使い魔召喚
季節は冬の始まり。
少し肌寒くなってきた頃、1人の少年が林の中で何かをしている。
「よし、出来た。これで間違っていない筈。うん、大丈夫」
冷え込む時期としては若干薄着だと思う銀髪の彼は、開いたボロボロの本を左手に持ち、その本に描かれた図と地面に掘った図を蒼い眼で見比べて頷いている。
他には誰も居ない林の、広場ができている所で。この人間は右手に持つ木の棒を使い、謎の陣を描いていたらしい。
魔界大陸が夜の間。人々が暮らすクロスディア大陸は、日の光に照らされていた。
西の魔界大陸ガルゾルートと、東のクロスディア大陸で別れているのだ。
「最近街で人が襲われる噂も聞くし、早く済ませないと」
少年は呟き、木の棒を放り投げる。
左手の本も閉じて身に付けていたポーチに収納。
表紙には『使い魔召喚』と掠れた文字で書かれていた。
「後は、この陣の窪み全体にレッドゼリーを注いでムーンフォースを流す。か」
ポーチから赤い液体の入ったボトルを取り出す。
レッドゼリー。この液体は、ムーンフォースをよく通す性質を持っている。
電気を通す水のような物と認識してくれれば良いだろうか。
彼の全財産を使って手に入れた、予備の無いアイテム。
「……。」
──彼、カリア・トゥースタンは焦っていた。
現在15歳の彼は、ある学園に通っている。
月光と言う自然の力をその身に宿し、ムーンフォースとして操れるようになるのだが。その学園ではムーンフォースによる戦闘を学ぶ。
"ムーンフォース"。それは、心が安定した頃に扱えるようになる力。
大体10歳を境に心が落ち着いた頃、この力を扱えるようになるのだ。
月光を心に宿し、その心に合わせてルナはムーンフォースに変化する。
そしてカリアは、そのムーンフォースの扱いが苦手だった。
10歳になった子供達が、初めてコントロールをした時以下の下手くそさなのだ。
彼は学園で『落ちこぼれ』と呼ばれている。
今は冬の始まり。もうじき、進級試験が始まるだろう。
「もう、これしか残されていない」
ボトルのキャップを外して、赤い液体を窪みに流していく。
ドロドロとしたゼリー状のソレは地面に吸収される事なく、窪みに留まった。
ムーンフォースが駄目だと肉体の強化も出来ない。つまりは武器を使った戦闘もまともに出来ないと言うこと。
他にも色々と調べていたが、強くなれそうな方法は見つからなかった。
だが、ある時に使い魔召喚と書かれた本を偶々見つける。
微量でもムーンフォースを流せれば、召喚は成功するらしい。
彼にはもう、これしか道が残されていなかったのである。
「お願いします! どうか、小さくても良いのでドラゴンをください!」
空になったボトルもポーチにしまい。彼は、地面に両手を着けてムーンフォースを注いだ。僅かながらも金色銀色とした輝きが、カリアの両手から放たれる。
レッドゼリーを伝い陣全体に光が渡ったのか、陣そのものが発光を始めカリアの上空、林の木程の高さに地面に掘った陣と同じものが写し出された。
銀髪の少年は、ゴクリっと喉を鳴らす。
そして妄想した。
小さいながらもドラゴンを召喚し、ブレスを命令して火を吐かせる自分の姿を。
──かっこいい。
期待が膨らむ。ここから一歩、俺は前に進む。誰にも、止めさせはしないっ!!
