遂に来た
言うなれば、初見殺し。
月光は斬り、それ以外の物質は自動で──すり抜けてしまう。
身体など、肉体はすり抜け、宿すムーンフォースのみを斬りつける。
斬られた部分にもよるが大抵の生き物はそれで酔い、意識を失ってしまうのだ。
アシュレイの斬られた二の腕、その輝く切断面からムーンフォースが溢れだす。
ミレシェルアが振るう剣の勢いも止まってはいない。
力を込める為一本だけ握る双剣の刃が、黒いニットセーターを着る胴体に迫った。
「驚いたよ、ミレアちゃん。本当はこのまま勝たせても良いけど。楽しませてくれたから、僕からのお礼だ」
アシュレイは、徐々に距離が縮まってくる鋭い剣にも臆さず。
ニコリと微笑んでは、折れた刀身の先を影で形作る。
ほんの僅かな時間。
ミレシェルアの黒き刃が彼女に届くまでの一瞬、宙に浮かぶ白髪少女の身体は跡形もなく切り裂かれ、舞台上に居た身代わりが消滅した。
「──っ!? 見えなかったのじゃが」
気がついた瞬間にはミレシェルアの本体が鏡から追い出され、舞台の外に立っている。
最後の太刀筋は眼で追うことも出来なかった。
恐らく、10回。いや、更に倍は斬られたのだろうか。
あの一瞬で感じた身体の痺れは凄まじく、正に虚を突かれた。
舞台上に視線を向けると砂埃は収まり、左腕を無くしたアシュレイがカリアの方を見ている。
「……降参します」
見本とするミレシェルアの闘いが終わり、観察する対象が消えた事で。
両手を上げた銀髪の少年が、自ら敗北を宣言。
「勝者! アシュレイ・ヴァレリアス!」
審判役の先生が勝者の名を大声で告げて、模擬試合は結末を迎えた。
舞台上に居たカリアとアシュレイが身代わりを解き、2人が鏡から本体に戻る。
「完敗も、完敗じゃ。悔しいのぅ」
「でもアシュレイさんに、あそこまで傷を付けれた人は初めて見た」
最後は勝てると思ったが、現実は甘くなかった。
親指の先を、その小さくぷっくらさせた唇で挟み、反省点を頭の中で考える。
トドメの一撃の時、わざと叫び相手が避ける行動よりも、受け止める行動を選択させた所までは良いが。
そこから先は、実力の差でしかない。
ミレシェルアの全速より、アシュレイの攻撃の方が速かった。
最初から相手の方が強いことも分かっていたけど。
弟子の前、人々の前。
負けるところを見せたがる者はいない。
まあ、一撃入れられた事じゃし良いか。と、自分に言い聞かせ。
ミレシェルアはカリアに、観察は出来たか確認する。
「目の前で闘ってくれたからね。俺の為に、本当にありがとう。絶対、忘れないよ」
そんな彼等を眺め。
いや少女を見て、周りの生徒達や先生方は、今だ驚きを隠せずにいた。
「ムーンフォースどころか、ナイトも使っていたよな」
「ああ、氷とか出していた」
「まさか、ヴァレリアスさんが片腕を失うなんて……」
「魔王の娘と言っていたぞ」
「そもそも、使い魔召喚ってなんだ?」
「……可愛い」
独りでに呟く者、近くの者同士で語り合う者、試合を思い出し絶句する者。
これまでの常識から逸脱した状況を整理させる行動を、それぞれの形としておこなう。
ムーンフォースを扱える10歳にも満たない天才は、各国の神童と呼ばれる姫君の噂が存在するため。不本意ながらも──まだ理解できる。
しかし実際に、己の目で見てしまえば心が動揺した。
生徒達の半分程しかない小柄な少女が、当たり前のようにムーンフォースを操り、学生のほとんどがまだ発動出来ないナイトを使う。
それでいて学園最強と呼ばれる多くの生徒達を瞬殺出来る実力を持ったアシュレイと、真正面から闘っていた。
更には、自ら魔王の娘と名乗り。
使い魔召喚と呼ばれる、意味不明な月光陣を使用して現れた。
極めつけは、見た目が可愛い。
敗北はしたけど自分達よりも遥かに強い幼女に、興味を抱いてしまう。
それほど今回の事は、彼等、彼女等に衝撃を与えたようだ。
だからこそ、悲しいことに。
