王立ヴェルト学園
カリアの朝は早かった。
朝の4時頃に目を覚ました彼は身体を鍛える為、眠いのを我慢して宿を出る。
長い距離を走り、腕立て伏せやスクワット、ボロくなった両刃の剣を鞘から抜けないよう紐で縛って素振りを始めた。
ムーンフォースは無理でも、基礎だけは。そう考え長い年月、カリアはそんな日常を続けている。
学園に通う日は、7時前に特訓を終わらせ宿屋に帰還。
ある貴族の当主がカリアが18歳になるまで、この宿の宿泊費を出す約束をしていた。
少しだけ広い空間にベッドが一つ置かれた部屋に、トイレやシャワー付きのシンプルな宿屋。
最近は涼しくなってきたとはいえ、運動して出た汗を洗い流す為シャワーを浴び、他の服に着替えだす。
宿屋の人の親切で頂いた、ジャムを塗ったパンを1枚口の中へ放り込み、水を飲んだ後に歯を磨く。
素振りで使用していたボロい剣を腰に掛け、学園生徒の証であるローブを纏った。
「行ってきます」
宿屋の人に声を掛けて出発する。
8時前にまた宿屋を出た少年は、通学する王立ヴェルト学園へと移動した。
王立ヴェルト学園。
何世代か前の国王、ヴェルトバッハ王の立案で創設させた学園は、王都アルタイルの北西部に位置する。
入学の試験は優しいが、そこからの成果が得られない者は、進級出来ない。
成長する者だけが上へ進む事の許された。貴族だけでなく、平民も通える学園。
10分程歩いた事で到着し、他の生徒達と共に門を潜る。
カリアが門より少し先に移動した辺りで、後ろが騒がしくなった。
後ろを眺めれば、門の前に1台の馬車が止まっている。
観るからに逞しいキングバイフォンと呼ばれる馬型のモンスターと。豪華な装飾の施された、大きな馬車。掲げられた旗には王都アルタイルの西部を意味する、グリフォンの刺繍が。
「──マカ」
それを眺めたカリアは、意図せず呟く。
同じタイミングで、階段を用意した御者により馬車の扉が開かれた。
中から現れたのはカリアと同い年程の、綺麗な少女。
少しウェーブのかかった長い金髪に、軽くつり目ガチだが優しさを帯びた青い眼。
学園ローブで身体は隠れているが、顔や手は肌白く綺麗で清楚さを感じさせる。
緑色の小さな蝶型リボンを、顔の左右に垂らした長い前髪の目横辺りに飾っていた。
彼女はアルタイル王国の中でも特別な貴族。
王都の西地区を護る役目を任された。四大貴族が1つ、アンジェリーナ家の1人娘。
名は、マカハーン・ウエスト・アンジェリーナ。
「あら? カリアじゃない。おはようございますわ」
そんな彼女が、銀髪の少年に気がつき挨拶をしてくれた。
「おはよう、マカ」
苦笑いを浮かべながら少年は、少女に何時も通りの挨拶を返す。
──周りの視線が痛かった。
それもその筈。カリアはただの平民だ。
そして、周りの人達は2人の関係を知らない。
今は余り関わる事は出来ないが、幼い頃は共に遊んだ。
理由があり、隠蔽された情報を周りに伝える事は許されていない。
周囲がヒソヒソと会話を始める。
どうせ「落ちこぼれ」が何だと、悪口を言っているのだ。
慣れはしないが、最近は気にしない事に決めている。
2人は並んで教室に歩きだした。
「今日から上月が終わるまでの間に。皆には、こちらが準備した依頼を達成してもらう」
男性の先生1人が声を拡げて生徒達に伝える。
あれから時間が経ち、1年の生徒全員が1ヶ所に集められていた。
場所は学園の校庭。
ちなみに上月とは、この世界の何月かを示す言葉だ。
今は冬だが。
冬の上月、中月、下月と進み、次は春の上月になる。
こちらの世界では冬から春に変わった途端、年を越すのだ。
そして、話は戻し。
先生は、話を続けた。
「これから、こちらが決めた班に組んでもらう。名前を呼ばれた者から前へ並ぶように!」
次々と名前が呼ばれては1人ずつ前に出て、4人一組を縦に並ばせる。
十の班が横に並べられてきた所で、少年は名前を呼ばれた。
「次に、11班! カリア・トゥースタン!」
──きた!
ゴクリッと喉を鳴らして前に進む。
自分と同じ班になった人から、文句を言われないだろうか心配だ。
『落ちこぼれ』と呼ばれるカリアと組みたがる人なんて、居ないのではないだろうか。
いざとなればミレシェルアを召喚して心を癒そう。
「マカハーン・ウエスト・アンジェリーナ!」
10班の隣りにたどり着いた所で、次の人が名前を呼ばれる。
それを聞いたカリアは安堵した。
彼女なら大丈夫だ。
ありがとう、先生。少年は心の中で、そう強く思った。
「アシュレイ・ヴァレリアス! 以上!」
他が4人班なのに。自分達は、まさかの3人班。
しかし、なによりも。
──っ! が、学園最強!?
