ナイトvsナイト
──しまったのぅ。
ミレシェルアの不覚。
──パレード的なイベントが、始まったのかと想った。
第四天の街では、今までこのような争いが無かった。
──そもそも、こちらに来て早々、事件に巻き込まれるとはおもうまい。
平和な街だと思っていたが、案外そうではないのか。
──呑気に果物を食べていて。まるで、儂がバカみたいではないか。
怪我人が現れた所で、状況を理解した。
突如の事で焦り、食べていた果物が喉に詰まるかと思った。
──なにより、優しい果物屋のおじさんを傷つけようとは。
「許せぬ」
咄嗟に首飾りの鏡にムーンフォースを注いだミレシェルアは、普段よりも紅くなった瞳で世界を覗く。
相手の姿が隠れようとも。月光の力を媒体にしているムーンフォースを使っているのなら、例え到達者の能力だろうとミレシェルアには関係ない。
周りが姿を見失った──現在もおじさんに向かって飛び掛かっている鎌男に、瞬時右手へ集めたムーンフォースを放つ。
敵もムーンフォースを纏った腕でガードし、空中で体勢を整えて着地した。
同時に、濃くなった瞳は元の色に戻り、僅かに輝く鏡も光を無くす。
「人がせっかく、楽しんでいたと言うのに。……空気は読んでほしいのぅ」
バチバチとムーンフォースを右手に纏わせた、幼い少女。
そんなミレシェルアを見た周りの人々は、鎌男を含めて驚愕を隠せない。
どう見ても、10歳に届かないだろう見た目の幼い子供が。ムーンフォースを自在に操り、いとも簡単に放っていた。
少女の斜め後ろに立っているカリアは、口が開いたアホ面のまま思い出す。
──そういえば、使い魔契約の時にもムーンフォースを使用していたような。
契約をおこなうには、陣の中央に現れていた契約の鏡。
その鏡に2人してムーンフォースを注ぐ、と言う内容であった。
そうして地上の陣はカリアの鏡に、空中の陣はミレシェルアの鏡に刻まれる。
あの時状況についていけなかったカリアは、現実を見ていなかったらしい。
「ミレシェルア。──君は、いったい」
ここにきてようやく、プリプリプリティーな少女の凄さに気がついた様子。
そんなカリアに一瞥をして、少女は前に歩みを進める。
怪訝した表情を浮かべた鎌男は、そんなミレシェルアを鼻で笑った。
「あぁん? てめぇ、少しはムーンフォースを使えるからって。俺と戦おうとしてんのかぁ? ケッケッ。止めときな、俺は到達者だ」
"ナイト"。
ムーンフォースの操作を鍛え、更には自身の心を自分色に染め上げた者が到達せし領域。
その領域にたどり着き、普段身につけた鏡にムーンフォースを注いで可能とする。
個性ある心がムーンフォースを形作り、鏡に映し出し反射させる事でその姿を具現化させるのだ。
要は、不思議な力を自分に適応した姿として具現化させる。
十人十色の可能性が、ナイトであった。
「だから何じゃ。まさか、お主──」
そこまで語った少女は、全身から膨大なムーンフォースを放出させ。
「──自分だけが到達者だと。勘違いしとらんかのぅ?」
首飾りの鏡に余すことなく注いでいく。
あり得ないと、人々は思う。
唯でさえムーンフォースの使用だけでも、心が安定する10歳になるまで不可能なのだ。
カリアは聞いている。ミレシェルアは7歳だと。
ムーンフォースの使用だけでも凄いのに、ナイトまで可能とは。
──これではまるで。
「アクゼマーサ様みたいだ……」
誰かの口から、呟かれる。
目許を手で覆ってしまいたい程の輝きを発したかと思えば、徐々に弱まっていく。
皆がすぐさま視線を戻せば、少女の両手に1本ずつの剣が握られていた。
「ケッケッ。脅かせやがってぇ。その双剣が本当にナイトだとしても、大したことはなさそうだなぁ!」
ニヤリっと、まるで見下すような面を浮かべて鎌男は剣を見ている。
片刃の双剣。2本とも漆黒の色の見た目はカッコいい剣だ。
しかし、ミレシェルアは表情を変えることなく片方の切っ先を鎌男へ向けだした。
「──っ!?」
刹那。少女が掲げた剣先の足場から氷の針山が現れ、地面を伝い鎌男を襲う。
それをギリギリのところでジャンプして、鎌男は避けた。
一度は屋台の屋根に乗り、もう一度高く跳躍して3階建の屋根上へ飛び移る。
少女も避けられる事は予想していたのか、慌てることなく後を追い、飛んだ。
「ッシぁ!」
空中で身動きが取れないだろうチャンスを見逃す相手ではない。
