第三天の領地
第四天魔王城へと続く城下町の、石畳で整備された道を歩き、城が建てられた崖へとたどり着き真上を見上げるミレシェルア一同。
本来ならジグザグに続く長き崖道を登っていくか、崖下に存在する竜舎からワイバーン型のモンスターを借りて飛行しながら上へと参るのだが。
しかし、ミレシェルアはナイトの能力で空を飛べる。
御付き3人と共に重力で浮かし、崖上に向かっていった。
上に到着し御付きからお礼を言われ、4人は歩む。
青白く半透明に輝いたクリスタルツリーも通り過ぎて、目的地である城前の庭へと。
「お土産の調味料と香辛料を買ってきたのじゃ」
庭に居た、父ガルスと母レイナに声を掛けた。
此所に居るのは2人だけではなく、城で働く仲間達と、一匹の翼を生やしたドラゴン。
漆黒の鱗を持つそれなりに大きくて強そうなドラゴンが、姿勢を低くさせて静かに座る。
このモンスターに乗って空から第三天の領地に向かうのだ。
「お使いご苦労だったな、ミレシェルアよ」
「ユーリエッタ、ククリアン、ハーベスの3人もありがとね」
両親が返事をし、御付き3人はドラゴンの首にくくり着けた袋の中へとお土産を入れていく。
「「それでは、行ってらっしゃいませ」」
全ての準備が整ったと同時に、ユーリエッタ達が頭を下げて告げる。
ミレシェルア、レイナ、ガルスの順に飛竜の背中に乗っていき。
第四天魔王としての威厳を乗せた声で「飛べ」と命令がくだされた。
「こちらは、俺達にまかせてくださーい!」
「楽しんできてくださいね!」
「心配はいりませんよ! モンスターが襲ってきても返り討ちにしますから!」
「ミレシェルア様もお気をつけて!」
「レイナ様とミレシェルア様を守るのですよ! ガルス様ぁ!」
逞しい両翼を羽ばたかせ、空へと徐々に上昇していく。
離れていく地上からは、皆の明るく送られた声が響き、竜の背に乗る3人へ届いた。
「皆も元気でのぅ! 行ってくるぞぉ!!」
片手を竜の背から放し、下の者達へ腕を振りながら言葉を発するミレシェルア。
こうしてミレシェルアは、第三天の領地へと移動を開始する。
魔界大陸ガルゾルートの東に位置する第四天から、少し北側に移動すれば第三天の領地があるとの事。
暗黒に染まる夜空を豪快に飛んで、目的地へと進んだ。
「あれが、第三天の領地──月鏡湖だ」
空を旅して1時間近く。
本当ならもっと速く飛行し移動が可能だけど、ミレシェルアやレイナに合わせて揺れを最小限に抑えてゆっくりと飛んでいた。
3人が羽ばたく飛竜の背から下を覗けば、月の姿を映す巨大な湖が視界全体に広がる。
魔界大陸の一部が三日月の欠けた部分の様に水を張っており。
その大きさは、大陸全体から伺っても1割を埋める広大さ。
これが、この湖こそが、第三天の魔族が暮らす領地。
大きく翼を羽ばたかせていた黒竜はただ翼を広く広げる状態を維持し、風に身をゆだね静かにゆっくりと下降していく。
湖を囲む浜辺に着地して、ミレシェルアは一番に竜の背から飛び降りる。
尻が痛かったのだ。
「ここが第三天かのぅ! 綺麗な所じゃ! ふおお、月光で湖が輝いておる!」
後ろでは魔王ガルスが妻レイナを抱え、優しく飛び降りている。
ラブラブな2人とは反対の方角を眺めるミレシェルアの瞳には、月光が湖の水面を反射しているのか、儚くキラキラと光を帯びていた。
他人から見れば、少し馬鹿そうにはしゃいでいる娘を眺めて、微笑みあっている両親。
ガルスはここまで運んでくれた黒竜の頭を撫でお礼を言い、竜の首に付けられた袋からお土産を取り出す。
前の世界で言う、醤油や味噌を始めとした調味料や。スパイス系の香辛料。
