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潮風が運んだ言葉  作者: 蒼狐


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3/8

第3話 あの夏の別れ

再会から一週間が過ぎたある夜、遥が店を閉めた後、二人で海辺の小さなバーに行った。

カウンター席で地元の日本酒を飲みながら、俺たちはようやくあの夏のことをまともに話せた。


「本当のことを、聞きたい?」

遥がグラスを両手で包みながら静かに言った。


俺は頷いた。


遥は少し遠い目をして、ゆっくりと話し始めた。


あの夏、俺が東京の大学に進学が決まった頃、遥の母親の病状が急に悪化した。

遥は大学進学を諦め、地元で看護をしながら母親を看ることになった。

俺はそれを知りながらも「大丈夫、俺が稼ぐから」と強がっていた。


でも現実は甘くなかった。


東京での新生活は想像以上に厳しく、俺は毎日の課題とアルバイトに追われ、週末も疲れ果てて連絡を先延ばしにするようになった。

遥はそんな俺を責めず、ただ「無理しないでね」と優しいメッセージを送り続けてくれた。


そして、別れの三ヶ月前。


遥の母親が危篤になった夜、彼女は俺に電話をかけてきた。

声が震えていたのを今でも覚えている。


「拓也くん……お母さんが、もう長くないみたい。

来てくれないかな。一目でいいから、会いたいって言ってるの」


そのとき俺は、大学の大事なゼミ合宿中だった。

教授に気に入られていて、将来の推薦状にも関わる大事な機会だった。

俺は迷った末にこう答えた。


「ごめん、今どうしても抜けられない。

でもすぐに終わったら行くから……待っててくれ」


遥は泣きながら「わかった」と言った。


結局、俺は合宿が終わった二日後に町に戻った。

しかしそのときには、遥の母親はもうこの世にいなかった。


「葬式の後、拓也くんが来たとき……私はもう限界だったの。」


遥はグラスを静かに置いた。


「怒りとか悲しみとか、いろんなものがごちゃ混ぜになって……

『もう待てない』ってLINEを送った。

本当は、ただ『来てほしい』って叫びたかったのに。」


俺は言葉を失った。

あのとき、遥がどれだけ孤独で、どれだけ俺を必要としていたか、全く理解できていなかった。


「俺は……ただ、怖かったんだと思う。

遥に頼られるのが、俺の夢を邪魔するんじゃないかって。

結局、自分が一番大事だった。」


遥は静かに首を振った。


「私も悪かったよ。

もっと素直に『寂しい』『来て』って言えればよかった。

でも、強がって『大丈夫』って言っちゃった。」


バーの窓から見える海は、静かに波を打ち寄せていた。

15年前の夏の夜も、きっとこんな風に波の音がしていた。


遥が小さく微笑んだ。


「でもね、不思議なんだ。

今こうして拓也くんとまたお酒を飲んでると、

あのときの悲しみが、ちょっとだけ優しい記憶に変わっていく気がする。」


俺は胸が熱くなり、思わず彼女の手の甲に自分の手を重ねた。

遥は一瞬びっくりしたけど、逃げなかった。


「遥、俺……」


「今はまだ、いいよ。」

彼女は俺の手を優しく握り返して言った。

「ゆっくりでいいから。

15年も待ったんだもの。あと少し、待てるよ。」


その夜、俺は家に帰る道中、ずっと海を見ていた。


過去の別れは、俺たちの間にまだ深い溝を残していた。

でも、同時に——その溝を埋めようとする新しい波も、確かに生まれ始めている気がした。


潮の音が、遠くで静かに響いていた。


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