王都アルタイル
オレンジ色の屋根に、白色や肌色の建物が規則正しく造られた街並。
足場もレンガや石畳によって平面に整頓されており、歩くだけでなく車輪系の乗り物も安心して動かせそうだ。
2階建てや3階建ての建物に囲まれたこの道は、それぞれ左右に店が並んでいる。
「なぬ!? ……文明が進んでおる」
身体ごと視界を動かしていたミレシェルアは、店の中で、ある物を見て驚いた。
それは薄型の箱が、商品の宣伝映像を映している。
魔界大陸では1度も見たことがない科学技術の結晶──テレビ。
林を抜けて商店街に着く前に、馬車らしき物を既に見ていた少女にとって衝撃的だ。
「凄いのぅ。凄いのぅ。むむぅ」
前とは違う世界だからと人間の技術力を甘くみていた。
第四天魔王城にある本を読んでクロスディア大陸の事は知っている。
そもそも、ミレシェルアの母は昔、クロスディア大陸で生活していた人間だ。
思い出してみれば、過去にテレビらしき物の話をママ殿から聴いた気がする。
そこでもう一度、少女は周りを眺めた。
溢れんばかりの人混みの中に、少数だが、人とは異なる身体を持った存在が映る。
こちらも本を読み、絵でだけど見たことがあった。
「──ビースト族、アマネ族、リュート族、それにリンシャン族か」
誰にも聴かれない程度の、微かな声が漏れる。
獣人族、翼人族、竜人族、森人族。
この種族達を、自らの眼で見るのは初めてであるミレシェルア。
クロスディア大陸は、人間族が統べる大陸だが。それ以外の種族も棲息している。
そして、そんな多種族から遅れをとらない為に、人間族は技術力を上げたのだろう。
夜で景色が暗くないだけでなく、初めて見るモノが沢山だ。
何時も暇だと呟いている少女にとって、人間の国とは未知であった。
──ワクワクする。
別に、故郷が嫌いな訳ではない。皆優しいし此所に負けず劣らず綺麗な所だ。
街から出れず見飽きてしまったのと、刺激が足りない。そんなところか。
「カリア殿。何故に店に入ってこぬのじゃ」
果物屋の中でキョロキョロしていると、近くにカリアが居ない事に気づく。
ん? と思い、視線を外に向ければ、店の外で少年が立っていた。
カリアは思う、──お金が無いから、店に入るのは申し訳ない。と。
「はははっ。……ごめん、今、金が無いんだ」
眉を下げ、それはもう申し訳ないと表情で語っていた。
これにはミレシェルアも察する。確かに此所に居ては、店の者に客だと勘違いされてしまうだろう。
魔界大陸育ちの少女も、人間の国で使う金は持っていない。その事を忘れていた。
儂も出よう。そう思った時に、野太く逞しい声が2人に送られる。
「よう、お嬢ちゃん達。何か買っていかないかい?」
声の主は、果物屋の店主だろうか。
重い荷物の持ち運びで鍛えられたのか、筋肉の引き締まった身体には衣類の上に青いエプロンを着用している。角刈りの頭には白いタオルを巻いていた。
中年近くのその男性は、人懐っこい明るい笑顔を浮かべて話し掛けてきた。
「すまぬのぅ。今は金を持っておらなんだ。果物も美味しそうじゃし、今度来たら買わせてもらおう」
ここは正直に話して済ませよう。
「おうおう。うちの果物を褒めてくれるたぁ、嬉しいねぇ。よーし! オジサンからのサービスだ、受けとってくれ」
ガッハッハと豪快に笑ったかと思えば、ぷっくらと赤く実った果物を2個商品から持ち出し。ミレシェルアとカリアに1個ずつ渡してきた。
これには2人共、眼を丸くさせる。
「俺も頂いて、良かったんですか?」
「おうよ、気にすんな。そのかわり何時か、絶対に買いに来てくれ!」
若いもんが遠慮すんじゃねぇぞ。と、右腕で力こぶを作り白き歯を輝かせてきた。
「うむ。ありがたく頂くのじゃ!」
皆で笑顔になり、平和な時間を過ごしていく。
人混みが激しくガヤガヤと賑やかな商店街で、しかし、その声は響いた。
「うわぁぁ!! 戦闘だっ!」
「危ねぇ、皆も離れろ!!」
複数人の悲鳴が混じった声が、果物屋の近くに居る者達にまで届いてきた。
周りの人達も突然の事により、呆然としながらも騒がしい方へ視線を向けている。
その方角では戦いがおこなわれているのか、今も土煙が登っているようだ。
幼女、少年、中年の3人も店から出て外の状況を確認する。
逃げ惑う人々の後ろには、確かに、3人の者達が闘っている最中であった。
カリアとおじさんが、そちらに目を細めて凝視。
見たところ2対1の状況らしく、1人の者が無差別に暴れているのを2人の兵士が押さえ込もうとしているらしい。
それぞれの手に武器を持っており、一般人は巻き込まれまいと蜘蛛の子散らすように、この場を離れていく。
逃げるのは仕方のない事だろう。3人共、その身体には金色銀色の光を纏っていた。
