始まりの1歩
カリアがミレシェルアを召喚した日。
あの日の少年は、2人の人物に心を打たれていた。
1人は勿論、ミレシェルアである。
幼く小さな身体で鎌男に勇敢に挑む姿と、勝利する実力。
逃げ遅れた皆が、そんな少女の勇姿に見惚れていたのは忘れない。
自分も憧れを抱き、強くなれる可能性を繋げられた。感謝もしている。
しかし。
カリアにとっては、もう1人の人物の方が衝撃的だった。
果物屋のおじさん。
自分と同じ、力を持たない側の人間だからこそ。
カリアとミレシェルアの為に、敵に向かっていった後ろ姿が記憶に残る。
少年は思った。
自分にも同じ事が出来たのだろうか、と。
直ぐに否定した。
あの時の自分は、ただ立ち尽くす事しか出来なかったのだ。
もし、奇跡的にあのタイミングで、ミレシェルアの様な力を手に入れていたら戦えたのだろうか。
やはり、肯定は出来ない。
力を手にしても、心が変わる訳ではないから。
力が有ろうと無かろうと、カリアは立っている事しか出来なかった。
それを理解して、悔しかった。
ミレシェルアが鎌男を倒し、周りの皆が喜んでいた時。
カリアは1人、その様な事を考えていた。
「マカぁぁぁぁあッ!!」
その足は、自らの意志で動かす。
ただ必死になって、対策なんてない。
自分1人が壁になって何かが変わるのだろうか。
敵は大きく、強大な力を持っている。
2人纏めて、目の前のモンスターに食べられる未来しかない。
荒々しく禍々しい見た目の獣は。カリアがマカハーンの目の前に駆ける最中にも、視界に映っていた。
ミレシェルアが勢いを止めようと頑張っていたが、相手は止まる事もなく迫ってくる。
「──カリアッ!?」
背後からマカハーンの、驚愕し焦りも含ませた声が聞こえた。
──怖い。
でも、後悔はない。
これから襲いくる痛みに備えて、少年は瞼を閉ざす。
──せめて、マカだけでも助かってくれれば。
カリアが臆病者になってから初めて。
勇気を振り絞り誰かを守ろうと、その身を動かした。
──あれ? 痛みがこない。
覚悟を決めて肉壁になったものの。
いつまで経っても、身体に痛みが襲いくる事はない。
一瞬で噛み千切られられたのだろうか。
普段なら、何時もみたくビビって瞼を閉ざしていたかもしれない。
何故だろう。今は気持ちが落ち着いている。
よくわからないけど、心が揺さぶられる感覚が来なかった。
臆する事なく、カリアは瞼をひらく。
「──っ!?」
意味がわからない。
目の前には、口を開いた敵がそのまま止まっている。
いや、若干だが僅かに動き、こちらに近付いている様にも窺えた。
咄嗟に、後ろを眺めだす。
「んっ?」
この様な状況にも関わらず。
周りの皆は、絶望に染まった顔から変わらない。
「……なんだ、これ」
気づけば、音も感じなかった。
自分が声を出したり、多少の動きで擦れる音だけは聴こえる。
周囲の音だけが、無くなった感じだ。
けれど、何故だろう。
心が落ちつく。
意味がわからない。
そう思ったのが嘘だったかのように、カリアは先程まで向いていた前方に身体を合わせソレを視認した。
「月光の剣」
"青緑"とした輝きを纏う、一振りの剣。
逆さになるよう、少年の前で浮かぶ両刃の剣である。
見ただけで、剣の名を呟いた。
鏡のような刀身を持った剣を、右手で掴む。
すごく馴染む。恐ろしい程に、カリアの手に馴染んだ。
「──『アクセルハート』」
手で握った途端、勝手に口から声が溢れた。
人がナイトを発動させた時、その名を無意識の内に理解すると言われている。
青緑の輝きを纏った剣を持ち、少年は構えた。
「……。」
初めて手にした力ではあるが。
