ぎ、客が少なくなった頃、遥がふとカウンターに手をついてよろめいた。
「遥?」
俺が駆け寄ると、彼女は弱々しく微笑んだ。
「大丈夫……ちょっと立ちくらみがしただけ。」
しかしその夜、閉店後に遥が倒れた。
俺は慌てて彼女を車に乗せ、町の総合病院へ連れて行った。
待合室で俺は拳を握りしめ、医師が出てくるのを待った。
「佐藤遥さんのご家族の方ですか?」
医師の言葉に、俺は「親しい者です」と答えた。
診断は、**慢性疲労と軽度の心臓の不整脈**。
母親の看取り後、休みなく店を切り盛りしてきた疲れが一気に表面化したものだった。
命に別状はないが、このまま無理を続けると危険だと医師は言った。
病室で点滴を受けながら、遥は申し訳なさそうに俺を見た。
「ごめんね……心配かけて。」
俺はベッドの横の椅子に座り、彼女の細い手を握った。
「どうして黙ってたんだ?」
遥は少し迷った後、静かに話し始めた。
「五年前に母さんが亡くなってから、ずっとこの店だけが私の居場所だったの。
休んだら……この町で私が生きてる意味がなくなっちゃう気がして。
それに、拓也くんが帰ってきたばかりなのに、こんな弱いところ見せたくなかった。」
彼女の声が少し震えた。
「本当はね、去年も一度倒れてるの。
でも誰にも言えなくて……一人で大丈夫だって、自分に言い聞かせてきた。」
俺の胸が痛んだ。
15年前、俺が東京に行った後、遥は一人で母親を看取り、一人で店を守り、一人で生きてきた。
その重さを、俺は全く知らなかった。
「俺が……もっと早く帰ってこれていたら」
「拓也くんのせいじゃないよ。」
遥は俺の手を弱く握り返した。
「でも、正直に言うね。
拓也くんが帰ってきてから、少しだけ怖くなったの。
また誰かを好きになって、また失うのが怖い……って。」
病室の窓から見える夜の海は、真っ暗だった。
ただ、遠くの灯台の光だけが、規則的に瞬いていた。
俺は遥の額にそっと手を置き、囁くように言った。
「もう一人で抱えなくていい。
俺がいる。
遅すぎたかもしれないけど……今からでも、そばにいさせてくれ。」
遥の目から、静かに涙がこぼれた。
「拓也くん……」
その夜、俺は病室の椅子で遥が眠るまでずっと手を握っていた。
彼女の寝顔を見ながら、俺は強く思った。
もう、彼女を一人にはさせない。
15年という時間を、俺たちはこれからどう埋めていくのか——
その答えは、まだ見えないけれど。
灯台の光が、暗い海に細く長い道を作っていた。




