四話 デートの話
「愚弟。わたくしのお願い、聞いてくれるわよねぇ?」
「………………」
「愚弟?」
「…………承り、ましたっ、姉上」
有無を言わさぬ姉に、騎士団長さえも怯ませた美丈夫な騎士はその圧力に敵うことなく是と答えさせられた。
その隣では普段から愛くるしいほど丸みを帯びた瞳を更に大きく丸め、そしてキラキラと夜空に浮かぶ星のごとく輝かせている少女。
会話(?)からもわかる通り、自身の姉に強く出れないかの騎士はその姉からとあることをお願いされたのだ。
「お義姉様、ありがとうございますっ!」
「いいのよ。この子がなかなか素直にならないのが悪いのだから」
俺はいつだって正直だ。
騎士は心のなかでそう反発したものの、それが声となって外に出ることはなかった。
出したところで、この姉の前ではなんの意味を成さないことがわかっていたからだ。何だったらさらなる痛手を負うことさえある。
「じゃあ二人で城下のデート、楽しんできてね」
「はいっ、お義姉様! 行ってきます!」
「行ってらっしゃい」
姉に見送られ、自分よりも遥かに背の低い少女に腕を引っ張られながら彼は自宅を出るのだった。
玄関の目の前には普段見るものより質素な作りの馬車が一台止まっており、御者が扉を開けて待ち構えている。
(何故折角の休日を外出に費やさなければならない)
そう思わずにはいられないという心情を見事に顔面で表している彼にはお構い無しで、普段のそれよりも殊更質素なドレス、もとい庶民向けのワンピースを着た少女は嬉しそうに彼の腕を引き寄せた。
「旦那様っ。わたし、城下に行くのはこれが初めてなのです!」
心なしか浮かれたようにそう言葉を紡ぐ彼女に対し、男は大きく息を吐いた。
「何で俺が、休日に、ガキのお守りを見なきゃいけないんだ」
「あら、旦那様。旦那様は騎士様なのですから婚約者を守るのは当然のことではありませんか?」
「婚約者じゃない」
あっけらとした様子で少女が質問し返したものの、男は未だに拒絶の言葉を吐いていた。
しかし、これまで何度も行われたであろうそのやり取りは男にとっても飽き飽きしたものなのかどこか覇気がなく、疲れを含んでいるようだった。
そんな彼を御者と協力して馬車の中に引っ張り込めば、少女は少し落ち込んだように小さな声を上げた。
「お休みの日にお邪魔してしまったのは申し訳ありません。……でも、どうしても城下に行きたかったのです。ただ、お母様に一人で行くのはダメだと言われて、」
「なら他のやつを誘えばいいだろっ!」
しかし、少女の言い訳は最後まで言葉にされることはなかった。普段より強い語気、いや、普段からそうであったのかも知れないが、キツい物言いで男が言い切ったからだ。
少女はその言葉の圧に驚いたのか、一度肩を小さく揺らしその瞳を瞠った。そして、まるでそれを隠すようにすぐに頭を下げ俯いてしまったのだ。
その間に馬車はゆっくりと走り出した。
しばらく馬車が走ったあと、馬車の中は沈黙の時間があったが車窓の外から人の多さが目立ち始めたところで少女はそれまでの沈黙が何でもなかったように明るく声を上げた。
「だ、旦那様っ。そろそろ城下のお店や通りに近付きますし、どこか路地裏で馬車を止めてこっそり降りましょう? 流石に人のいるところで降りるのは目立ち多そうですし……」
「………………」
終始無言を貫く彼になんと言えばいいのかわからなくなった彼女は、辺りを見回して御者に告げた。
「すみません、あの脇道に入って馬車を止めてくださいっ」
そう頼めば、馬車は緩やかに方向を変え、その脇道へと入っていった。
しかし、馬車の速度がゆるまる寸前、それまで不機嫌そうに黙り込んでいた騎士がそれを止めた。
「駄目だ、馬車を止めるな。そのまま進めろ」
「え?」
驚く少女に何も答えることなく、彼はまた黙り込み、馬車は彼の指示通り留まることなく進む。
これに慌てた彼女は、男に急いで尋ねた。
