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ヴェリタスの最終定理Ⅲ 野狐の偽証  作者: 王牌リウ
●第18章:混沌の街

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真理3:襲い来る刺客!燃やされる旧友!

王都中央警察署の威圧的な巨大建築から通りを一本隔てた場所に、その古びたバルは存在していた。

薄暗い店内には、旧時代のフィルム映画からサンプリングされたような、くぐもった、小粋なジャズの旋律が流れている。

窓の外では、新王都特有の冷たい雨がアスファルトを黒く染め上げていた。

店の最も奥、外界からの視線を遮るように配置されたボックス席に、三人の男女が座っていた。

ニルヴァーナの首領であるヴィルゴ・ライ・リーア。

その最高戦力であるアキラ・トバリ。

そして、記憶喪失の竜人、アスナ・クライフォルトである。

テーブルの上には、三者三様の食事が並べられていた。


「ニーアの奴、こんな土砂降りの中でどこへ調査に行ったんだ」


アキラは目の前に山と積まれた牛の赤身肉のステーキをナイフで切り分けながら、不満げに呟いた。

アスナはアキラの独白を無視し、両手で持った大きなチョコレートドーナツに噛み付いた。

ヴィルゴはグラスに入った年代物の赤ワインを静かに揺らしながら、微笑を浮かべた。

彼女の前には、ゼランディア近海で獲れた深海魚のポワレが上品に盛り付けられており、彼はそれを一口大に切って優雅に口に運んだ。


「ヴィルゴさん。いくら不可侵の取り決めがあるとはいえ……ここは奴らの本拠地の真正面だ」


アキラはフォークで次の肉を突き刺しながら、鋭い視線を窓の外の警察署に向けた。


「灯台下暗しという古き良き言葉があってね。それに、今の警察上層部は我々ニルヴァーナにかまけている余裕などないのさ」


ヴィルゴはワインを一口飲み、静かに息を吐き出した。

アスナはドーナツを飲み込み、手元のブラックコーヒーを一口啜った。


「マフィアと不可侵条約を結ぶとはな。警察の連中も、とことん堕ちたものだ」


「違う。アキラ。彼らは泣きついてきたのではない。彼らは損切りを行ったのだ」


ヴィルゴはポワレの最後の一口を飲み込み、ナプキンで口元を拭った。

アキラは眉をひそめた。


「警察は、自警団の暴走と我々ニルヴァーナとの抗争、二つの戦線を同時に維持することは不可能だと判断した。だからこそ、だ」


「一時的な休戦協定。だが、そんな紙切れ一枚の約束がいつまで持つかは分からない」


「もちろん。だから、我々も次の一手を考える必要がある。ゼランディアの同胞たちを守り、この理不尽な迫害の連鎖を断ち切るための手段をね」


ヴィルゴの瞳には、組織を率いる長としての強い意志が宿っていた。

アスナはコーヒーカップをテーブルに置き、二つ目のドーナツに手を伸ばした。


「だからこそ。怠らないことだ。警戒を。……予想外の事態というものは常に起こり得る」


ヴィルゴのその言葉は、まるで、これからの悲劇を予言しているかのようであった。

アキラは空になった皿を押しやり、腕を組んだ。


「……ニーアの調査結果を待とう。彼女なら、何か、重要な手がかりを掴んでくるはずだ」


ヴィルゴはそう言って、再び窓の外の雨を見つめた。


その時。

バルの入り口のベルが、場違いなほど軽やかに鳴り響いた。

三人の視線が、同時にその方向へと向けられた。

バルの古びた木製のドアがゆっくりと開き、冷たい雨風と共に一人の男が店内に足を踏み入れた。

全身はずぶ濡れで、泥と、正体不明の汚れに塗れている。

男の目は虚ろでありながらも、異様な執念の炎が奥底で揺らめいていた。

彼は食事を楽しむ客たちには一切見向きもせず、一直線に奥のボックス席へと視線を固定した。

彼の手には何も握られていないように見えたが、アキラとアスナの研ぎ澄まされた感覚は、男の袖口に隠された鋭利な殺気を確実に捉えていた。


「……対象の精神状態は、極めて不安定」


アスナはドーナツを持った手を止め、静かに警告を発した。

男の唇が微かに動き、聞き取れないほどの小さな声で何かを呟いている。

彼はただ、破壊と殺戮という目的のためだけに動く、壊れた機械のようであった。


「どこの狂人か知らないが、食事を邪魔する気なら、それは、容赦はしない」


