狙った再会
「──どうぞ、お入りなさい」
「それでは、失礼します」
王都アルタイルの中央に建てられた城。
アルタイル城の一室で、扉越しにやりとりがおこなわれた。
1人の女性騎士が小さな紙の箱を手に持ち、扉を開けて中に入る。
「サナレル、わたくしに何か用ですか?」
部屋の小さなソファーに腰掛け静かに読書を嗜んでいた幼い少女が、栞を挟み横に置かれた小型の丸テーブルの上に本を置く。
金髪の前髪が目元をぱっつんに揃えられ、顔の前方左右で伸ばした髪は床に付きそうな程長い。
ミステリアスな雰囲気を持つ眼から青色の瞳が覗き、白き肌も合わさって美しき人形のよう。
少女の名は──アクゼマーサ・エルメス・フォン・アルタイル。
ここ、アルタイル王国の姫だ。
「姫様にお土産を持ってきました。最近有名のスイーツなんですよ」
サナレルと呼ばれた彼女は、膝近くの高さの四角く大きなテーブルの上に紙の箱を置き、部屋に備えられた食器棚から1枚の皿とフォークを取り出す。
姫専属の近衛騎士副隊長である彼女が1人黙々と準備をする中、アクゼマーサ姫は思考する。
(新しいスイーツ? アルタイル王国ではシフォンケーキにクッキー、森の町ロンティナのヨウカンと北の辺境ノストのプディングでしたか。それ以外のお菓子は初耳ですね)
頭を傾げ、後頭部に被った楕円形の大きな帽子が少し揺れる。
座っていた椅子から腰を起こし、赤と白のゴシックドレスを靡かせ四角いテーブルへと移動した。
「っ、これは──タルト?」
赤色のゴシックな靴で足音もたてず近づいた少女は、皿に盛られたスイーツを眺め、不本意ながらも声が漏れてしまう。
「知っていたのですか? 姫様。流石です、見聞もお広い」
サナレルは姫の呟きを聞き、若干驚いた様子を見せたが。
神童と呼ばれる幼い少女の存在に納得して、驚きをおさめる。
タルト生地にカスタードとプップルが添えられた、細長い三角形にカットされたタルトをアクゼマーサ姫が食べやすい位置に置き。
飲み物は定期的に温め淹れ直した紅茶がポットにあるので、ティーカップに注ぎタルトの近くに並べる。
アクゼマーサ姫は横に広いソファーに座り、サナレルにお礼を言って一口食べた。
「美味しい」
サクサクとしたクッキー生地と、滑らかなカスタードクリームにプップルの果実。
一口を味わいながら、姫は考えた。
"前の世界"での、桃のタルトみたい。だと。
「サナレル。このタルトは、どこで作られたのですか?」
「? 西の大通り、お菓子屋パティシエーゼです。前に、国内でオススメされたお店なんですよ」
姫の訪いを聞き。
タルトの存在は知っているのに。
初めてタルトを作った店を、知らない様子の姫の反応を見て。
不思議に思いながらも、答える近衛騎士副隊長。
「そこへ向かいますよ。ついて来なさい」
「えっ!? 今からですか?」
一切れのタルトを完食し、ハンカチで口元を拭く姫は告げた。
(まさか、転生者? いえ、そう考えるのはまだ早いですね。その店の者が才能で作った可能性もあります。ならば、実際にお会いして確認するまでの事)
ソファーから立ち上がり、自身よりも大きな杖を持って歩き出す姫に困惑したサナレルは、急いで先回りし、部屋の扉を開く。
護衛を増やしましょう! と騒ぐサナレルに「すぐ終わります。心配はいりません」と答え、そのまま2人は城を出て西の大通りへ向かった。
「ここですね、サナレル」
「はい。しかし、姫様。周りに目立っております」
馬車に乗り、目的の場所にたどり着いたアクゼマーサは、お菓子屋パティシエーゼの前方に立つ。
この国に暮らす人々で、アルタイル王国の王女を知らない者は居ない。
神童と噂を広め、その容姿も合わさり有名なのだ。
王族が使用する、キングバイフォンに引かせた馬車だけでも視線を集め。
中から現れた王女の姿を見て、大通りに居た人々は仰天した事だろう。
それが証拠に、パティシエーゼで働く女性の者が、慌てたように店から飛び出してきた。
「失礼します、アクゼマーサ様。このようなお店に足を運んで頂き、誠に感謝致します。しかし、要件は何でございましょう?」
