魔王の娘、ミレシェルア・クラシス
「暇じゃのぅ」
月がキラキラと輝く夜の世界。
微かに吹く心地よい風が、赤きウサギ耳のようなリボンと共に少女の長き白髪を流れるように靡かせる。
部屋の窓枠に腰掛け、紅き瞳で外の景色を眺めている者が此所に居た。
「うむ。さてさて、この暇で仕方ない時間をどう潰そうか」
黒い布地に白いフリルが装飾された肩から袖の無い膝丈ほどのスカートドレスを身に纏い。同じく黒き布地に白のフリルが付いたシフォンアームをその細い腕に纏った幼き者は、そこから見える崖下に広がった、月と街灯の光によって照らされた街を眺めている。
少女の名前は、ミレシェルア・クラシス。
この物語の主人公である。ちなみに、現在は7歳。
「街の散歩は飽きてしまったし。訓練も終わっておる。勉強も、必要ない」
小言で呟いては、ふぅ、と息を吐き──
「儂、完璧じゃな」
──等と、誰も居ない所でドヤ顔を決めていた。
「こうなれば、パパ殿の所に邪魔するのじゃ!」
窓枠から部屋の床に飛び降りた少女は、右手を窓へ向けると金色か銀色にも見える光を伸ばした。すると、開いていた窓が自然と閉じられる。
そのまま自分の部屋をあとにし、この広き城の廊下を歩いていく。
目指す場所はパパ殿が居る所、魔王が座す、謁見の間。
ここは、魔界大陸ガルゾルート。
魔族が統べる大陸の一部を統治している、第四天魔王ガルスが住まう城。
第四天は魔人族。それがミレシェルアの父、ガルスの種族であった。
「……。」
そこは広く、石畳の床に赤き絨毯が敷かれており、奥には玉座が設置されている。
脚を組み玉座に腰掛けた者が、肘掛けに左腕の肘を乗せ静かに座っていた。
この者がミレシェルアの父にして、第四天魔王のガルス。
アッシュグレイの肌、つまりは灰色の肌を持ち、逞しい体格は魔王としての威厳を十分に備えている。
娘と同じ白髪の長髪はオールバックにしており、娘には無かった黒き角を頭部の左右に生やしている。
軍服に近い服装に身を包んだその者は、その紅き瞳で前方を眺め続けていた。
理由はない。
今は仕事の休憩中。この謁見の間で静かに、ただ静かに時を過ごしているのだ。
次の謁見まで30分はあるな。等と、寛いでいたら不意に部屋の両扉が開きだした。
「──っ!?」
魔王は、慌てて姿勢を整える。
組んでいた脚はそのままだが、姿勢を正して両の肘を肘掛けに置き、指を絡ませ膝の上にソッと添えた。
「パパ殿ぉー! 儂が来たぞー!」
「──うむ。よくぞ来た、娘よ」
魔王の配下が開いた扉を潜り、ズカズカと入ってきたのはミレシェルア。
内心では、仕事かと思い慌てていたのを隠すが如く。魔王ガルスは威厳の籠った態度で娘を迎えた。
絨毯の上を歩み近づいてきた娘を眺め、魔王は組んでいた脚を解き椅子に子供1人分座れるスペースを作る。
少女は父の股の間に腰掛け、顔を上に向けた。目元で揃えられた前髪が左右にずれる。
「街の外へ遊びに行きたいのぅ」
「駄目だ」
返事は即答だった。
それを聞いたミレシェルアは、頬を膨らませる。
「駄目だ」
しかし、無理であった。
まあ、少女が機嫌を悪くさせて頬を膨らませたのではない事ぐらいバレバレ。
このようなやり取りも初めてではない。
なにより、魔王ガルスが否定するのにも理由がある。
魔族のほとんどは夜型なのだ。全てではないが、少なくとも第四天の魔人族は夜に行動をする。
そして問題なのは、この夜と言う部分。
この世界には月光と呼ばれる不思議な力が存在している。
生き物の心に蓄えられるその力は、とても便利であり、危ない力。
先程、ミレシェルアが窓を閉じる時に使用した金色銀色とした光は月光に似た力だ。