少しツンツンとした銀髪を揺らめさせ、蒼き瞳の眼は上空の陣を、捕らえて放さない。
整った顔をしたイケメンであるカリアは、その時を待ち──それは現れた。
「──え。……お、女の子?」
黒を基調としたドレスを着た幼き美少女。
白髪とドレスを靡かせながらも上空の陣から現れ、ゆっくりと、それは地面に着地する。
閉ざされた瞼が開き、そのクリクリとした眼から紅き瞳を覗かせた。
ミレシェルアは周りを見渡す。
普段なら暗き夜の景色に見慣れたその瞳は、日の光が僅かに射し込むこの場を眩しそうに眺めた。
どこを観ても林、林、林。いや、目の前には唖然とした表情をしている少年が居る。
「ここはどこじゃ?」
少し困惑はしているが、少女は訪ねた。
呆けていた少年は、意識をハッキリさせると申し訳ない表情に変わる。
「ごめんね、君。俺の勝手でこんな林の中に召喚してしまって」
「うむ、よく分からぬが、問題ないのぅ。もう少し詳しく教えて欲しい」
確かに、よく分からない状況で突然謝られても意味がわからないだろう。
そこを理解したカリアは、ミレシェルアに詳しく説明した。
──此所はクロスディア大陸の中央に位置する、アルタイル王国であること。
──自分が召喚をおこなったら、君が現れた事。
「それと、自己紹介がまだだったね。俺はカリア、よろしく」
「ミレシェルアじゃ。今は7歳の、ピチピチプリティーガールじゃ。よろしくのぅ」
「えっ? あ、うん」
今も尚、周囲は陣の光に包まれている。
カリアはポーチからボロボロの本を取り出すと、ページを捲り、話を続けた。
「召喚がお気に召さない場合は、陣の中央にある鏡を割ると元の場所に帰れるらしいよ」
もうレッドゼリーは無いが、目の前の少女をこのままにする訳にもいかない。
そう考えたカリアは、ミレシェルアを元居た場所に戻してあげる為に語る。
──俺の夢もここまでか。さようなら、妄想のドラゴンさん。
全てを悟り、諦めかけている少年はさておき。
とうの少女は、顎に手を当てて考え事をしていた。
「それで? カリア殿、召喚と言う事は契約もあるのじゃろ?」
ミレシェルアは考えた。
──これは、儂の暇潰しに丁度良いのでは?
ここで帰っては、また暇な日常に戻ってしまう。それは阻止しなくては。
それに契約した後でも、どうせ元の場所に戻れるだろう。
パパ殿は言っていた、夜はモンスターが暴走して危険だと。
しかし、クロスディア大陸は昼である。ほほぅ。──なんて思考をしていた。
「よし! 契約をしようではないか! 儂はどうすればよい」
もうカリアには、何がなんだか分からなくなってしまった。
何で目の前の娘はこんなに契約をしたがっているのか。意味がわからない。
「ほぉー。これが契約の証なんじゃな?」
ミレシェルアは自分の首飾りの鏡に陣が刻み込まれているのをキラキラした瞳で眺める。
2人は無事、使い魔契約を済ませていた。
少女は首飾りの鏡に、少年は腕輪に填められた鏡に赤色の陣が描かれていたのだ。
鏡が必要だった事により、カリアは今更気付いた事がある。
最初からドラゴンは召喚できなかったようだ。
自然界に生きる生物が鏡を持っているだろうか。
キラキラした物を集める癖があるなら或いは。ああ、最初から夢は叶わなかったのだろう。
「カリア殿、カリア殿。儂は街を観てみたいぞ」
強くなる事を求め、全財産を使い、ドラゴンを妄想し、現実だけが、残る。
カリアは服を引っ張られて身体を揺らしながら、これからの事を考えていた。
周りに勘違いされないだろうか。
純粋な少女を連れ回す変態だと、周りから思われないだろうか。
都合がいい事に、カリアは銀髪。ミレシェルアは白髪。兄妹程度で済むだろうか。
これが、落ちこぼれが力を求めた代償なのか。無慈悲過ぎる。
──ごはん、どうしよう。……鬱だ。
契約も完了し、陣に注いだレッドゼリーも役目を果たした事で蒸発している。
目眩を起こしそうになる状況の中、カリアは少女を連れて移動を始めた。
そうして、金をいっさい持たない2人は王都アルタイルの街へ歩いていく。
この林も王都アルタイル内の、外れに位置する所に存在していた。
──もしもの時に備えて言い訳を考えておくか。
──否、最初から目立たなければ問題ないだろう。大丈夫。大丈夫な、筈だ。
きっと、少し街を見てまわれば飽きて帰ってくれる。
そう信じて彼は進む。その背中は覚悟を決めた男の、しかし悲壮感漂うものであった。
「ふおおおおおお! 綺麗な街じゃのぅ!!」
周りから視線を集める少女は、声高く辺りを見渡しながら興奮していた。
ミレシェルアの容姿が綺麗な事と、彼女の高テンションが合わさっているらしい。
2人は街の商店街に足を運んでいた。
そこから既に、少女は目立っている。服装も周りと比べると高貴で上品さを醸し出しているから。
ミレシェルアは、目立っていた。