「かしこまらなくとも大丈夫です。と、言っても無理でしょうね。手短にお話します。わたくしが突然こちらにお伺いしたのは、聴きたい事が有るからです。今、よろしいですか?」
「は、はい! 私でよければ何なりと、お聴きください!」
右手に大杖を持つ年相当な小さな身体の姫に、緊張した様子の店の女性。
「そうですね。まず、わたくしはタルトを頂きました。とても美味でしたよ。──それで聴きたいのですが、タルトを産み出したのは貴女ですか?」
落ちついた様子で、左手を胸にあて、優しく微笑みながら話すアクゼマーサ。
その姿は一国の姫に相応しく、堂々とした佇まい。
目の前に立つ女性を含め、こちらを伺う皆が8歳の少女に感心する。
「はい、そ、そうです。タルトを形にしたのは私です。……しかし、タルトの案を教えてくださった者は他に居ます」
最初はガチガチにガタガタと震えていた女性も、お咎めなしだと理解し、少しずつ震えを消していく。
売り物のレベルに形作ったのは自分だと答え、タルトの存在を自分に教えた者が存在する事を正直に伝えた。
「……他に、ですか。その者が誰か、分かりますか?」
胸に当てていた左手を顎に触れさせ、金髪の姫は思考する。
(どうやら、この者は転生者ではなさそうですね。なるほど、タルトの案を教えた存在ですか。自分では作らず他人に作らせた。ますます怪しくなりましたね。わたくしと同じく、タルトの存在は知っていても作れる技術をもたなかった者。そう考えるのが自然)
でなければ、金になる案を他人に教える者が居るのだろうか。
頭の中で考えながらも、お菓子屋の女性の話を聞いていく。
「はい。白髪の長い女の子です。頭に赤色のリボンが特徴的な、黒い高級そうなスカートドレスを纏った、ちょうど姫様と同じ年頃の。名前も確認したのですが──『よじろう』とだけ。どう考えても偽名ですよね、すみません。ってどうかしたのですか!? アクゼマーサ様!」
姫と同じく手に顎を乗せ、思い出せる事を1つ1つ丁寧に教える女性。
語り終わり、視線を小さな姫に向けたところ。
先程まで目の前に立っていたアクゼマーサ姫が、走りだしていた。
近衛騎士のサナレルも唖然とその状況を眺めていたと想えば、ハッとし店の女性にお礼を伝え姫の後を追い掛ける。
(──夜慈郎!?)
突然告げられた名前が耳に届き、我を忘れて走っていた。
ムーンフォースを纏うことも忘れ、周囲の驚きながら立ち位置をズラして作られる道を呼吸を乱しながら進んでいく。
すぐさま追いついた女性騎士サナレルが並走して「どうかしたのですか!?」と尋ねてくるが、姫の耳には届かない。
そのまま10分近く、街中を走っただろうか。
どこかを目指していた訳もなく、宛てもなく無我夢中に。
「はぁ……はぁ……」
(いったい、わたくしは何をしているでしょうね。こんな広い街を闇雲に走って、1人の人物を探すだなんて)
両手で大杖を掴み、倒れそうになる身体を支えながらやっと冷静に戻った。
冷静になればなるほど、自身の失態に気がつき、隣に立つサナレルにも申し訳なく思う。
お菓子屋の女性にも、お礼を伝えていない。馬車も置いたままだ。店の邪魔だろう。
「少々、取り乱しましたが。もう大丈夫です。突然走りだしてすみません。サナレル、戻りますよ」
「あ、はい。驚きましたよ姫様。お疲れなら仲間に連絡して、馬車をこちらに来させますが」
「心配いりません。それに、わたくしの『ナイト』なら尚のこと」
呼吸も整い、身体も休まった。
お菓子屋パティシエーゼの前にとめた馬車へ戻ろうと、振り返ったアクゼマーサ姫。
すると、そのタイミングで──心に痺れる感覚が襲いくる。
「チャオ!」
「──っ!?」
振り向いた姫の視界の先に。
丁度、地面に着地した瞬間の少女が、綺麗な白髪を靡かせ舞い降りた。
その神秘的な光景は美しく、青色に染まった昼の空すら芸術の一部であるように。
店の女性が教えてくれた特徴と一致する。
白髪の長い、頭に赤いうさぎ耳のようなリボンをオシャレしている少女。
──ミレシェルアが立っていた。




