夢
ミレシェルアは薄れた意識の状態で、真っ白な世界に居た。
ただぼんやりとしながら、何が起きるかも分からない空間を浮かんでいる。
「おい、夜慈郎。お前、なんで昼飯にカップラーメンを持ってきたんだ?」
「聞くな、一時の気の迷いだ。……馬鹿やってしまった。ヤカンは持ってきたのに」
(ああ、懐かしいのぅ。確か、高校の時じゃったな。あの時の逸瑠の驚愕した顔は忘れられん。腹黒の奴には何度もネタにされ弄られたものじゃ)
瞼を閉じて、聴こえてきた声に耳を傾ける。
前世の、逸瑠と夜慈郎の会話だ。
高校の昼飯の時間、皆で集まって弁当を食べる時に失敗した記憶。
ヤカンが有るのにコンロが無い。つまり、お湯が無かった。
「あはは、何してるの。職員室でお湯を貰ってくると良いよ」
「多西の言う通りだね。ミーの記憶では、お湯ポットが有った気がする」
この頃はまだ若く、軽い気持ちで思い立った事を、先も考えずおこなったものだ。
今回はミレシェルアの前世である、夜慈郎が馬鹿をやったが。
いつもは皆で順番にアホやって、笑いあった。
「購買でパンでも買った方が良いんじゃない? ついでにツナパンも宜しく!」
「買いには行かん。行ったとしても、政悟の分は買わん! 絶対にだぞ!」
「職員室に向かうなら、私も行きましょう。先生に渡すプリントがありますから」
「よし、なら行こうか弦七」
(そうじゃ、そうじゃ。両手にカップラーメンとヤカンを持って、儂と弦七が職員室に向かったのじゃったな)
腹黒な逸瑠、エンジョイ勢の多西、ノリの良い三竹、独占欲の強い政悟、真面目な弦七。
声しか聴こえないけど、全てがミレシェルアにとって懐かしい。
その後、職員室でお湯を貰うついでに、物を運ぶのを先生に頼まれたのだ。
「すぐ教室に、戻れると思っていましたが。……誤算です」
「そう言うな。腹が減っておるのは、お互い様だろう。はぁ、ヤカンを置いてくるのを忘れていた」
午後に使用するらしい、石灰が入ったラインカーを倉庫から持ち出す為。
夜慈郎と弦七の2人は移動。
(この後だのぅ。阿露覇に出会うのは)
この先の展開を知っているミレシェルアは、薄ら笑う。
倉庫にたどり着き、鍵が開いている事に気がついた2人は、不振に想いながらも中に入っていった。
日の光が僅かに差すだけの建物内は視界が悪く。
ラインカーを見つけて直ぐ、ここを出ようと考え──
「お前ら、あいつらの仲間か!」
──第三者の声が届くと同時に、夜慈郎へと何かが襲い掛かる。
「あかーん! これは、ヤカーン!」
カーン! と、乾いた音を響かせながら。
迫りくる、振るわれたモップの持つ部分を、ヤカンで防いだ夜慈郎。
突然の攻撃に、弦七と2人で驚愕した。
(阿露覇の奴め。以前喧嘩した不良の仲間と勘違いし、儂らを襲うとは。何度思い出しても酷いのぅ)
根は良い奴だが、俺様系の阿露覇。
なんとか誤解も解き、その後は無事にラインカーを運ぶのも終わり。
職員室に帰った頃には、カップラーメンの麺が伸びきっていた。
それ以降、阿露覇とも仲良くなり。
7人は、長き年月を共に遊ぶ。
『オジーズ』と自分達で呼び、天寿を全うする近くまで。
「──ん? おお、ママ殿ではないか」
目を覚ました白髪の少女は、横に腰掛ける存在に気がついた。
場所は、第四天魔王城の庭。
いつの間にか、芝生のような地面に寝ていたらしい。
「起きたのね。凄く幸せそうに寝ていたわよ、ミレア。いい夢だったのかしら?」
「む? ……夢か。どんな夢じゃったかのぅ、覚えておらん」
言われてみれば、にやけるような夢だった気がする。
夢を見ても覚えている時と、忘れている時があるが。
今回は後者のようだ。