「何故馬車を止めてはいけないんです?! あのっ、これではお店のある通りから離れてっ、」
「………………」
またもや黙り込んでしまった騎士に、これ以上何かを言うこともできず少女は落ち込むように顔を俯かせた。
お店のある通りから離れるということは、本日目当てにしていた店からも離れるということである。
御者を困らせることになるのでこれ以上反対の指示を出すこともできず、彼女は自然と涙目になるのを必死に堪えるしかなかった。
これ以上彼を困らせるのも嫌だったので、どうにか泣くまいと目に力を込めていると、突然黙り込んでいた騎士が御者に指示を出した。
「おい、次の角を左に曲がれ」
緩やかに馬車が進路を変え、新たな細道に入ると男はさらに指示を続けた。
「次は斜め右だ。その次はまた左に曲がれ。……しばらく真っ直ぐ走ったらT路地があるから、そこを右に曲がれ」
矢継ぎ早に出される指示に少女が唖然としていると、馬車は先程男が指示したとおりに道を曲がる。
あまりのことに少女が思考を取り戻せないでいる間、彼は次々と新しい指示を御者に向かってしていた。
目的地から離れているのか近づいているのかさえ分からなくて無理に止めることもできず、頭の内外に疑問符を浮かべていると彼はちらりと目線をよこし「俺は姉貴に頼まれたことを最優先に終わらせる」とだけ言葉をこぼした。
邸宅を離れる寸前、彼の姉が男に頼んだことは「おつかい」だった。
城下にあるとある店で今日数量限定として発売されるものを買ってきてほしい。
『あ、ついでに新妻ちゃんも連れてってデートしてきなさい』
とはその後すぐに付け足された言葉であるが、普段からあの店のこれをこれぐらい買ってこいという命令、曰くお願いをされることはあったので買ってきてほしいというのは本心からなのだろう。
そして『ついでにデート』というのも偽りではないであろうことも予想がつく。
かと言って、この騎士がいくら普段は逆らえない姉の願い、もとい命令だからといってそう素直に受け入れるとも思えない。
普段は彼の『新妻』と強気に公言している彼女からしても、そう思わざるを得ないのだ。
だから今、目の前で今の今まで不機嫌に黙り込んでいた彼が動き出したのに戸惑いを感じざるを得ないのだ。
「そ、それはつまりお義姉様の指示したお店から回る、と?」
「そうだ。数量限定と言っていたからには行った先で売り切れてたらアイツが何というかわからないからな」
そもそも、彼にとってすれば姉の指示した店で目当てのものを買えさえすれば問題ないのだ。何だったらその行為だけで姉の付け足した「デート」もクリアできる。
そのことにようやく納得の言った彼女は少し残念な気持ちになりながらも、無事に城下に行けることを喜んだ。
もちろん、自分が一番に目的にしていた店に寄れないことは悲しいが、彼がデートの遂行をする気があることはわかったからだ。
実際、馬車に乗るまではいいとして、そのあとは適当に走らせたあと一度も降りることなく邸宅に帰ってしまうこともできる。
いくら姉が怖いとはいえ、すでに売り切れていたと言えばまだ誤魔化しが聞くだろう。
そうではなく、あくまで姉の請う品だけは買いに行く姿勢を取る彼は実直であるとも言える。
普段は粗雑な態度ではあるが、やはり彼はこの国の騎士団に所属する人間なのだ。
…………まぁ、相手が姉ではなく他の人物であった場合はどうなるかわからないが。
「……お義姉様が頼まれたのは、確か城下でも最近有名なケーキ屋さんでしたね。本日限定商品として異国の果実がふんだんに盛り合わせられたフルーツタルトでっ。広告を行うお店の方によれば、それはさながら宝石が詰め込まれた宝の海のような姿で、目で楽しみ、口で楽しみ、心で味わうことのできる史上最高のっ」
「作り手が『史上最高』つったらもう二度とそれ以上の菓子が作れなくなるだろ。バカか?」
「………………という噂ですわ」
