冒険も必要なのだ
カリアが砂漠の中に消えた後、マカハーンと数人の生徒達が首都ドドギーラの入口へ急いだ。
何か問題が起こった時に備えて、王立ヴェルト学園とギーラ学園の先生達が待機している。
「なんだと!? トゥースタンが、砂漠の中に引きずり込まれたのか!」
自分に言い聞かせるよう深呼吸をし、急ぎたくて焦る気持ちを落ちつかせながら、冷静さを維持して説明したマカハーン。
担任のランバールが驚愕した表情を浮かべ、近くにいるギーラ学園の教師達に視線を送る。
「砂漠の地下道ですね。すぐさま追いかけず、我々に報告した判断は中々のもの。地下道は広く深い。ドドギーラに住まう者ですら中を熟知している者はほぼ居ません」
「カリアは助かりますの?」
「助かるかどうかは引きずり込まれた者次第です。モンスターも沢山いますので、命に危険が訪れている状況は変わりませんので」
眼鏡を掛けたその教師は、クイッと眼鏡のズレを直し地図を取り出す。
カリアがどこで姿を消したのか確認も終わり、救出に向かおうと動きだした所で──
「その話、本当なのかしらぁ? なら──が、助けに向かうのよー!」
──上空からの声に驚いた。
いざと為れば生徒達が迷わないよう、目安として首都ドドギーラの入口に先生達が構えていたが。
それでも街を覆う岩の壁からは距離もあり、近くに建物がある訳でもない。
「何ですの?」
生徒達や先生達が、太陽によって眩しい上空へ視線をあげた。
皆の視界には、空を飛ぶ謎の人物。
何か棒のような物体に座って、スススっと流れるように飛んで移動していく。
ギーラ学園側の教師達は「しまった!」と、焦る態度を表し始め。
「お待ちください! ──様っ!!」
その者を、必死に追い掛けだした。
一方、砂の中へ消えたカリアは。
「くっ! 放せ!」
地中に飲み込まれてすぐ足に絡みついた触手を剣で切り裂き、地下道の足場に着地。
「うわぁ。……砂が口の中に入った」
口内に含んでしまった異物を吐き出そうと咳き込み、視線を後ろに向ける。
カリアの向いた先には、地中へ引きずり込んだモンスターが触手を叩きつけていた。
「……。」
不意に近い相手からの攻撃だったが、少年は静かに半歩横に移動して避ける。
振り落ろされた触手を右手に掴む剣で切断し、敵の硬度も調べておく。
(俺でも、いける!)
敵は、ローズクラーケン。
先まで地上でも戦っていたモンスターの一匹に過ぎない。
それでも、数ヵ月前のカリアなら絶望的な状況だっただろう。
けれど、今の彼からは絶望を感じさせない。
全長がカリアの数倍はある敵の触手を華麗にかわし、律儀に全ての触手を切り落として接近していく。
敵の胴体に肉薄したカリアは一撃に力を籠める為、両手で剣を掴み横に一閃。
断末魔もなく、棘の触手を持つローズクラーケンは命を落とした。
(これがムーンフォースか。力が上がっているだけじゃない。視力も良くなっているし、ムーンフォースの輝きが暗い場所を照らしてくれる)
太陽の光が届かない地中。
ここは暗く、熱々とした砂漠の地上とは違って涼しさも感じられる。
モンスターを1人で討伐した喜びを味わっていたいが、今はそれどころではない。
どうやって地上に戻ろうか思考するが、予想よりも高さがあるらしい。
(ミレシェルアを喚んで、重力で浮かしてもらうか? いや、ここまで来たら俺だけの実力で地上に戻りたい)
足にムーンフォースを集めジャンプしても、とても上に届く気がしなかった。
しかし、ここでミレシェルアに甘えても、カリアの成長を阻害されてしまう。
冒険も、たまには必要なのだ。
一度深呼吸をして、地上に登る方法を考える為に、周囲を見渡した。