屋根に着いた瞬間、右手の鎌でムーンフォースの斬撃を放つ。
けれど、少女は何かに引っ張られたのか空中に居ながらも吸い寄せられるかのよう横に移動し、建物の壁に着地する。飛ばされた斬撃も突如軌道が上に反れて上空で消滅した。
「……今のは、重力?」
下で眺めている事しかできないカリアは、誰にも聴かれない小言を漏らす。
既にほとんどの人達が少女の戦いに魅入っていた。
「ふむふむ、ふーむふむ。やっぱりお主。ナイトになって間もないじゃろう?」
「!!!?」
「図星じゃな」
壁に直立した少女は、ニヤリと微笑み返す。
「ケッ、それがどうしたぁ!」
癪に触ったらしく、今までで一番ムーンフォースが込められた鋭い一撃を飛ばしてきた。
横凪ぎで放たれた一撃の、金色銀色とした巨大な攻撃が迫ってくる。
「あまい、あまいのぅ」
少女は棒立ちの状態から姿勢を変えない。
けれど正面には少女を隠す程の氷の壁が形成され、その一撃は彼女に届かない。
その衝撃によって氷壁は砕かれ、少女の右半身が鎌男からも覗いた。
幼く小さな口が、弧を描いている。
巨大な攻撃を防いだ自信だろうか。だが、鎌男も口元を緩めだした。
斬撃を飛ばした時、鎌男のナイトによるインビジブルの能力を使ったのだ。
──勝った。
斬撃は1つだけではない。その巨大な斬撃に紛れて、もう1つが軌道を曲げて少女の後方から襲う。発動者には隠された斬撃も見えていた。あと少し。
「あまいと言うたじゃろ」
左手に握る剣を振るい、近くにまで迫っていた不可視の斬撃を斬りつける。
「……。」
言葉が出なかった。何故、バレた? 鎌男はわからない。
「隙ありじゃぞ」
呆然と佇む相手に、こちらもムーンフォースの斬撃を飛ばす。
咄嗟だったのもあり、男は屋根を飛び降りる形となる回避をしてしまった。
先程、ミレシェルアが空中にいる所を狙われたように。
ミレシェルアも同じく、前方に巨大な氷の塊を作って発射した。
「ちっ、糞がぁぁ!!」
視界を覆う程の巨大な氷。
空中にいる鎌男は必死に、左右の小鎌を振り回しては氷を削っていく。
腕と鎌にムーンフォースを込めた、力強い連撃で抵抗をする。
ザクザクと確実に砕いていき、薄くなった氷の向こう側が僅かに見えた。
間違いない、漆黒の剣が2本。
──ケッケッ! 相手から近付いて来やがった!
これはチャンスだ。
目の前の塊ごと少女を斬り伏せる。
片方の鎌を、背中の鎌入れに仕舞う。
全力を、この一撃に乗せてやる。
両手で1本の小鎌を握り、ムーンフォースを纏わせ、力いっぱい振り落ろす。
それは簡単に両断できた。
巨大な氷の塊ごと、奥の存在をスッパリいった。
「んなっ!? 氷だとぉ!?」
氷の塊は縦に割れ、視界が広くなった男の眼には。
同じく縦に割れた、漆黒の剣を握る氷の人形が。
これに気付いた瞬間、剣だけが消滅する。
「どこ行った!?」
慌てて左右を確認する。白髪の少女の姿はない。
「っ!? 下かぁ!」
逃げ遅れた人混みに紛れて、近付いてくる算段か。
下に顔を向けた時だ。自分に影が被さっている事に気が付く。
慌てて上に顔を向け眺めるのと、ミレシェルアの声が届いたのは同時だ。
「残念じゃったのぅ。──遅い!!」
空中にいる鎌男へと、落下するように接近した少女は。その手に具現しなおした漆黒の剣で、容赦なく男を斬り裂いた。
「──っは?」
しかし、鋭い痛みが襲ってくる事はなかった。
それどころか、鎌男の身体に傷すら付いていない。
間違いなく少女が放った一閃は、自身の身体を通した筈だ。
「何かしらねぇが! てめぇの負け──」
真下に居る少女が、背中を向けて隙だらけ。
直ぐに鎌で斬りかかろうとした所。けれど、鎌男の意識は──そこで、途切れた。
ミレシェルアは空中で1回転しながら、優雅に地面へ着地する。
剣を掴んだ右腕を上に掲げると、意識を失い落下してきた男を刃先近くの空中で受け止め。
その後、地面に投げ捨てた。気を失ったソレはゴロゴロと転がる。
「ふぅ。少し疲れたのぅ」
肩を少し回しては、周りの状況を観察。
暴れた割には被害が少なく、自分が作った氷が散らばっているのみ。
それを確認して、少女が視界に氷を入れると。あっという間に溶けはじめた。
「これで良いじゃろう」
首もとの光を発する鏡も、少しずつ輝きが弱まっていく。
少女はカリアが居る場所に戻りながら、ナイトを解除させた。
無傷の勝利である。