その名前を聞き、プレッシャーが襲い掛かる。
アシュレイ・ヴァレリアス。
王立ヴェルト学園に入学する前から、既に強いと有名な人だ。
彼女とはクラスが違い。勿論、1度も会話すらしたことがない。
『落ちこぼれ』と『学園最強』。
このあまりの差に、足を引っ張ってしまわないか緊張が走る。
後ろを眺める。
背後に来ていたマカハーンと共に、優雅に近付いてくる女子生徒を眺めた。
皆と同じ学園ローブを身に纏い、膝元まで伸ばした黒髪の先端近くを赤いリボンで結び、揺らしながら近付いてくる。
自信に満ちたその動きは、美しさすら醸し出した。
周りの男子生徒はおろか女子生徒まで見惚れ、目で追っていた程だ。
「僕達は3人か。2人共、よろしくね」
「ええ。よろしくお願いしますわ」
「よ、よろしくお願いします」
両手を後ろに組んだ黒髪の少女は、ニコリっと微笑んだ。
その笑顔も美しく、これまた周りの生徒達が頬を紅く染め上げ、惚ける。
時間も経ち、全ての班が出来上がったので、先生は続ける。
「このようなイベントは、1年の皆には初めておこなう。だから今回、期間は上月いっぱいを与えた。2年になったら期間は少なくなるぞ。そして、その期間中は基本自由だ。ゆっくり準備を整えてから依頼を済ますなり、早く依頼を済ませて残りは休日にしても構わない。とにかく慣れろ」
話す先生とは別の先生達が、生徒達に紙と封筒を配っていく。
渡された紙は、ギルドと呼ばれる組織で使用するギルドの依頼紙。
普段と違うのは、依頼紙の端に学園のハンコが押されている。
封筒の中身は。
「……お金」
いくら有るのかは中身を数えないと分からないが、それなりの金額だ。
「その封筒の金は、各班に配った依頼の報酬金を学園側で前払いしたモノだ。そのかわり、依頼を達成しても報酬金は学園に贈るようギルドとは話をつけている。装備や道具の準備、馬車や宿屋代だと思ってくれ。余った金は各班で好きに分けるよう」
そこで1度、話を区切り。まだ続く。
「あくまでも、今回の目的は依頼の流れに慣れる事だが。依頼を達成出来なかった班は進級に関わるだろうから真面目にやるように。わからない事があれば、先生達に聞きにこい。以上!!」
これで必要な話は終了した。
先生達が「頑張ってこい」と生徒達を鼓舞し、解散させていく。
「私はギルドに行った事が有りませんわ。依頼の流れも知りませんの。モンスターの討伐でしたら、お父様と共にいろいろ戦いましたので大丈夫ですのよ」
「俺は一応、ホワイトランクだけど登録はしてる。依頼は街中で出来る手伝いをたまに。モンスターの討伐は、残念ながら」
マカハーンとカリアが確認をしている。
カリアが話したホワイトランクとは、ギルドのランクで一番下のランクだ。
「この依頼なら、往復で7日か8日ってところだね。僕は慣れているから、2人に合わせるよ」
アシュレイは黒き瞳で依頼紙を覗く。
依頼内容は、ウッドゴーレムの討伐と森の安全確認。
王都アルタイルから南西に3日くらいの距離にある町、ロンティナが依頼場所。
近くの森でウッドゴーレムが暴れている所を目撃した者がおり。危険だから討伐して欲しいのと、他に危険がないか偵察してくれ、とのこと。
「当たり前の事を言うけど。まずは荷物の準備をしよう。待ち合わせも、そちらに合わせるよ。」
「でしたら、馬車の移動時間も考えて明日の朝方に集合でどうかしら。十数時間くらい進んだ所に街がありましたわよね。そこで一泊してから、ロンティナを目指しますわ」
「集合場所はどうしようか。俺は王都の外に詳しくないんだ、ゴメンね」
3人で話し合い、計画を練っていく。
「なら、待ち合わせ時間は明日の朝の7時。あそこの街の宿屋は、夜9時を過ぎると泊まれないと聞くからさ、時間に余裕を持たせよう。待ち合わせ場所は、西地区の門前で。馬車は僕が予約しておく」
それで良いかい?と2人に確認をとり、アシュレイの案に決定した。
封筒の中から2万ディアを取りだし、1万ずつカリアとマカハーンに渡す。
「じゃあ各自、準備に取り掛かろうか。また明日ね」
彼女は黒髪を靡かせ、この場を去っていく。
「マカ、また明日」
「ええ。カリアも、体調を崩されないようお気をつけて。それでは、明日に」
互いに別れの挨拶を済ませて解散。
カリアは1万ディアを手にいれたのだった。




