部屋にお邪魔するぞ
「よくきましたね、夜慈郎。歓迎しますよ。ここがわたくしのお部屋です」
王女アクゼマーサの部屋に到着したミレシェルアは、広く豪華な部屋に置かれた、座り心地のよい長ソファーに腰掛ける。
近衛騎士のサナレルは部屋から出ていき、扉の前で警護を任された。
今この部屋に居るのは、アクゼマーサとミレシェルアの2人のみ。
後頭部に大きな帽子を被る少女は、いつも肌身離さない大杖を振るうと。
ムーンフォースを操作して読書の時に使用する小さなソファーを浮かし、ミレシェルアとテーブルを挟んで向かい合うように並べる。
「相変わらず整理整頓された部屋じゃな、弦七よ」
辺りを見渡せば家具が綺麗に配置されている。
目の前で2つのティーカップに飲み物を注いでいる少女の性格が、部屋に表されていた。
すでに城に帰還した馬車の中で、互いの前世は確認済み。
「これが普通かと思いますが、しかし、家具の配置は人それぞれでしょうね。それよりも夜慈郎。前世の友としてではなく、この国の者として、切り裂き犯やロンティナの件は感謝しております。被害も少なく済んだと聞いていますよ」
両手でソーサーごとティーカップを掴み、注いだ紅茶を口に含んで風味を味わうと、静かに喉を通して一息つくアクゼマーサ。
「まあ気にするでない、報酬も頂いたからのぅ。2度もモンスターの大群に襲われたのは懲り懲りじゃが、タイミングが悪かったのだろうか」
街中を駆け喉が乾いていたミレシェルアは、ゴクゴクと遠慮なく、温かな紅茶を飲み干してしまった。
空になったカップをテーブルに戻し、身体をほぐそうと伸びをする目の前の少女を眺め。
アクゼマーサは瞼をパチクリとさせ、疑問を聞いてくる。
「夜慈郎。あなたは知らないのですか? "ブラッドデー"を」
「む? なんじゃ? その不吉そうな名の響きは」
「……そう、知らないのですね。夜慈郎だけが知らないのですか? いえ、魔族全体が、と言う事はありえませんね。相手があなたですし、ここで教えても大丈夫かと思いますが。街の人々に他言は控えてもらいますよ」
真剣な瞳で語りだすは、アルタイル国王の姫として。
「城に遺された文献には、こう記されていました。『月が血のように染まる7日間』、故にブラッドデー。その期間は月光が、何時もの何倍にも及ぶ力を発すると」
「……まじか」
「既に、その前兆も見せていますよ。モンスターの大群による襲来。ブラッドデーが訪れれば、必ずや今まで以上の災いが襲いかかる事でしょう。押し寄せ続けるモンスターの嵐によって──スタンピードが始まるのです」
だからこそ、無駄な混乱を招かない為に住民には内緒にして欲しいと。
国がどう対策をとるのかを決める前に情報が広がれば、あの国の方が安全そうだ! と最初は少数の人々が。
そして、次第に国のバランスが崩壊するレベルに移民が生まれる可能性がある。
「最初にブラッドデーを予見したのは、ベルニカ王国の王様でしたが。他国にも早急に情報が伝えられ、被害の少ない段階から災厄に備える事が可能になりましたよ。文献にも、きざしが確認されてから1年以上が経過したのちブラッドデーが訪れたと、そう書かれておりましたし」
しかし場合によってはクロスディア大陸の五大国が手を組み、一丸となってスタンピードを迎えられるかもしれない。
今はただ、ひたすらに国の戦力を上げる事しか行動が出来なかった。
「そういえば、逸瑠と三竹の2人も、調べ事がどうの言っておったのぅ。余り気にせんかったが、これの事か」
腕を組み納得した顔でいるミレシェルア。
「ちょっとお待ちなさい。今、何て言いましたか? ──逸瑠と三竹の2人も、この世界に?」
「うむ。2人のおかげで、お主も転生者かもしれないと予想ができたのじゃ。ルナフォンに電話番号もある、話しかけてみるかのぅ? お主の番号も交換しようぞ」