そもそもこの城下へのデート、もといお出かけに乗り気でない彼にしては、嫌気に皮肉を言うのは最もだろう。
それを理解した同乗者たる未来の新妻ちゃんなる少女は少し間を開けて、フォローという名の補足をした。
それに何を思ったのか、はたまた何も感じていないのか彼は「フン」と一度鼻を鳴らした。
少女もまた、自分の感情に折り合いをつけたあと流れる窓の外を眺めるのだった。
「いらっしゃいませ!本日は数量限定の異国果実盛り合わせフルーツタルトの販売を行っておりますっ。品数もあとわずかっ!」
「あのっ、フルーツタルトはまだありますかっ!?」
店頭に着けばそこには長蛇の列が彼女たちを待ち受けており、その最後列にて大きな看板を抱えた店員がその人の列を取り締まっていた。
「おや、可愛いお嬢さん!えぇ、フルーツタルトはまだありますよっ」
「ならっ!!」
「はい、これ引換券ね。これがないと買えませんから失くさないようにね」
14歳の少女に対しては少しばかり過剰なお世話を焼くふりをする店員を気にする間もなく、彼女は詰め寄った。その結果一枚の販券を得て、彼女はその瞳を輝かせた。
「……ちなみにっ、販券一枚に付きタルトは一個だけだから気を付けてね」
「…………え?」
「おや、後ろのお兄さんもタルトの列に並びますか?」
「………………」
数がまだ複数残っているのなら自分の分も、と考えていた彼女はもう一枚貰えないかとお願いしようとしたところで、店員が持つ看板に「お一人様一枚に付き一つ」と書かれているのに気が付き、反応に困っているとその人が彼女の後ろに向かって声をかけた。
急いで少女が後ろを振り向けば同じく馬車を降りて追ってきたのか、顔を限界まで顰めさせた彼がいた。
(てっきり降りられないのかと……)
考えていた彼女が彼を訝しく思っていれば、彼はその限界まで顰めさせたもったいない王子様風の顔を隠すこともなく立っていた。
「……あ、あのっこの方はわたしの」
「……あぁ、一枚貰おう」
「承知しましたっ。こちら、最後のタルトの販券となります!…………本日っ数量限定フルーツタルト引換券が無くなりましたので無事完売とさせていただきまーすっ!!」
彼が店員から一枚の販券を渡されたと同時にその店員が声を張り上げてそう宣言した。
彼よりも後方の方で「あちゃ〜」「やっぱり間に合わなかったな」「あの人ラッキーだったな」という声を上げる人々がいる。
その中の数名は諦めたようにこちらに背を向けていた。
「あ、あのっ騎士様っ?わたしが既に一枚販券を貰っているのですから、そちらは必要では」
「黙ってろ」
慌てて少女が騎士に言い募るが、彼はそれを聞くこともなく黙させた。
自分の付き添いのために馬車を降りたと思っていたのに、彼女には彼の意図がさっぱり分からず、ただ言われたとおり黙ることしかできなかった。
(……もしかして騎士様も食べたかったとか?異国の果実なんて普段はお口に出来ませんし……)
無事フルーツタルトを2つ購入出来たあと、少女は騎士がすぐにでも馬車に戻るのかと思っていたら彼は周囲を見渡したあと何かを確認したのか馬車を止めた方向とは違う方へ歩き始めた。
少女は不思議に思いながらも彼の後を追うと、彼は街の角に立つカフェの中に一切の迷いなく入っていった。
「え……?えっ?」
戸惑いながらも彼女が彼に続いて店内に入れば、彼はすでに店内の席を選びそこに座っていた。
「…………あ、あの」
「……ンなところに突っ立ってねぇーで、お前も早く座れ」
「あ、はい」
失礼します、とかわらず疑問符を頭の上に立てながらも彼女は彼の正面に座った。
彼はいつの間にかそばまで近づいてきていた店員に声をかけ、苦味の強いお茶を一つ頼むとこちらに続きを促した。
「え……、えっ。あ、じゃあ紅茶で」
「かしこまりました。店内は持ち込み飲食可能となりますので、ごゆるりとお過ごしくださいませ」
「……え?」
