最初の目標
カンッ! カカンッ! カッ!
──昼前の王都アルタイル。
ミレシェルアが使い魔召喚をされた林の中で、衝突し合う乾いた音を響かせる。
「ハァ……ハァ……。カリア殿はムーンフォースが苦手なだけで、剣の扱いには慣れているようじゃな」
昨日、父に怒られた少女は、今日もこちらに来ていた。
第四天魔王である父ガルスも、娘が暇そうに生活している事を気にしていたのと。少女があれよこれよと説得した事で許されたらしい。
事件に巻き込まれた事を隠して、あちらも平和じゃ!あちらは昼じゃ!と、いろいろ必死に語っていた。
そして現在。ミレシェルアとカリアが木の棒を手に掴み、打ち合いをしている。
少女は身体のみに少量のムーンフォースを纏わせ、2本の棒を振り回し。
少年は1本の棒で、迫りくる連撃を凌いでいる。
カリアに合わせて力を調整しているとはいえ、数分の打ち込みで少女は息を切らしていた。
「儂、疲れたぁー」
近くの木に寄りかかって脚を伸ばしながら座り込む。
ミレシェルアには筋力と体力が無かった。
幼い身体を脱力させながら、今も涼しい顔で棒を振るう少年を眺める。
カリアの実力は理解できた。
先程話した通り、剣の扱いには慣れている。
ムーンフォースを使わない争いなら、それなりに戦えるレベルだ。
けど、現実はムーンフォースを使われて瞬殺されるしかない。
最初の目標は『進級試験に合格』する事。
試験内容は知らないが、ムーンフォースが必要になるのは確か。
「さて、どうやれば胸の剣を引き抜けるのじゃろうか」
わからない。
大船に乗った気で、等と語ったが。解決策はない。
ミレシェルアが手にムーンフォースを纏わせても。
ナイトを発動させ双剣で斬りつけても。
結局、"触れる"事すら出来ず。
素手はともかく、『キリトリ』と名付けている双剣で月光を斬れなかった事は、少女に衝撃を与えた。
──名前まで誓ったのに。儂、詰みかも。
ハァと溜め息が溢れる。
いや、諦めるのはまだまだ早い。
要は、近い内におこなわれる進級試験さえ越えてしまえば良いのだ。
カリアは、ムーンフォース自体を扱えない訳ではない。
10歳になった子供達の1割以下だが、ムーンフォースを放出できる。
視たところ。月光の剣が栓となり、ムーンフォースが微量しか放出できない。そんな感じだ。
絞りだす事だけでも大変らしく、そこからの操作に余裕がないとか。
「お腹が減ったのぅ」
もうじき昼に差し掛かる。
人間の国ではどのような料理を食べているのだろうか。
昨日貰った、プップルと呼ばれる赤い実の果物は美味しかった。魔界にはない、前の世界なら桃に近い果物だ。
「カリア殿ぉ。儂はそろそろ、お昼を食べたいぞぉー」
昨日捕獲した罪人の報酬はまだ贈られていない。
1ディアもお金を持っていない少女は、カリアに奢ってもらおうと考える。
この世界の通貨はディアと呼ばれていた。クロスディア大陸から名前を取ったらしい。
ミレシェルアからご飯を要求されて、困った顔になる少年。
「ごめん。レッドゼリーを買ったから。今、お金がないんだ」
「まっ!?」
つい、間抜け面をさらしてしまった少女。
まことか!?と、聞こうとする前に口から声が漏れてしまう。
昨日もお金を持っていなかったが、その時は偶然持っていないのかと勘違いしていた。
──お金が無いじゃと? これから冬が始まるというのにか!?
寒さに備えたりで忙しい季節なのに、何故?と思ったが。
少女は、カリアの境遇を思い出した。
いろいろ詰んでいる状態で、近い内に進級試験があると。
だから彼は焦っていた、と。無計画過ぎるがそれしか選択肢がなかった。
「むむむむむ。ぬぅ、仕方がない。少し待っておれ、カリア殿」
儂が帰って来るまで素振りは続けておくのじゃぞ!と言葉を残して、ミレシェルアは魔界に戻っていく。
ドヤ顔の為にも、彼には強くなって貰わなくては困る。
それにはムーンフォースを操作出来るようになるのが一番だが、身体も大切だ。
よく動いて、よく食べて、よく寝る。
──ならば、儂が作ってやろうぞ!!