大半の者がたどり着く感想が「何故、あんな落ちこぼれが」と、嫉妬である。
魔王の娘と仲良くしているカリアに、敵意を向けていた。
「気にしない方が良いよ、カリア君」
学園ローブを着なおし近付いてきたアシュレイが、小声で話す。
「……うん」
「アシュレイ殿もありがとのぅ。途中でカリア殿が観察できるよう、こちらに合わせてくれたのじゃろ?」
「やっぱり、バレてたか。──どういたしまして、ミレアちゃん。まあ、お互い楽しめたからね」
3人で移動し、観戦席に戻ろうとするが。
1人の男性教師が道を塞ぎ、ミレシェルアを眺め口を開く。
「少し確認をさせてもらう。魔王の娘と言っていたが。それはつまり、魔族だと言う意味でこちらは捉えていいのか? 見た目は我々人間と変わらないようだが、気を許して大丈夫なんだろうな」
遥か昔とは言え、争いあったと記録されている種族が目の前にいる。
長い間、関わりを持たない状態を維持し、互いの大陸で生活してきた。
警戒し、警戒されるのは当たり前。
「心配せずとも、悪さはせん。言葉だけでは信用も出来ぬ事は理解しておる。儂が言える事は、警戒するのはそちら側の勝手で構わぬ。最初からそれを理解して魔王の娘だと、そう宣言したのじゃからのぅ」
身長差から見上げるようにし、小さな少女は視線をぶつけ伝えた。
先生は聞き終わると、少女の左右に立つカリアとアシュレイを眺める。
「冬の上月の間、何度も喚んで共に居たけど。俺は信用しても大丈夫だと思っています」
「そもそも黙っていれば隠せる事を、自らの口で伝えてきたんだ。僕も長い時間彼女と共に過ごしたけど、警戒するだけ無駄な労力だと思う」
「……わかった。今はお前達の言葉を信じよう」
所詮は記録。
過去に何があろうと、今を生きる人々が魔族の被害にあったと言う噂は聞かない。
「一応、上には報告する」そう告げて、先生が道をあけてくれた。
皆で階段を登り観戦席に着くと、スカスカに空いている場所を選び腰掛ける。
ミレシェルアとアシュレイが仲良く会話をしている最中も、模擬試合は進んでいき。
全ての試合が終わった事で授業も終わり、舞台上に立つ教師が生徒達に聴こえるように拡声器を使って話しだした。
「さて、明日から3日間休日の皆は、既に気が弛んでいる事だろう。そこで余裕ある君達に朗報だ。休み明け早々に2年への進級試験を始める!」
「──っ!?」
突然告げられた宣言に、聞いていた生徒達が顔を強張らせ喉を鳴らす。
カリアもその1人。
一番絶句しているのが彼かもしれない。
──遂に来た。
腰掛けた少年は、太股の上に置いた拳をギリリっと握る。
この進級試験でカリアの今後が決まるのだ。
ムーンフォースの放出は以前よりも楽になった。
しかし、操作に至っては覚えたての初心者レベル。
心を落ち着かせようと深呼吸をし、先生の話に集中する。
舞台上に立つ男性教師は、自身と同じ高さの茶色いブロックを出現させた。
錬成の月光陣。
手のひらサイズの紙のカードに描かれた陣を輝かせ足場の土を使い、四角い塊を作りだしたようだ。
「試験内容は、鉄に等しい硬度を持つこのブロックを攻撃してもらう。制限時間は1分のみ。その時間内なら、どれだけ攻撃をしても構わない。最終的に破壊された結果を見て我々教師が採点をする」
様はムーンフォースをどれだけ扱えるか、そのチェック。
武器の使用も許可され、発動出来る者はナイトも許される。
拳に金色銀色の輝きを纏わせた教師は、ブロックに向き合い拳を構え。
「フンッ!! どりゃああああ!!」
渇を入れる叫び声と共に、鉄に等しい硬度を持った塊を殴り掛かった。
袖が捲られ、筋肉の付いた逞しい腕が美しいフォームを描いて、茶色いブロックに拳が吸い込まれていく。
耳をつんざく轟音と共に四角い塊に罅が生まれ、拳に触れた場所から粉砕。
その一部始終だけで、塊の硬さと先生の凄さが伝わる。
ミレシェルアは関心して拍手を贈った。
「これで話は終了だ! それでは解散!」