なんかカチカチと変な音が響いていると思っていたが、壁一面に巨大な蟻型モンスターの群が埋め尽くしている。
「助けてくれ! ミレシェルアぁ!!」
助けを呼ぶ事も、たまには必要なのだ。
腕輪の鏡を額に付け、情けなくも必死に助けを求める。
「ぬわあああ! なんなのじゃコイツら、しつこいのぅ!」
「斬っても、次から次に沸いてくるなんて」
あれから、数十分くらい経っただろうか。
ミレシェルアとカリアの2人は、全力で蟻の群から逃げていた。
一匹の強さは大した事はない。雑魚の中の雑魚。
2人が逃げている理由は、単純に新しい群が地下道の穴から沸きだしてくるから。
倒してもキリがない状況に嫌気が差し、出口を探して走り出す。
体力のないミレシェルアは数分でギブアップし、少女のナイト『ダウンロード』を発動させて重力を増幅し、宙を浮いてカリアの後を追う。
「せめて実力差を感じて、退いてくれれば良いものを」
チラリと後ろを眺めれば、今も蟻の群が床、壁、天井を這って追い掛けてくる。
──余りにも、気持ち悪い光景だった。
時たま凍結を発動させるが、やっぱり後ろの群が追い掛けてくるのみ。
少しの時間稼ぎにしかならない。
「こんな時、俺もあの時のような、ムーンフォースとナイトを発動できれば」
前を走るカリアは悔しそうにしていた。
あの時と言うのは、ロンティナから帰還している最中の、モンスターの大群に襲われた時の事。
青緑としたムーンフォースを纏った月光の剣と、『アクセルハート』。
カリアはたまに、あの頃を思い出してはナイトだけでも発動出来ないものかと挑戦している。
結果は虚しく、発動はしない。
ムーンフォースを部分的に集中させる技術をミレシェルアに習い、カリアは周囲の少女3人の見よう見真似で腕輪の鏡にムーンフォースを集めるが、結局はナイトを発動出来なかった。
「まあ悔やんでも仕方なかろう。それよりも、カリア殿は走って疲れぬのか? 儂と同じように浮かしても良いのじゃが」
ミレシェルアは自分が体力ないので、走り続ける少年を心配している。
「ありがとうミレシェルア。でも大丈夫。ムーンフォースを扱えるようになったからか、体力も前より増えたんだ。今なら3日は走り続けられそう」
「お、おおう。それは良かったのぅ」
親指を立て、余裕を見せるカリア。
確かにここ最近も訓練を続けているとは言え、体力の化け物になったらしい。
これにはミレシェルアもドン引きであった。
「うげっ! カリア殿、行き止まりじゃ!」
「……そんな。引き返すにはあいつらを倒さないと」
蟻退治が面倒になって逃げたのに、結局はこうなった。
覚悟を決めて振り返り、壁に背を向けて剣を構える2人。
蟻の群から更に奥を眺めても、映るのは蟻の群。
逃げている最中にも、次から次へと増え続けた結果だ。
「儂、魔界に帰っても──」
ほとんど冗談ではあるが、目の前の状況にげんなりし、ついそのような言葉が口から漏れてしまった瞬間。
蟻の群に異変が起きた。
「ん? なんだ!?」
先まで2人を追い掛けていた群が、その動きを止めだし。
あのしつこさが嘘だったかのように後退していく。
この喜ばしい状況を、逆に不気味に想ってしまった2人だが。
それも直ぐ、安息に変わる。
「君が地下道に消えた者なのかしら? もう大丈夫なのよー。このルルミルが来たからには、大船に乗ったつもりで居るといいかしら」
後退していく蟻の群、その間を宙を浮いて通ってきた者が1人。
棒のような物に腰掛けた少女が近付くのと同時に、白髪の少女と棒に腰掛けた少女は痺れるような感覚に襲われ。
ミレシェルアと、ドドギーラ国の王女ルルミルが、互いの視線を合わせる。
ぱちくりと、2人の少女がアホ面を晒す。




