第2話 灯台の記憶
再会から三日が経った。
俺は毎朝、父のリハビリを手伝った後、なんとなく「潮音」の前を通るようになった。
遥はいつもカウンターの奥で微笑んで手を振ってくれる。言葉は少ないけど、その微笑みが不思議と心を軽くした。
その日、店が閉まる少し前に、遥からメッセージが来た。
「よかったら、灯台まで散歩しない?」
俺は自転車を飛ばして店に行き、閉店作業を手伝った。
遥はエプロンを外しながら、少し照れたように言った。
「昔、よく行ったよね。あそこ」
海沿いの道を二人で歩く。
夏の終わりを告げる風が、潮の匂いを運んでくる。遥の横顔を時々盗み見ながら、俺は15年前のことを思い出していた。
当時、俺は23歳。東京の大学に進学することが決まっていた。
遥は地元で母親の介護をしながら、将来を模索していた。
最後の夜、灯台の下で俺は彼女に言った。
「待っててくれ。必ず迎えに来るから」
遥は泣きながら頷いた。
でも俺は、約束を果たせなかった。
東京での生活に飲み込まれ、電話も次第に減り、三年目に彼女から届いた「もう待てない」というメッセージに、俺はただ「ごめん」とだけ返した。
「あのとき、すごく傷ついたよ」
灯台に着き、柵にもたれながら遥が静かに言った。
声に怒りはなかった。ただ、穏やかな諦めのようなものが混じっていた。
「俺は……本当に最低だった」
「ううん。今は責めていない。ただ、ちゃんと話したかっただけ。」
遥は海を見つめたまま続けた。
「母さんが倒れてからは、自分のことで精一杯で……拓也くんのことを考える余裕もなくなった。
でも、時々、この灯台に来ると、ふと思うの。
『もしあのとき、違う選択をしていたら』って」
俺の胸が痛んだ。
15年という時間は、二人から多くのものを奪い、また多くのものを与えていた。
しばらく無言で波の音を聞いていた。
遥が小さく息を吐いて、俺の方を向いた。
「でもね、今はこうして拓也くんとまたここにいられる。
それが、なんだか不思議で……少し嬉しい。」
その言葉が、胸の奥にじんわりと染み込んだ。
帰り道、俺は遥の横をゆっくり歩きながら思った。
もう若くない。
取り戻せない時間はたくさんある。
でも、まだ残されている時間もあるのかもしれない。
家に帰る直前、遥が振り返って言った。
「おやすみ、拓也くん。
また、ゆっくり話しましょう」
彼女の後ろ姿を見送りながら、俺は灯台の灯が遠くで瞬いているのを見上げた。
潮風が、優しく、でも少し冷たく頰を撫でた。
15年分の想いが、まだ胸のどこかに温かく残っているような気がした。