そう思ったのだった。
「凄く美味しいよ! ミレシェルアは、料理も出来るんだ」
作ってきたのはサンドイッチ。ただのサンドイッチ。
ただ、魔王城で余っていた食材をパンに挟んだだけだ。
実際に美味しいが、カリアには空腹と言うスパイスもある。
それを忘れ、そこまで褒める程かと。そして少女は思考してしまう。
──もしや、人間の食文化は微妙なのか?
と。
先程まで、人間の国の料理はどんな感じか考えていた少女は思ってしまった。
「なるほど、美味しいか。沢山ある。強くなる為に、好きなだけ食べるとよい」
前世では料理も作ったりした。
前世で長く共にした友は皆、料理が作れなかったのだ。
──思い出したら、久々に会いたくなったのぅ。叶わぬ夢じゃが。
逸瑠、多西、三竹、政悟、阿露覇、弦七。
皆の名前を思い出すたびに、何度も懐かしむ。
ミレシェルアが前世の名前は──夜慈郎だった。
7人揃って『オジーズ』と、自分達で呼びあった。
──挨拶は、チャオ! だったのぅ。長く使っておらぬな。
こちらの世界に来てから、おそらくは一度も使用していない挨拶。
全てが懐かしい。不意に微笑む。あやつらに教えてやりたい。
今の儂は、プリティーチャーミングなピチピチキュアガールになった、と。
間違いなく爆笑されるだろう。
もし、自分が見せられ聞かされる立場なら。似合わないと、指を差して馬鹿笑いしていた。
「なんか面白そうだね」
「そうか? ……ふふ、そうかも知れぬな」
2人はゆっくりと昼食を過ごしていく。
のんびりとした時間、お腹を満たしながら。
カリアとしても久し振りに、まともな量の料理を食べた。
レッドゼリー購入の為に、少し前から節約生活をしていたらしい。
「明日から、学校じゃったな」
「うん。場合によっては君を呼ぶかもしれない」
カリアの話によると。彼の通っている学園は、週に4日しか行かないようだ。
残り3日は休み。たまに学園のイベント等で5日以上の通学にもなるらしいが、基本は4日だと。
下校も遅くなるだろう。つまり、ミレシェルアに『暇』が襲いかかってくる。
「仕方のない事じゃな。寧ろカリア殿、学校を退学するという考えはないのか?」
少女は考えた。確かに物事を学ぶのなら学園に通う事は大切だろう。
しかし、生活に困ったりしてまでも通う必要があるのだろうか。
今は魔王の娘も着いている。進級試験なんて気にせず、時間を掛けて強くなる事を目指せると思った。
彼が学園に通う時間を無くせれば、なんて考えている訳ではない。
これは疑問だ。
少女には、彼がここまで学園にこだわる理由を知らない。
「──約束しているんだ。ある人と」
何かに焦がれている顔だった。
「あっ」
察し。ついつい声が漏れてしまった。危ない危ない。
ミレシェルアは口を塞ぐように両手を被せる。危ない危ない。
これはアレだ。触ると火傷するやつだ。危ない危ない。
阻止しよう。そう考えて両手を口から離す。
「語らなくてもよい。そもそも7歳の若い子供に話す内容でもなかろう」
恋愛話の予感を感じ、話を止めさせようと企む。
こういう時は少女の身分を利用するに限る。恋愛の話は聞いていると眠たくなるのだ。
少しだけ、語りだした後に姿を消せば、1人でずっと語り続けるのだろうかとも気になった。見てみたいが面倒なのでやめておく。
「それもそうだね」
苦笑を浮かべて、カリアは話すのをやめてくれた。危ない危ない。
「さてカリア殿。お腹も膨れた事じゃろう! 特訓を再開しようぞ!」
少女は首飾りにムーンフォースを込める。
武器は出さず、濃くなった瞳で目の前の少年を凝視した。
「そうだね。よろしくお願いします」
取り敢えずはムーンフォースの操作も練習させよう。
この眼で逃さず観察し、少しでもよくなってもらう為にも。
目標は進級試験の合格。
それを目指して、カリア・トゥースタンを鍛えることだ。
ミレシェルアは、父ガルスと約束をしている。
魔界大陸が朝になる前に城に帰ってくる事、以上がクロスディア大陸に行ってもいい条件。
少女は時間ギリギリまで特訓に付き合っていた。