間違いなく、ムーンフォースを使用した戦いである。
先まで道路が埋め尽くされるほど居た人も、殆どがこの場から消えていった。
全てではないが空間の開いたこの場所に、2人の人物が吹き飛ばされてくる。
周りへの被害を、抑えていた兵士達だ。
「ケッケッ! 試し切りに丁度良いなぁ!」
細長い身体が特徴的な青い髪を逆立てた男が、草刈り鎌のような小さな鎌を両手に1本ずつ持ってこちらに歩いてくる。しかも、舌で鎌の刃を舐めはじめた。
兵士達は身体に傷を負っているが立ち上がり、周りに聴こえるよう声を拡散させる。
「皆さん! 我々が足止めしている間に逃げてください! コイツは最近街で噂になっている、切り裂き犯です!」
それを聞いたカリアは、あっ。とだらしない声が漏れる。
色んな出来事の連続で忘れていた。そういえば、そんな噂があった。
召喚前までは警戒していたのに、忘れていた。ヤバい、逃げないと、ヤバい。
咄嗟に、ミレシェルアを眺める。が、呑気に果物を食べながら状況を観察していた。
「そんじゃぁ! さっそく、試させてもらうぜぇ! ケッーケッ!」
鎌男は高笑いしながら左腕を天にかざす。
皆が何だ? と警戒するが、表情を青ざめる。
男の左腕には"鏡"のアームが装着されていたのだ。
その後、全身からムーンフォースを放出。放たれる輝きは腕の鏡に集中していった。
「こいつ、到達者だったのかよ」
「うそ、だろ」
兵士達だけではない。カリアや果物屋のおじさん含めた、逃げ遅れた者達がその顔に絶望の色を強くさせていく。
眩しいまでの発光が収まり、鎌男を視界に戻せば。先程まで無かった筈のフード付きコートを、フードを深々に被りながら着ている鎌男の姿がそこにあった。
「ケァー! これが、俺のぉぉ! ッ『インビジブル』だぁぁぁ!」
狂喜と言わんばかりに咆哮し、その姿が空気に溶けるようにして──消えた。
「お嬢ちゃん達、逃げるぞ!!」
果物屋のおじさんは血相を悪くさせて声を上げる。
周りの店を開いていた者達や買い物に来ていた年寄り、子供と逃げ遅れた人達も同じく。
皆が逃げ遅れた事に後悔した。
逞しい腕で少女と少年の腕を掴み、この場を離れようとする。
しかし、それと同じタイミングで兵士の2人が身体から血を噴出さて倒れてしまった。
そんな兵士達の前に突然と姿を表す鎌男。
「さーて。次は、どいつにしよーかなぁ!」
ニタァと不気味に微笑み、まるで自分の力を見せびらかすようにして周りを眺めてくる。
逃げ始めた奴を真っ先に狙うぞ。と、眼光を鋭くさせて無言の圧力を放ってきた。
誰もが動けない空気の中、果物屋のおじさんはミレシェルアとカリアの腕を放す。
「俺が時間稼ぎをしている間に、逃げてくれ」
「えっ? ──それって」
エプロンを脱ぎ捨てたおじさんの背中を眺め、カリアは唖然。
少年の返事の前に、うおおおおおお! と声を荒げておじさんは鎌男へ向かって行った。
その背中は頼もしく、そして大きく見えた。けど、現実は悲しい。
鎌男がおじさんのパンチを交わして直ぐ、その腹に蹴りをくらわす。
くの字に為りながら吹き飛んだおじさんは、建物の壁に激突した。
それでも精神は折れてない。時間稼ぎをすると決めた彼は、痛む身体を起こし鎌男が立っていた場所に視線を向ける。そこには誰も居なかった。
「しめぇだぁ! ケッケッ!」
声は目の前から聴こえる。
相手もわざとだろうか、消えていたその姿をおじさんの目の前で現した。
飛び掛かるようして迫って来ていた鎌男は、その手に握る鎌を容赦なく振り落ろす。
果物屋のおじさんの顔面、目掛けて迫る刃。
敵の腕にはこれでもかとムーンフォースを纏っている。
この一撃は凄まじい事だろう。人間なんて簡単に真っ二つだ。
──2人は逃げれただろうか。
自身の命に危機が迫っている間も、おじさんは他人の心配をしていた。
これから襲いくるだろう痛みに備えて、身体の筋肉がりきむ。
──俺も、ここまでか。
「──っん!?」
これは、鎌男の声だ。
鎌男が鎌を振り落ろしている時に、視界の端で金色銀色に輝く光弾が自身に向かって飛んでくるのが見えた。
咄嗟に攻撃を止めて、腕をクロスさせるように防御体勢をおこなう。
大人が腕で作った輪っか程の大きさを持つ光弾は、防御する鎌男に直撃し、男を後方へ吹き飛ばす。
空中で受け身を取り着地した鎌男は、攻撃が飛ばされてきた方角を睨みつけた。
「人がせっかく、楽しんでいたと言うのに。……空気は読んでほしいのぅ」
バチバチとした輝きを、右手に纏う幼女。
放たれた一撃によって発生した風に、長き白髪が揺れている。
右手を前に掲げた姿のミレシェルア・クラシスが、そこに立っていた。