少女が注文を終えると、店員はそれだけ言って踵を返してしまった。自分たちがケーキ屋の箱を持っているからそれのことを指していたのだろうか、と彼女なりに考えていると早くも店員が二人分の飲み物を持ってきた。
店員が去ったあとも、目の前の騎士はこれと言って動くこともなく、先程店員が運んできたオシャレなカップに口をつける。
どうしてここに来たのかもわからない彼女は何度も頭に疑問符を浮かべ、彼を見つめた。
すると、少女の向ける視線に気づいたのか騎士は一度眉を顰めると彼女と視線を合わせた。
「どうした、食わないのか」
「……ぇ?」
騎士が示す方には先程買ったばかりのタルトが入った箱がある。
まさか、と彼女は慌てて首を横に振った。
「いけませんっ!これはお義姉様に頼まれていたのですからわたしが食べてしまうだなんてっ!!」
「たしかに姉貴頼んできたものだが、頼まれたのは一つだけだろ」
「……えっ」
突然の騎士の言葉に少女は慌てることも忘れ、呆然とした。
彼女がその言葉を飲み込む前に、彼はさらに言葉を続ける。
「ついでに言えば、姉貴は俺にそれを一つ買ってくるように言ったんだ。お前が勝手に貰った販券のそれは知らん」
彼の言葉にキョトンとしていた少女はじわじわとその言葉の意味を理解する。
彼が言うには、彼が買った分を姉のお使いとし、少女が買った分は好きにしていいということ。
それすなわち、この場で少女が食べていいということである。
「ありがとうございますっ!」
「………………」
彼の分かりづらい優しさ?にお礼を言って、彼女は早速ケーキの入った箱を開けた。
そこには、さながら宝石の宝箱のようにキラキラと輝くタルトが鎮座していた。
義姉からこのタルトの話を聞いたとき、もしも数が間に合えば自分の分も、と期待を込めるように考えていた彼女はこれがこの世の美しいものをすべてを詰め込んだものにも思えた。
その感動する様は傍から見ていて、まだまだ幼くも愛らしい少女そのものであった。たまたまその姿を目撃していた店員が少女の愛らしさに微笑んでしまえるほどだ。
まさか店員も見た目も表情も幼さ全開の彼女が、齢14の貴族の令嬢とは思いもしなかったけれど。
しかし、やはりと言ってかそれ(主に愛らしい少女)を目の前で直視できたにも関わらず、かの騎士は何を思うこともなく苦い茶に口をつける。
これが常日頃からの様子なのか、そうではないのか、店員の承知できる範囲ではなかった。
「旦、……っ騎士様もひとくち食べられますか?」
何かを言いかけ、相手にひと睨みされたと同時に言い直した彼女の言葉にその相手は鼻を鳴らした。
「んな甘ったるそうなもん食えるか」
吐き捨てるようにそう言う彼に、少女は確かに、と納得した。
己の母親から意地悪で出された苦味の強いお茶をいつしか好むようになっていた彼が、甘い果実も菓子も好むとは思えない。
美味しいものを共有できないことに残念さを感じながらも、彼女は箱に入っていた簡易フォークで自分の口にその果実を運び込む。
(うん、甘い)
「…………まぁ、お前が直接食べさせてくれるってなら考えてやってもいいぞ?」
「…………っぇ?!!」
(それはこのフォークでっ!?それとも手とかっ!あっまさかお口同士なんてっっ!!??)
彼の言葉に驚いた彼女は瞬きの間に顔を赤く染め上げた。その様子を見る騎士はこれまた楽しそうな声色で笑った。
彼が冗談を言ったのだと少女が気がつけば、恥ずかしさとほんの少しの残念さに顔を俯かせた。
それと同時に、彼女が一つ思ったのは。
(ぁ、……これって、お義姉様に言われていたデートみたいね)
さて、これを知ってか知らずか騎士はひとしきり笑ったあと、またその苦いお茶に口をつけた。
まだ見た目の幼い14歳の少女と王国の(無駄に顔がいい)騎士が同じ席についていると何やら犯罪めいているように見えなくもないが、この店の店員はただ微笑ましげにそれを眺めるだけだった。