「夜のモンスターは力と狂暴性が増している。ミレシェルア、おぬしが戦える事も知っている。しかし、もしも、と言う状況はあり得るのだ。我が共に行ければ良いのだがすまんな、最近は忙しい。頼れる部下を連れて行かせる事も可能だが、やはり我の眼の届かぬ状況は不安で仕方ない。わかってくれるな」
ガルスが話した通り、この世界にはモンスターが存在している。
そのモンスターは月光が強い夜になると気性が荒くなり、暴走してしまうのだ。
ミレシェルアがもう少し成長してくれれば多少は安心出来るものの、今は7歳。
過保護になり過ぎるのも仕方のない事である。
「むぅ、まあ、わかっていた事じゃのぅ」
ここまで含めて、何度も繰り返されたやり取りだ。
それでも、暇過ぎる少女にとっては「今度こそ!」と思いを強くし訪ねてしまう。
座っていた椅子から立ち上がり、数歩進んだ所で父に顔を向ける。
「パパ殿も身体を壊さぬようにのぅ」
「──もう行くのか?」
「うむ。最初から訪ねに来ただけ。この後も仕事じゃろ? ゆっくり休みたかろう」
またのぅ。と、手を振って謁見の間を出ていく少女。
父ガルスは、そんな娘の背中を眺めている事しか出来なかった。
まだ幼過ぎる娘に対して過保護になるのは仕方ない事だが、先程話したように部下を護衛に付ける事は可能なのだ。しかし、それを許さないのはガルスのワガママでしかない。
「すまない」
既に此所には居ないミレシェルアに対して言葉を呟く。
我にも時間に余裕が有れば──娘を肩車しモンスターに突撃して遊べたものを。
そう考えては再度、身体を休める。
結局、自分の部屋に戻ってきたミレシェルアは椅子に腰掛けた。
背もたれに寄りかかるようにして、天井を眺める。
──ああ、幼い身体じゃからだろうか。時が進むのを遅く感じる。
ぼけーとする程にそれは感じられた。
──昔なら直ぐに、時間が進んだものを。
瞼を閉じては過去を振り替える。
──前世は楽しめたのぅ。まあ、あ奴らのお陰か。
懐かしき記憶を思い出しては、自分を除いたかつての友、6人を懐かしむ。
ミレシェルア・クラシス。
この幼くプリティーで可憐でキュートな少女は、前世の記憶を持っていた。
今暮らす世界とは違う世界。そして、天寿をまっとうした筈のお爺ちゃん。
気づいた時には魔王の娘として誕生し、7年以上が経っている。
どうしてこうなったのかは知らないが、少女は"転生者"であった。
この事は誰にも話していない。別に、伝える必要も感じてはいない。
父や母には黙っている方が良いだろう。
せっかく産まれた可愛らしい娘が、どこぞの知らぬお爺ちゃんの記憶を持っていた等と知れれば可哀想だ。
騙すようで申し訳ないが、秘密にさせてもらおうと決めている。
「それにしても、本当に暇じゃなぁー。ママ殿は庭で、花の世話をしている最中かのぅ」
盆栽は知らないし、植物の世話も興味がそそらない。
植物型のモンスターで育てれば強くなるとかなら、まあ楽しめそうだが。
暇潰しに訓練でもしようか、と思考し、首に架けた首飾りを触る。
紐で出来た輪っかと、装飾の中央には円型の鏡が填められたペンダント。
「──んっ? 何じゃ?」
首に架けられたペンダントを手で掴んだタイミングで、異変が起きた。
ミレシェルアは手で掴んだ。それ以外の事は何もしていない。
しかし、そのペンダントの中心にある鏡が、突然と光を発する。
金色とも銀色とも言える輝きが、少女を包んでいく。
──これは、ムーンフォース!? でも儂、何もしていないぞ!?
「何──なのじゃ!!」
咄嗟に椅子から立ち上がるが、──この場から少女の姿が消えていた。
残されたのは、丸く大きい鏡の形をした影のみであった。