この世界にも"全く同じではない"が、醤油や味噌に似たものが存在した。
醤油に似た調味料の材料も、大豆とは違う。そもそも豆でもない。
カッシの実と呼ばれる、辛く、しょっぱく、味の濃い。そのままでは食べる事すら出来ない木の実を、高温のお湯で煮込み続けると中の旨味が溢れだしお湯と混ざって醤油に似た液体が完成するらしい。
これらは魔界大陸ガルゾルートだけでなく、クロスディア大陸でも同じだった。
「では、行くとしよう」
ガルスから発せられた言葉に、おおはしゃぎだったミレシェルアはキリッと表情を戻して「うむっ!」と頷き返す。
目指すは湖の中。
心の中で「どうやって?」とも思ったが。父の自信に溢れる佇まいから着いていけば分かる事だろうと、聞くことはしない。
第四天の魔王として威厳溢れる格好いい風格で、ムーンフォースを身体に纏いだし、湖へと足を入れていく。
「!? いやいや、パパ殿! ちょっと待つのじゃ! このまま水の中に潜っても、溺れてしまうぞ。ムーンフォースを纏ったとしても、水中で呼吸は出来ぬじゃろ!?」
さも当然とする様に水中に進むガルスを眺め、ミレシェルアは焦りだす。
意味がわからなかった。
この世界でも水中で呼吸は出来ない筈。ムーンフォースを纏っても、それは同じ。
儂が可笑しいのか? と、横に立つ母を見れば同じく困惑していた。
どうやら、ミレシェルアの反応は普通らしい。軽く安堵する。
声を荒げて聞いてくる娘を見て、ガルスはポンっと手を叩く。
「すまんな2人共。ここは初めてだったな。我が初めて訪れた時も、ミレシェルアと同じ反応をしたものだ」
慌てるミレシェルアの反応も面白かったのかクツクツと笑い、笑顔を見せるガルス。説明不足に若干申し訳なさそうな表情もしている。
それと。ここは初めてと言う前に、第四天以外に行った事がない。
月光で輝く水を手のひらで掬ったガルスは、2人を眺めて説明した。
「ここの水は特別なのだ。月光を程よく溜める地形と水質によって、普通とは違う現象を生み出す。水に近き空気、空気に近い水、どう説明すればいいか。とにかく、ここだけはムーンフォースを纏う事で我々も水中とはいえ呼吸も出来、ムーンフォースを調整して浮き沈みが自由だぞ」
「おお!」
月光によって起こる特別な現象。
それは、ドドギーラ王国の砂漠で見た沸騰砂と同じく。
現象の性質は全く違うものの、月光は普段と違う常識を作り出した。
「なんだか面白そうじゃのぅ! ママ殿も行くぞ!」
「もうミレアったら。慌てなくても湖は逃げないわよ」
隣で立つレイナの手を掴み、上機嫌に歩むミレシェルア。
人間族である母は戦闘は出来ないし、ムーンフォースの操作も上手い訳ではない、いわゆる普通の一般人。
詳しい経緯は知らないが。
昔、姿を隠してクロスディア大陸に向かったガルスが、村人として生活していたレイナと恋に落ち、第四天に連れてきたとミレシェルアは聞いている。
その時、ガルスと共に第一天魔王であるフィンドレアも居たとか。
だがレイナも、一般人並にムーンフォースは使えるので問題もない。
湖に足を突っ込んでいるガルスとも手を繋ぎ、右に父、左に母と、横並びに月鏡湖へと潜っていった。
ちなみに、横並びに手を繋いだのは。もし溺れても、すぐさま助けてもらう為のミレシェルアの作戦である。
説明されたからとはいえ、水中で本当に呼吸が出来るのか不安だったのだ。
ビビっているのを隠す為、笑顔を振り撒いて全力で誤魔化す。
夜の薄暗い世界で、微かな光を発する湖へと3人は沈んでいった。
これから会いに向かうのは、第三天の領地で暮らす水人族。