今の自分が、何をすれば良いのかがわかる。
ムーンフォースを纏っていない素の身体で、力いっぱい剣を横凪ぎした。
ミレシェルアの瞳には、信じがたい光景が広がる。
カリアとマカハーンが、ヘルハウンドと呼ばれるモンスターに襲われ命の危険が迫っていた──その時。
いつの間にか握る剣を、横一閃に振るうカリアの姿が、映りだされた。
その直後、青緑の色をした広範囲に広がる斬撃。
おぞましい狼型のモンスターを呑み込み、後方で生き延びていたブラックウルフの群れすら巻き込んでいく。
平原の大地すら削りだし、攻撃が止んだ時には何もかもが消滅していた。
ヘルハウンド、ブラックウルフ、散らばる死体。全てが。
「いったい、何が起きたのじゃ」
白髪の少女は、瞳で見た。
──あのようなムーンフォース。見たことがないぞ。
青緑の輝き。
どちらかと言われれば、その眼でよく見る月光に近い。
攻撃を放った少年を眺めれば、剣に何も纏っていなかった。
「ぐっ!? ぁぁあああぅ!!」
皆が呆ける空気の中、苦しみだす声が響き渡る。
「カリア。カリアッ!?」
同じく終始、何が起きたのか理解していないマカハーンが、胸元を抑え苦しみだし倒れるカリアを抱きささえた。
何度も彼の名を呼び続けるが。少年の意識はそこで途切れる。
スゥスゥと少しだけ苦しそうな表情を浮かべながら、眠りについたらしい。
「カリア君は無事なの?」
長刀を鞘に戻し、慌てたように近付いてくるアシュレイ。
「わかりませんわ。今は眠ってしまいましたもの」
心配するようにカリアを眺め、優しく腕で抱えた。
「皆さん! 今のうちに移動しましょう! また襲われるかもしれませんし、此所は危険っすよ!」
3人でカリアを眺めていれば、馬車からフェツェルの声が贈られる。
ミレシェルアが壁として作った氷に囲まれ動けない荷台から、必死そうな顔で手を振っていた。
100年は生きるエルフ族の彼でも、今回のような襲撃は初めて体験したらしいので、トラウマになったかもしれない。
マカハーンがムーンフォースを纏いカリアをお姫様抱っこすると、荷台に向かって跳躍した。
ミレシェルアはナイトで氷壁を解凍し、周囲を確認。
「ぬわっ!?」
カリアが持っていた鏡のような剣を見つけ。
それを拾おうと、手を伸ばし──拒絶されるように弾かれた。
「ミレアちゃん、大丈夫?」
隣で観ていたアシュレイも、驚いた顔をしている。
まさか、剣に拒まれるとは。
「変な剣じゃのぅ。普通カリア殿のナイトなら、消えていても可笑しくないのじゃが」
先程、カリアを眺めた時は驚いた。
月光で作られた剣が、胸から抜けていたから。
だからこそ、この落ちている剣がカリアのナイトだとわかる。
本来ならナイトの発動者が鏡の輝きを止めれば、具現化したナイトも姿を消す。
そもそもカリアの腕に嵌めた鏡は、最初から輝いていなかった筈だ。
ミレシェルアはナイトを発動させ、重力を操り剣を浮かせた。
それでもまだ拒絶された感覚はあるけど、痛みはないのでそのまま運ぶ。
皆が荷台に乗り込んだ事で、フェツェルが馬車を走らせた。
まだ暗闇の夜が続く中。
カリアを寝かせた馬車は、荒れた平原を進んでいく。
椅子に腰掛けたアシュレイは遠ざかる、先まで戦っていた場所を眺めていた。
ヘルハウンド。
どうやったのかは知らないが、カリアが一撃で討伐したモンスター。
信じられなかった。
学園最強と言われ、ギルドでも二つ名を持つ彼女でも。
ヘルハウンドと呼ばれる地獄の番犬を、一撃で討伐するのは無理。
それも長期戦で戦い、やっと討伐できるレベルの話だ。
──あの青緑の輝きは何だったのだろう。
『ダウンロード』を持たないアシュレイにはわからない。




