またも突然に
モンスター。
この世界のモンスター達は、月光を浴び吸収することで、肉体を成長させる。
皮膚や体毛が頑丈になったり、牙や爪が鋭くなったり、体格が大きくなったり。
そして、ある一定の条件が揃うと『進化』もするのだ。
ロンティナの森に現れたウッドゴーレム。
このモンスターも、元は小さな植物型のモンスターが突然変異で進化し、現れた個体。
これらの進化を危惧して。人々は例え、弱いモンスターでも討伐を惜しまない。
突然変異の進化とは、1から2に成長するだけでなく。
1から3、または1から10のように急成長を果たす場合もあるのだ。
日に照らされた、魔界大陸ガルゾルート。
第四天の魔王城、ミレシェルアは自分の部屋で眠りに就いていた。
掛け布団は捲れ、パジャマ姿でだらしなく。
普段おしゃれしている頭のリボンも外し、少女は幸せそうに大きなベッドに身を預けて熟睡する。
──ミレシェルアっ! 頼む、起きてくれっ!
「──んあ?」
──聴こえてる? お願いだっ!
「……なんじゃ? カリア殿ぉ」
睡魔との戦いで開かぬ瞼を擦り、ミレシェルアは隣に置かれた首飾りを手に掴む。
身に付けていなくても、鏡が近くに存在するなら小さな声が届くらしい。
鏡に触れた事で先程より大きくなったカリアの声が、頭の中に直接送られた。
──モンスターの大群に、襲われているんだ! マカとアシュレイさんが戦っているけど。俺達を守りながら戦うには数が多くて、時間が掛かりそうなんだ。
ロンティナを出発して1日目。
今のクロスディア大陸は夜。つまりは、モンスターが暴走している時間帯だ。
馬車の移動を止め、野宿の時だったのだろう。
「うぬぬ。……わかった。今から、そちらに向かおう」
魔王ガルスとの約束は、クロスディア大陸が夜の間は魔界に戻る事。
約束を破ってしまうが、今はカリア達が心配だ。
首飾りを首に架け、パジャマ姿で素足のまま、鏡を握りムーンフォースを込めて念じる。
「なんじゃ……。これは」
マカハーンとアシュレイの2人が居るのに自分を喚ぶ事から、余りよろしくない状況だとは思っていたけど。
予想を遥かに越えたモンスターの大群が、ミレシェルアの乗る馬車を囲むように押し寄せている。
前方でアシュレイが戦い、後方でカリアとフェツェルの2人を守りながらマカハーンがサポート。
多くの死体が散らばる中、それでも尽きる事のないモンスター達が迫り来る。
「ミレアさん、2人をお願いしますわ!」
白髪の少女が現れたのを確認して、マカハーンも群れの中に突撃していく。
周囲を眺めれば、狼型のモンスターばかりだ。
ロンティナの森は抜けたらしく、視界に広がる平原の多くが狼の群れで埋まっている。
昔に討伐したロスターウルフェンとは違う。
体長は更に小さく、体毛は夜の闇に紛れるような黒さ。
この数。もしかすると、ロンティナの襲来より多いかもしれない。
「こんなの。あっしは今まで見たこともないっすよ」
荷台で身体を丸めるようにさせ、頭を抱え怯えた様子のフェツェル。
ガタガタと震えだす彼の言う通り、目の前の敵は今までどこに潜んでいたのか。そう聞きたくなる程の量。
裸足で荷台を降りたので、地面がチクチクして痛い。
ミレシェルアはそう思いながらナイトを発動させる。
とりあえずは、馬車の前と横を包むように氷の壁で覆った。
人に育てられたバイフォンは、野生で暮らすモンスターとは違い月光の影響で暴走はしない。
「こんな時。お、俺はどうすれば」
荷台の後ろからカリアも降りてきて、ボロボロの剣を構えながら周りを見ている。