「あらあら、ミレアったら。よだれが垂れているわよ。拭いてあげるから、そのままじっとしてて」
まだ眠気が残っている。
ボーっとした娘を眺める母レイナは、ミレシェルアの御付きであるユーリエッタからハンカチを頂き、口の周りを優しく拭いてくれる。
近くに居るのはレイナだけではない。
従者のユーリエッタ、ククリアン、ハーベスの3人も居たようだ。
崖上に建つ魔王城はその前方、崖沿いに青白く透き通った木を横に並べ植えている。
クリスタルツリーと呼ばれる、幹から葉までがガラスの様に美しい木。
夜の景色と合わさり、優しく光りを帯びた姿は、まさに宝石のよう。
そんな木から発する光に照らされた母は、黒い髪を肩辺りで揃えており、耳に掻ける仕草をしていた。
「そろそろご飯ね。今日はこちらで食べていくのでしょ? ミレアも一緒に行くわよ」
立ち上がり、白いドレスに付いた草を軽く落としている。
大人の女性と呼ばれるに相応しく、身体はボンキュッボーン。
20代後半のレイナは、見た目も若く綺麗であり。
人間なので、ミレシェルアと同じく頭に角が生えていない。
「ではお二人様。暗き足場にはお気をつけて」
「ええ、ありがとう。ハーベス」
手に持つランタンに明かりを灯して、ハーベスが近くに立った。
レイナと同じく腰をあげ、服に付く草を落としたミレシェルアは、差し出された母の右手を左手で繋ぎ、皆と共に歩きだす。
「ミレシェルア様ぁ。残りの空いたおてては、私めが握りますよー!」
「ククリアン、抜け駆けはよしなさい。そこら辺の取手でも握れば良いのです」
「ユーリエッタ、貴女。どさくさに紛れて、ミレシェルア様の近くに寄りすぎでは?」
魔王城内部を目指して庭を進む一行は、騒がしくなる。
「ミレアは本当に人気よね。母として嬉しいわ」
見慣れた光景を目にしたレイナは、繋いでいるのと逆の手を口元に当て、緑色の瞳を細くし優しく微笑んだ。
「ふぁー。……今日のご飯は何かのぅ」
当のミレシェルアはあくびをこぼし、右手の平で開いた小さな口を隠す。
カリアが進級試験の合格を発表して、早一月が経っており。
現在の月日は冬の下月中旬。
もう少し経てば、来年となり春が訪れる。
(そろそろか。タルトの件も上手くいけば良いのじゃが)
大人な女性4人に囲まれ、道を進むミレシェルアは考えていた。
この一ヶ月間、カリアの特訓をしながら。
偶に王都アルタイルの西地区大通りに建てられたお菓子屋パティシエーゼに赴き、タルトの完成を待っていたのだ。
最近になって売り出せるレベルの品になったらしく。
発売されてすぐタルトの噂も広まり、売り切れになるとか。
(ご飯の後にでも、様子を見に行ってみるとするかの。……問題があるとすれば)
そこまで思考し、チラチラと周囲を観察する。
また向こうの大陸に行こうとすれば、従者の3人が淋しさの余り、ミレシェルアに抱きついてくるかもしれない。
今度、第四天の街の買い物に誘う事で、機嫌を良くさせ身体から放れてくれればいいのだが。
(ついでにタルトでも購入して、お土産にすればよいじゃろう)
魔界大陸ガルゾルートの食文化は、クロスディア大陸と変わらない。
どちらかの大陸でしか取れない食材や、生息するモンスターは存在するけど。
前の世界程ではないが、腹を満たす系の料理はそれなりに種類もあり、美味しい。
しかし、お菓子系は種類が少なかった。
今までの料理に対する、需要の問題なのだろう。
そうして、夜中のご飯を済ませたミレシェルアは。
使い魔契約を結んでいるカリアを通じて、人々の暮らす東のクロスディア大陸、その中央に位置する王都アルタイルへと召喚された。