黒い衣装のポケットから板状の機材を取りだし、小さな手で操作していく。
ルナフォンを手に入れて一月近く、未だ慣れないのか「ぐぬぬ」と唸り声を漏らし苦戦しながらも扱う友を眺め。
アクゼマーサが席から立ちあがり、ゴシックな赤白いドレスを靡かせてミレシェルアの隣に腰掛けた。
「苦戦しておりますね」
2人で番号を登録し、アクゼマーサにベルニカ王国の双子姫の番号も教える。
それが完了すると、電話番号の登録者一覧から逸瑠を選択。
「チャオ!」
電話を掛ければ開始早々に何時もの挨拶だ。
ルナフォンを伝わって相手側からも「チャオ!」と2人から返される。
『どうしたんですか? 夜慈郎。そちらからウチ達に電話を送るなんて、珍しいことです』
『ミーの予想では、やっとルナフォンの扱いに慣れた感じ?』
1つの機材から2人の声が発せられた。
相手はベルニカ王国の双子姫、ティマシールとセシェリアである。
ティマシールが逸瑠の転生者。
セシェリアが三竹の転生者であり、ミレシェルアの前世からの友達。
「残念じゃのぅ、ハズレじゃ! 儂が話し掛けたのはな、気にしておったアルタイル国王の姫、アクゼマーサに会ったからじゃ」
『っ!? ──それで、どうだったのです?』
ミレシェルアから答えられた内容に、ルナフォン越しではあるものの相手2人が驚いていたのが伝わった。
にししっと静かに笑みを浮かべ、手に持つルナフォンを隣に座るアクゼマーサに渡す。
「チャオ。お久しぶりですね、逸瑠、三竹。わたくしがアルタイル国王の王女アクゼマーサですよ。さて、それでは問題です。わたくしの中身は誰でしょう」
『えっ!? 話し方だけで当てるクイズ? ミー達が不利過ぎない?』
『ちょっと待てです! 頭の悪い阿露覇は、除外しても大丈夫そうです』
流石は腹黒の逸瑠が転生した者だけはある。
本人が聞いていたらキレていた事だろう。
このタイミングで阿露覇の名前が出てくるとは。
予想外であったミレシェルアは、腹を抱えて笑ってしまった。
「ひぃ……。酷いのぅ、お主。笑わしてくれたお礼に、儂からもヒントをやろう。少し通話を切るぞ」
そう告げて、ミレシェルアは通話を断ち。
隣でキョトンとしているアクゼマーサに密着する。
「夜慈郎、いったい何を。……近いですよ」
「儂とお主の仲じゃろ、気にするでない。写メを贈ってやろうと思ってな。写真を撮るだけじゃ」
左手でルナフォンのシャッターを構えるミレシェルアは、肩を触れ合わせ右手でピースを作る。
アクゼマーサも頬をほんのりと紅く染め上げ、照れながらも左手でブイサインをした。
ただ呼吸をするだけで、ほのかにお互いの優しさ溢れるいい香りが鼻をくすぐる。
「うえーい」
ミレシェルアの変な掛け声と共に、パシャリと写真を撮る。
「これでよいじゃろう。──もしもし、三竹のルナフォンに写メを贈ってやったぞ。儂からのヒントじゃ、ありがたく考えるとよい」
再度、ティマシールの方に電話をかけ直した。
写真はセシェリアのルナフォンに贈ったので、今頃は2人で眺めて悩んでる最中だろう。
『あー、これは弦七ですね。間違いないです』
『多西なら並んで笑顔だろうからね。政悟なら写真の8割は奪われてた。阿露覇は最初から論外で。この照れかた、うん、弦七だ』
「……そんなに、簡単でしたか?」
遊び半分に自分から提出したクイズだが。
写真を贈っただけで想像以上にたやすく見破れ、余計に照れ恥ずかしそうにするアクゼマーサ。
ミレシェルアと零距離でいた時以上に、頬を紅潮させている。
「こうやって儂ら4人が、こちらの世界に転生しておるし。つくづく他の3人も、同じく転生しておる可能性が高そうじゃのぅ」