「そこにおるのが良かろう。──マカ殿、力を貯めるのじゃ!」
所詮は数だけが多い、それだけだ。
前方で戦う2人も、次から次へと敵を切り裂きながらナイトの能力で応戦していた。
その数を減らす手伝いをしようと、ミレシェルアは上に向けた手の平の高度を徐々に挙げていく。
「──っ!? そう言う事ですわね!」
最初は理由が分からなかったマカハーンも、周囲のモンスター達が地面から浮いていくのを眺め、『エレキネシス』を集中させた。
ミレシェルアのナイトにより、月光の持つ重力を増幅させたのだ。
前方で戦う2人を巻き込まないよう調整し、モンスターのみが順番に浮かび上がり、一点の場所に吸い込まれるように纏められていく。
皆の見上げた先に、モンスターの塊で作られた球体が出来上がった。
「……凄い」
カリアは見上げ、見続ける。
マカハーンとアシュレイが下がるように跳躍したタイミングで、金髪の少女は雷を纏う剣を振り降ろした。
瞬間。
耳をつんざく轟音。吹き飛ばす衝撃。まばゆい閃光。焦げた臭い。
塊を、雷が襲い。全てを焼き焦がしながら地面まで貫いた。
その衝撃は凄まじく。大地すら抉り、重力から逃れたモンスターをも吹き飛ばす。
「半分は片付いたかしら」
若干呼吸を乱し、マカハーンは周りを確認。
やや前方の上空に焦げた塊がボロボロと崩れ落ちていくのと、範囲外で助かったモンスターの残りが窺える。
皆に余裕が生まれた。
数も減り、距離もある。
最初は長期戦を覚悟したが、ミレシェルアのお蔭で短期戦で終わるだろう。
気を持ち直し呼吸を整えたマカハーンは、残りの敵を駆逐しようと崩れ落ちる塊に背を向けた。
「マカッ! ──後ろだッ!」
刹那。
カリアの緊迫した声が、皆の耳に届く。
ソレを。ソレが現れるのを観ていたのは、見上げ見続けたカリアのみ。
「んなっ!?」
少年の声を聞き、次に確認したのはミレシェルアだった。
咄嗟に腕を前に翳し、凍結を発動させる。
「──えっ?」
マカハーンとアシュレイは、反応に遅れた。
1人離れた所に立つアシュレイは問題ない。
驚いたように声を漏らし、マカハーンは振り向く。
モンスターの『進化』条件は、月光の蓄えと環境であった。
元は同じモンスターでも。蓄えた月光の量と、環境によって『進化』する分岐が変わるらしい。
今回襲いかかってきた狼型のモンスターは、ブラックウルフと呼ばれる弱い存在だ。
普通に進化しても、ロスターウルフェンに変わる程度の弱いモンスター。
金髪の少女が振り向いた視線の先。
崩れゆく肉の塊から巨大な身体を現し、その大きな口を開いて飛び掛かってくる一匹。
全身が膨れ上がる筋肉に包まれた、荒々しい真っ黒い見た目。
「──ヘルハウンドだとッ!?」
遠くから信じられないと言った、アシュレイの言葉が響いた。
馬車なんてひと飲み出来るような巨大なモンスター。
ツヴァイドラゴンなんて相手にもならない程の、強き生き物。
それほどの危険な存在が、よだれを垂らしながら口を開けてマカハーンに襲いかかる。
少女の身体は動かなかった。
突然の事だけなら、今までの経験を基に反応出来ただろう。
今回の敵は、彼女からしても未知。
純粋に恐怖で染められた体と心は、マカハーンの動きを阻害するのに十分過ぎた。
ミレシェルアの凍結が敵を襲うが、勢いが止まる事もない。
ただ呆然と立ち尽くす彼女の目の前に──
「──マカぁぁぁぁあッ!!」
──普段なら、何も出来ない少年が現れる。
カリアが両腕を広げ、庇い立つようにマカハーンの前に駆けてきた。




