わたしきれい?
(初!結婚後の話)
「────コッチなんてどうですか?」
「はいはい」
「あ、コッチの方がいいですか?」
「はいはい」
「わたし、きれいですか?」
「はいはい」
結婚してから初めてのデート。
お義姉様に勧められた服飾店に旦那様と馬車で向かい、店に入るまでは良かったのだけれど………………。
「…………〜っもう!ちゃんと答えてくださいっ!!」
耐えきれず少女……コホン、女性が店内にも関わらず叫べば男は面倒くさそうに顔を顰めた。
カップルや夫婦間でもよく見られる光景ではあるが、如何せん片方がなんとも若々しい。
はっきり言って幼い容姿に今は隠すこともなく素直な感情表現である。
予めこの店をご贔屓にしてもらっている辺境伯夫人(元伯爵令嬢)から話を通されていなければ、歳の離れた兄妹か酷ければ親子にさえ間違えるところであった。
確かによく観察すれば、女性の方はまだ幼さを残しても佇まい姿を少し遠近調整か拡大をすれば、成人女性に見えないこともない。少女にしては出るところも出て身長の伸びだけに悩んでる年頃にも見える。
流石にこれで幼女だと思う人間はもうどこにもいないだろう。まぁ成人女性と即判断できる人間もいないと思えるが。
その隣では店に入ってから始終顰めっ面をしている男も、店員にとっては見慣れたものである。少し顔が良すぎる気もするが、普段からこの店を贔屓にしている辺境伯夫人を知っている彼女たちはそこまで気にしない。
なるほど、流石はご姉弟。そう頷くだけで済むのである。
「あっ、コレ以前お義姉様に頂いたドレスに似ています。色は違いますが、こんなに似たような商品を作れるなんてすごいです!」
若干言葉遣いも店に入ってすぐのときと比べたら幼さを感じるが、まぁ色とりどりの商品に目を光らせた女性客は大抵そうなる。
店員もその様子をにこやかに眺めながら、補足を促す。
「当店では全く似た、揃いの服を用意できることを自慢としております。姉妹間や親子、統一の取れた服を身につけることで仲を深め、同じものを楽しめる喜びを提供いたします」
店員が横から口を挟むことなどそうそうないが、あまりに素直に感激している表情を見せる女性に釣られ説明をしてしまう。
突然店員に話しかけられた彼女もそれを気にすることはなく「すごいですねっ!」とこれまた素直な感情表現を見せる。
あまりにも愛らしい姿にうっかり絆されかかった店員だが、そこは矜持でどうにか耐える。
店員が心の内で打ちひしがられているのを表面上取り繕っている間、その原因たる女性もまた胸の内で意識が他に向いていた。
(…………旦那様、まさか店員さんの説明にイチャモンつけたりしませんよねっ?!)
自身が聞いている限りとても分かりやすくまとまった説明ではあったが、自分の夫がこれに対して何を言うか予想はつかない。
女物を揃えたところで、とか何故それで仲を深めることになる、とか人として信じられないツッコミを目の前でするのではないかと一人ヒヤヒヤしていた。
しかし妻(っ!)のそんな心配もあえなく、男は何も言わなかった。
未だ顰めっ面に変わりはないが、店員の説明も興味がなかったのか聞いていない様子だった。
それに気がついた彼女もコッソリと安堵して、先程見つけたドレスをもう一度眺める。
よく見れば細部はところどころ異なっており、目の良い者は同じ品とは口にしないだろうことがわかった。
あまりに浅い発言だったと少しばかり反省しながら、彼女はそれを手に取り自身の体にあてがう。
「どうですか?こちらも似合いますか?」
後方を振り返って見せれば、彼はやはり興味もなさげに「はいはい」とあしらいの言葉をまた続けた。
ムッ……。とまた彼への憤りを思い出せば、彼女も口を曲げた。
結婚できたとはいえ、未だに自分の旦那様はわたしへの興味が薄い。
そのことに改めて気付かされれば、まるで婚約時代、いや下手をしたら婚約以前の気分に遡る。
「仕方がない」と自身に言い聞かせようと思えば同時に「もう結婚してるのに」とも思う。
だからこそ彼女は口を尖らせた。
「……ウィルは『綺麗で似合ってる』って言ってくれたのに」
普段であればウィル“さん”と呼ぶのだが、このときは独り言であったのと、普段から自分の夫が「ウィル」と連呼するのでつい口から漏れたものだった。
そのウィルから以前言われた褒め言葉も、夫の目の前で行われた応酬であり、それは夫も承知していると彼女も認識していた。
決して夫に対しての嫌味でもなければ、夫の気を引こうとあえて他人の男の名を挙げたわけでもない。
何より、彼女にとっては本当に誰に向けてでもない、ただ独り言だった。
相変わらず褒め言葉の一つも言ってくれません、ともはや諦めの境地でさえあった。
だからこそ、それが夫にどんな感想を抱かせるかも、そもそも夫の耳に届くとさえも彼女は考えていなかった。
始終顰めっ面で店頭に並ぶ品にも興味を見せず、その品々に目を輝かせた自分にも興味の薄い夫が、自身の小さな独り言を拾うなど。
それこそ夢にも思っていなかった。
だから、次の衝撃が彼女に最大威力で襲いかかった。
グイッ!
と音がしそうな程勢いよく腰を背後から引かれたかと思えば、自身の体を包み込むように全身に影が指し彼の体温を衣服越しに感じる。
そして耳元を擽られるような錯覚を起こしながら、彼女は自身の夫の吐息を全身で感じ取った。
「…………決まってんだろ。一々言わせるな」
それまで、一度として外でそんな甘やかな声で囁かれたことのない彼女にとって、それは全くの予期としない衝撃だった。
甘い声が耳から脳を侵し、全身に痺れた。
もはや腰が砕けるのではと感じながら、そこはどうにか矜持で耐え抜いた。
「…………〜っ結局、っハッキリとは言ってくれないんですねっ!!」
そう一番初めの不満を口にするのが精一杯で、彼女は彼から顔を背けた。
今、きっと自分はこれ以上ないほど全身赤く染まってる。
そう自覚してしまえば、好きな人の爆弾発言の衝撃と相まって恥ずかしくて仕方がなかった。
今自分の耳元で囁いた男がどんな表情を浮かべていたとも知らずに。
「じゃあ、二人きりになれる場所に移るか?お前が満足するまで付き合ってやるよ」
「なっ……〜っな!!」
腰に回されていた手が更に強く引かれたことから、彼女も慌ててそれに抗う。
「なっ、もういいですっ!!もうわかりましたからっ!!」
全身で拒絶をアピールする妻に、男もようやく手をその腰から離した。
妻の意識が完全に服でも店員でもなく自身に向いていることが確認できれば、いつもの通りだと結論づけることができた。
先程自身の中に湧いた不快感も、今では完全に晴れている。
「………………〜っ!せ、せめてそういうのは夜とかに」
「なんだ、こんな昼間から夜の誘いか?俺の嫁は思いの外積極的だな」
「……っ〜!?もぅっ!……もうっ!!」
自分の妻が全身真っ赤にして満足に文句も言えない様を上から眺め、男は一人クツリと笑った。
そんな二人の様子を、店の店員は見せつけられている立場にも関わらず、暖かく見守っていた。
完全に否定しきれないところが旦那にべた惚れ感の新妻ちゃん。
結婚後の話もかけたことでやっと娘ちゃんがかけるようになりました!娘ちゃんが一番の癒やしです。