アキラはいつでも着装の掛け声を発することができるよう、腰のナンバーに意識を集中させた。

男がボックス席に近づくにつれ、その足取りは次第に加速していった。

そして、テーブルからわずか数メートルの距離に達した瞬間、男は隠し持っていたナイフを引き抜き、絶叫と共に襲いかかってきた。


「……ム!だけどお前は?ぼくの未来を、殺したんだミッ!」


それは、血を吐くような凄絶な叫びであった。

アキラの動体視力は、男のナイフの軌道が正確にアスナの心臓を狙っていることを瞬時に見抜いた。

アキラにとっても、アスナにとっても、そしておそらくヴィルゴにとっても、それはアスナを狙った襲撃であると認識させるに十分な動きであった。


「アスナ、危ない!」


アキラがアスナを守るべく身体を動かそうとした瞬間。

ヴィルゴが信じられない速度で動いた。

彼女は自らの椅子を蹴り飛ばし、テーブルを越えてアスナの前に立ちはだかったのだ。

男のナイフが、ヴィルゴの脇腹に深々と突き刺さった。

ヴィルゴの口から一筋の鮮血が流れ落ち、高級なスーツが赤く染まっていった。


「そうだ!それでいい!……待ちかねたよ、私の獲物!」


ヴィルゴの言葉には、有無を言わせぬ重みがあった。

アスナは目の前で血を流すヴィルゴの背中を見つめながら、その光景の非論理性に脳の演算回路をフル稼働させていた。

なぜ、ヴィルゴは自分を庇ったのか。

男の攻撃は明らかにアスナ自身を狙っていたにもかかわらず、なぜ、ヴィルゴは盾となったのか。

アスナの疑問に対する答えは、直後に訪れた。

ヴィルゴの体内から、圧倒的な魔力の奔流が爆発的に放たれた。

それは、アキラの黄金の魔力とも、アスナの青い魔力とも異なる、温かくも恐ろしい、桃色の波動であった。

その波動を感じ取った瞬間、アスナの記憶のデータベースに強烈なエラーが発生した。


「この波長。あり得ない。いや、やはり……」


アスナの目は驚愕に見開かれた。

その桃色の魔力波動は、エラーラが使用していた魔法と、一寸の狂いもなく同じものだったのだ。

なぜ、マフィアの首領であるヴィルゴが、エラーラと同じ魔法を使えるのか。


「リオン・ゴルドファング!『片割れ』を、自らの手で殺せて嬉しいよ!」


ヴィルゴの口から紡がれたその言葉は、さらなる驚愕を呼んだ。

どこにでもいるような、名も無き狂人。

そう思われていた男のフルネームを、なぜ、ヴィルゴは正確に認識しているのか。

まるで、この襲撃を最初から待っていたかのように。

ヴィルゴの言葉の意味を理解する前に、彼女の掌から最大出力の魔法が解放された。

凄まじい閃光と轟音がバルを包み込む。

桃色の爆炎がリオン・ゴルドファングの身体を内部から焼き尽くし、跡形もなく爆殺した。

飛び散った肉片と血の雨が、バルの床と壁を赤く染め上げる。

ヴィルゴは血まみれのまま静かに立ち尽くし、その表情は、どこか安堵したような奇妙な感情に支配されていた。

アスナは震える手でコーヒーカップを握りしめながら、目の前で起こった不可解な事象の連続にただ圧倒されていた。

自分を庇ったヴィルゴの真意。

エラーラと同じ魔力波動。

リオンという男の正体と、ヴィルゴの片割れという言葉の意味。

論理的な解明には、圧倒的に情報が不足していた。

しかし、この事件の真の悲劇は、バルの外で静かに進行していた。

爆発音を聞きつけ、バルの窓ガラスの外には数人の市民が集まっていた。

彼らの目に映ったのは、狂人から身を守るための正当防衛の光景ではなかった。

血まみれのゼランディア系マフィアの首領が、無抵抗の新王都の市民を、恐るべき魔法の力で無惨に爆殺したという、残酷な物語のワンシーンであった。


「見ろよ。あいつら、俺たちの仲間を殺しやがった!」


「やっぱりゼランディア人は人殺しの怪物だ。警察の目の前でこんな真似を!」


窓の向こう側で、市民たちの顔が憎悪と怒りに歪んでいく。

事実は瞬く間にねじ曲げられ、新たな火種として街中へと拡散していく。

ニルヴァーナのボスが新王都人を正当防衛で撃退したという真実は、番号持ちやゼランディア人が新王都人を殺害した……という狂気の物語へと完全に書き換えられてしまったのである。


「平和は破壊された。だがね。私はいま、満足だよ」


ヴィルゴは顔を歪めながらも、微かな笑みを浮かべていた。

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